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 外に出た瞬間、両肩に押しかかっていた重圧が綺麗に消え去った。
 あの神父から離れた、ということもあるが、

「どうかしましたか、シロウ」
「……い、いや、なんでもない」

 頬をかきながら返答する。
 外に出た瞬間、音もなく俺の元に駆け寄ってきたライダーの、目のやり場に困る格好や無表情な顔を見て毒気が抜かれた――というか、家に帰るときはまたアレに乗らなきゃいけないのか、とか、家に帰ったら窓の掃除もしなきゃならない、とか、これで遠坂と完璧に敵同士になったな、とか、神父に聞いた話もそうだれど、これから考えたり解決しなくちゃいけない問題が多すぎて、いつまでも沈んでいられなくなったのだ。

「――――――――」

 ライダーは俺の傍に立つと、じっと無言でこちらを見つめてくる。
 恐らく神父の説明を聞いた上で尚戦う意思があるのかどうか、という事が気になっているのだろう。

「ライダー」
「はい」

 深く息を吸う。
 呼吸を落ち着け、今から紡ぎだす言葉を己の中で十分に整理する。

「神父の説明は――なんていうか余計俺を混乱させるようなものだった」

 思い出す。遠坂とセイバーが家にやってきたときのことを。
 あの時はただ、サーヴァント同士の戦いを目の当たりにして、ランサーが打倒されるところを見て、ライダーの力を見て、これなら侵入者――襲撃者を追い返せるんじゃないか、倒せるんじゃないか、ぐらいの決意だった。
 けれど今は違う。

「けど俺はやっぱり戦う――」

 あの時も戦う、とは言った。
 しかし今度はその言葉に込められた重みも意思も決意の固さも、その全てが違う。

「――十年前の話なんだけどさ、凄い火事が起きたんだ。
 それは聖杯戦争が原因で起きたって神父は言ってた。それで、実を言うと俺も火事の被害者で、だからあれがどれだけ凄惨な出来事だったかは誰よりも知ってる」
「――――――――」

 ライダーは黙って俺の話を聞いていてくれる。
 周りくどい俺の言葉に不満の色を僅かに示すこともなく。

「だから俺は二度とそんな出来事が起きないように戦う。
 関係ない人間が巻き込まれないように、犠牲者が出ないように……それがどんなに難しいことかは判ってる。相手は俺なんかとは違うきっと腕が立つ魔術師たちで――しかも、私利私欲に動かされて滅茶苦茶をする奴らかもしれない。だからそんな奴らを止める為に、そんな奴らに聖杯を渡さないためにも俺は戦う」

 十年前の火事で生き残ったのは、俺、ただ一人。
 ならば俺は絶対にあんな出来事を繰り返させてはならない。起させてはならない。
 あの火事の中死んでいった人のためにも。生き残った自分のためにも。俺を救ってくれた親父のためにも。

「――――――――」

 ライダーは相変わらず無言だ。
 その姿をまっすぐに見つめ、腹のそこから声を絞り出す。

「けれど、だからと言って俺は自分からマスターを殺しまわる、なんてことはなしない。向ってきた相手や、関係ない人を巻き込むようなヤツには容赦しない。でも出来るだけマスターは殺したくないんだ。
 それはとても甘い考えだと思う。困難な事だと思う。
 でも俺は戦う。戦うって決めた。未熟で半人前な俺だけれど、絶対にそうししてみせる、って決めたんだ」

「だからライダー、お前には凄く負担をかけると思う。我侭な願い、都合の良い頼みだとはわかってる。けれど頼む。
 ――――俺に力を貸して欲しい、一緒に戦って欲しい。このとおりだ」

 言い終えて、深く頭を下げる。
 背中に汗がつたう。
 鼓動が早くなる。歯を食いしばる。
 左拳をきつく握り締め、崩れそうになる膝に力をこめ、あの時と同じように右手を差し出した。

「――――――――」

 ライダーは無言を保ったままで反応を示さない。
 俺の言葉を吟味しているのか、それとも呆れているのか、はたまた怒っているのか。
 ――正気ですか、シロウ。
 想像したくないのに、そんな言葉を無機質な声音で呟く彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
 けれどそう言われても仕方がないことを俺は言っているのだ。
 だから断られたときは腹を括ろう。
 本当に、莫迦の一つ覚えみたいに一つの魔術――それも中途半端な魔術しか仕えなくて、知識も力もない半人前な俺だけれど、それでも聖杯戦争にかかわってしまった以上、絶対に逃げない。一人でも戦ってみせる。
 すぐに殺されるかもしれない。けれど、それでも戦おう。戦い抜こう。



 ひゅう、と一陣の冷たい風が吹いた。
 どれほどの時間が経ったか判らない。
 もしかしたら十秒足らずだったかもしれないし、十分以上経過していたかもしれない。
 そんな、時間の感覚すらなくなってしまうような沈痛な沈黙。

「あ――――」

 その沈黙を破ったのは、果たして、

「……正直に言えば呆れました。いったい我がマスターは何を言っているのだろう、と。そのような所業、たとえマスターが一流の魔術師であっても成し得ない。
 ですが――――」

 驚いて顔を上げる。
 右手にはライダーの、あの細くて柔らかい、けれど力強い手が添えられている。

「もう忘れてしまったのですか、マスター。
 私は誓ったはずです。これより我が剣は貴方と共に、貴方の運命は私と共にあると、そしてライダーの名にかけて、我らの進路に立つ悉くを蹴散らしてみせましょう、と」

 顔を上げたその先には、口元に笑みを浮かべたライダーの顔。

「じゃ、じゃあ……」
「――――ええ。改めてここに、私は貴方と共に戦う剣となり、貴方を守る盾となることを誓いましょう」
「あ――――ありがとう…………っ!」

 ぶんぶんと腕を振って握手をする。
 心の中には安堵、とか、恥ずかしい、とか、これからどうしよう、とかいろんな感情が渦巻いている。
 勿論不安の方が圧倒的に大きいそれだけれど、今は、今だけはそれさえも忘れてしまった。
 なんでライダーが此処まで俺に良くしてくれるのは判らない――それがマスターとサーヴァントの関係かもしれないけれど――とにかく嬉しかった。

「本当にありがとう…………!」

 何度も頭を下げながら腕を振り回す、
 傍から見ればさぞ滑稽に見えるだろうな、なんて思いながら、あの時とは違って、長い時間互いの温もりを共感する。

「シロウ――――」

 ライダーが口を開く。
 また礼を述べる必要はありません、とたしなめられるのかと思ったが、何故か、その声は酷く切迫していて――――

「――――そのまま後ろに飛びなさい…………っ!!!」
「え――――」

 どん、という凄まじい衝撃。
 驚く暇も何もない。
 ただ、ライダーがそう叫んだ瞬間、俺の体はライダーに突き飛ばされて、

「がっ…………!?」

 十数メートル後方、教会の庭、広がる芝生を抉っていた。

「はっ、つ――――っ、…………あっ! な、何だ――――?」

 意識が飛びそうになる。
 背中を強打して、肺の中の息が全て吐き出された。
いったいなんだっていうんだ……!?
 それでも霞む視界の中、首を起して俺を突き飛ばしたライダーの姿を探す。

――――そして、

「――――ライダー……?」

――――目の前の光景に、思わず息を飲む。

 異様だった。
 広大な教会前の広場――スター状に広がる罅の中心。そこに小さなクレーターが出現している。
 その中央に一本の巨木が聳えていた。翼竜の羽と、岩を削りだしたような、無骨で、されど鋭い鏃を持った矢。そう、矢。どれほどの力で――どれほどの弓をもって射られたのか。そのクレーターの中心に突き刺さっているソレが、そのクレーターを作り出した張本人であった。
 そして。
 赤い液体を被ったソレの直ぐ傍に、ライダーは居た。

「ぐ――――」

 左腕で右肩を押さえ、端正な顔。その口の端から赤い筋を垂らしたライダーは苦悶の声を洩らす。
 その左腕を伝い、黒衣を染め、矢に降りかかり、地面に落ちる鮮血。

「ライダー……?」

 ――――どくん、と心臓がひとつ高鳴った。

 ……死ぬ。
 直ぐに死んでしまう、と思った。
 そう思ってしまうほど、ライダーの傷は酷かった。
 あるはずのモノがそこに付いていない。付いているはずのモノが、そこにない。二本あるはずのモノが、一本しかない。細い体が、細い腰が、さらに、さらに細く、細くなっていた。
 ライダーは、その半身を――――俺と握手を交わしていた方の右半身を、ごっそりと削り取られていた。

「――――ライダーっ!」

 目の前の光景を信じたくない。夢だと、錯覚だと思いたい。ついさっきまで手を取り合って、笑みを交わしていたライダーの顔が脳裏に浮かぶ。ギャップのありすぎるソレ。だから、こんな悲劇は悪夢なんだと信じたい。
 けれど。気が付けば、視界には流れる景色。意思とは反対に俺の体は飛び上がり、全速力で地面を蹴っていた。
 崩れ落ちそうになるライダーの体。たたらを踏んで立ち止まるソレを支えるために走り出していた。鮮血を撒き散らし――俺をその矢から庇うために負った傷から、夥しい量の鮮血を撒き散らし。喘ぐように開いた口から、こほっ、と赤いモノを吐き出したライダーを助けるために、俺は再び矢が襲ってくるかもしれない、という危惧を綺麗さっぱり無視をして。
 ――――己が本能の赴くまま、正義の味方になりたい、なるんだという信念のまま、無我夢中で駆けていた。

「シロ、ウ……、来てはなり、ませ…………!」

 駆け寄る俺に気が付いたライダーが、手で俺を制する。
 制しながら、血と言葉を同時に吐き出す。

「――――――――っ!」

 その言葉に、その顔に、目の前が真っ赤になる。
 ――――なんでお前は。そして、何で、俺は。

「いけな、い――――シロウ……! 逃げてください――!」

 ライダーは俺を制したその手にどこから取り出したのか、短剣を握り、尚も駆ける俺に向って怒鳴る。
 だくだくと流れていた血は何時の間にか止まっていた。
 だけれど、傷はそのまま。右半身を削られた、などという瀕死どころか即死してもおかしくはない傷、喪失はそのままだ。
 そんな体。そんな体で、ライダーは俺に来るなといい、逃げろといい。
 ――――そして、なおも戦おうとしている。

「――っ! 馬鹿っ、何言ってるんだお前――――!」

 走りながら声を上げる。
 違う。馬鹿はお前だ。
 サーヴァントが一日にどれくらい戦えるか知らない。けれど、ライダーはランサーと既に戦っていて、必殺の
奥の手だという宝具まで使っている。
 だから早く俺が、背筋に突き刺さるこの悪寒。わるい予感がホンモノになる前に、彼女を助けないと――――


「我が弓を躱すとは――――さすがは七騎の中でも随一の俊敏さを誇ると謡われるライダーのサーヴァント」


 ――――低く、地の奥底。深淵の果てから響いてくるような声だった。


「もう! どうして外したのよ、アーチャー」


 ――――高く、まだ子供。幼い、少女の声だった。



「――――――――」

 ――――二つの声が、夜に響く。

 その声を聴いた途端、左手がズキリと痛んだ。
 その痛みに促されるように足を止める。
 ライダーまであと十メートル。あと数歩でたどり着くという其処で、足を止められた。

「――――――――っ」

 思わず息を飲む。同じ気配がライダーからも伝わってきた。
 声のした方角。広場の入り口。
 見るな、見てはいけない、と本能が告げているのに、いやがおうにも視線が其処に引き寄せられる。
 空には煌々と輝く月。

――――そこには。

 月光に照らされて、伸びる影。
 同じ月光に照らされた教会前の広場。神の教えを救いを乞いに人々が集い、憩う其処に、それは、在ってはならない異形だった。

「――――馬鹿、な」

 愕然。呆然。信じられない、といった様子で言葉を洩らすライダー。
 ……追求する必要などない。
 アレは――――あの二体の同形の巨人は紛れもなくサーヴァントであり、
 同時に――――十年前の火事など比べ物にならない、圧倒的、という言葉すら霞むほどの、死の気配だった。

「こんばんはお兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 暫く傍らの巨人――同形の二体のうち、巨大な弓を持った方、アーチャーと呼ばれたソイツとなにやら言い合いをしていた少女がこちらに振り返る。
 振り返って、そんな台詞を無邪気に微笑みながら言った。

「――――――――」

 その無邪気さに全身、いや、意識までも完全に凍っている。
 アレは、化け物だ。
 馬鹿みたいに大きな斧みたいな剣を持ったヤツも、アーチャーと呼ばれたヤツも。
 視線さえ合っていない。けれど、ただアイツらがそこに在るだけで身動きがとれなくなる。
 少しでも動けば。指先。それさえも動かせば、その瞬間に死んでいるだろう、と当然のように納得する。
 同時に――先ほどの矢、少女がどうして外したのかと怒っていたあの一撃が、態と外されたものだと直感的に悟った。アイツらがその気になれば、俺など赤子の手を捻るよりもたやすく殺される。殺されている。俺を矢から助けてくれて、その代償に右腕を失ったライダーも、あるいは――――

「――――――――」

 喉がカラカラに渇いている。
 肺が酸素を求めている。
 けれど、水分を、酸素を求めて口を動かす事さえ出来ない。
 いや、それを苦しいとさえ感じない。
 あまりにも助かるという希望が少ない。だから、何も、何も感じない。恐怖も焦りも何も感じない。ただ、絶望だけがこの身を支配している。判るのも、感じるのも、それだけ。

「――――く。さすがに、コレは」

 麻痺している俺とは違い、ライダーにはまだ腰を深く落し、短剣を構える余裕がある。
 ……けれど、それも僅かなモノだろう。
 右腕を失ったとはいえ、あれだけの俊敏を誇るライダー。彼女一人だけなら、あるいはなんとかなるかもしれない。しかし、それも相手が一人までならだ。こんな化け物を二体相手にしたらさすがのライダーも分と持たないだろう。ライダー自身もそれを、きっと俺以上に明晰に悟っているのだろう。隣から伝わってくる気配も声にも隠せようのない焦りが滲み出していた。

「あれ? なんだ、外れたと思ったけれどサーヴァントには当たってたんだ」

 広場の入り口。ライダーを一瞥して、少女はさも意外そうに言う。

「――――――――」
「ふふ。無駄よ、アナタがどこの英霊かは知らないけれど、左腕一本じゃあ話にならないわ。大人しく潰されなさい――――」

 ――――と。
 短剣の切っ先を己に向けたライダーに向けて、そんな言葉を呟いていた少女が、突然。

「――――ごめなさい、お兄ちゃん。自己紹介がまだだったね。
 私の名前はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわか――――」

「――――らないわよね。あの男がお兄ちゃんに私たちのコトを話すわけないもの」

 行儀よくスカートの裾を持ち上げて、とんでもなくこの場に不釣合いなお辞儀をして、俺に向けて、微笑む。
 しかしそれも束の間。表情を消し、よく判らない台詞を冷たい声音で不機嫌そうに呟くと、

「じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー、アーチャー」

 ――――それさえも、一転。
 嬉しそうに笑みを零しながら。
 まるで歌うように。背後の異形たちに命令した。

「任され――――」
「■■■■■■■■――――――――!」

 巨体が飛ぶ。
 アーチャーと呼ばれたモノ。そいつが弓に矢を番え、少女に了承の意を伝える、その言葉を鉄の咆哮で遮ってバーサーカーと呼ばれたモノが、広場の入り口からここまで何十メートルという距離を僅か一足の踏み込み、一息で跳躍してくる――――!

「――――シロウ、動かないで下さい……!」

 ライダーが駆ける。
 いや、その姿が掻き消える。

「え――――」

 掛けられた言葉と、そのあまりもの速度に呆然としていた、そこに。

「げぇ……っ!?」

 凄まじい速度で俺の胴体に回される腕。
 その衝撃に息が詰まる。
 詰まって、次の瞬間。反転し、猛烈な勢いで流れる視界に、浮遊感。

「■■■■■■■■――――――――!」

 俺を片腕で担ぎ上げ、残像さえ捉えさせない速度で駆けるライダーがその場から離脱したのと、旋風を伴って落下してきた――バーサーカーと呼ばれた鉛色の巨人とは、まったくの同時。

「なっ…………!?」

 大地が爆ぜ、空気が震える。巻き上がる砂煙に、飛び散る石板の破片。
 岩塊そのもの、といっても過言ではないような大剣が広場に新たなクレーターを穿つ。
 高速で駆ける――元来た道や、正規の入り口ではない。小高い丘を囲むように茂る林。そこを目指して駆ける
 ライダーの腕の中。その光景を見ながら、口を開けば舌を噛む。そんな危惧さえも忘れて、その凄まじい破壊に衝撃を隠すことが出ず、思わず驚嘆の声を上げた。

「っ――――」

 ライダーが口元を歪める。
 それを見て、馬鹿なことをした、と勘違いじみた後悔をする暇も無い。
 片腕しかなく、その片腕俺を抱えたそんな状態でさえ、人間の目では残像さえ捉えさせ無い速度で駆けているライダー。
 そこへ

「――――遅い」

 その高速さえも、自分の前では遅いと。
 低く響き渡る、絶対の自信に溢れた、そんな声と
ライダーの動きを完全に見切っているとしか思えない、そんな正確さをもって、空気、空間を爆砕しながら、戦車の大砲じみたアーチャーの矢が飛来する――――!



「―――――っ!」

 鼓膜を破裂させようかというほどの轟音。
 文字通り大気を裂きながら飛来した巨大な矢。
それは、果たして、騎兵の銘を冠した紫の流星を捉えていた。

「…………っ」

 ……息を飲む。
 広場に三つ目のクレーターを穿ったソレは、駆け抜ける俺たち、その僅か後方二メートルほどのところに着弾していた。
 ――――広場に生やされた、都合二本目の、巨木。
 そんなアーチャーの狙撃の正確さにも、矢の威力にも、それさえも回避してみせたライダーの能力。……その全てに呆気にとられて、思わず息を飲んだ。

「―――――あ」

 暫く呆然とする。
 一秒にも満たない刹那が暫しと呼べるものかどうかは判らないが、とにかく一瞬だけ思考を停止させて、

「つ―――――」

 視界に飛び込んできた幾筋もの紫の線。
 糸を引くように、一本一本が美しく流れたソレが、ライダーの髪の毛だと理解するのと同時に、
 ソレに混じって中空を舞う赤い液体、俺の体にも降りかかったソレが、ライダーの血液だということも理解して、

「ばっ、ライダー! 離せ、このままじゃ……!」

 黒衣を突き破り、背中に突き刺さった幾つもの破片。
 深く抉ったものあるのだろう、だくだくと、かなりの量の血が溢れている。
 明らかに、重症。しかし、尚も俺を抱えて駆けるライダーに向けて、声を張り上げた。

「――だま、っていてください……シロウ。舌を、噛みます」

 深く歪められた口元。
 端正な顔にソレが不釣合いなら、僅かに赤褐色を帯びていた黒衣。それを再び染め上げ、苦しげに吐き出される言葉とともに唇を濡らした鮮血は、いったい何だというのか。何も出来ず、振るえ、体を麻痺させて、死に恐怖し。ただライダーに抱えられているだけの俺は、いったい何だというのか。

 そんな、俺の苦悩などお構い無しに。

「■■■■■■■■――――――――!」

 その巨体からは全く想像することの出来ない、ライダーに負けじ劣らないという速度。
 矢の着弾が巻き起こした砂煙を突き破り、表れでた、バーサーカーと呼ばれた方の鉛色の巨人。
 追撃。猛牛の突進。迫り来る旋風。
 全てを破壊し尽くす、暴風。
 同形のアーチャーの持つソレとは似ても似つかない獰猛さで、ソイツはそれしか知らぬかのように、大剣を叩きつける。

「―――――ぐ、っ…………!」

 どのような身体能力。構造をしているのか。
 ただ叩き付けるだけの、何の工夫も無い駄剣。圧倒的な暴力に、速度。技の介入する余地などなく。
 当たれば即死の一撃。巨獣の牙。
 それをライダーは制動すらかけず、速度を落すことなく鋭角に方向転換して、踏み抜く足に一際大きく力を篭めて、ソレさえも回避した。
 されど、その勢いで抜け落ちる破片に、付着した鮮血。舞い上がる鮮血。

「―――――っ…………!」

 そして、さらに深く歪められる口元。

「――――――――」

 そんなライダーを見て、嫌な予感。悪寒。死の気配が背筋を駆け上がる。
 耳鳴りがする耳。されどその耳がはっきりと捉えるのは、つい先ほどと同じ、大気を切り裂く音。

「――――ヤバイ」

 急激に冷えて行く体で、ただ、そう呟いた。
 嫌な予感ほどよく当たる、という言葉。
 しかし、そんなことを気にする必要や、時間など無い。だって目前には、既にアーチャーの放った矢が、

「――――落ちろ」

 流星を叩き落さんと、襲い掛かってきているのだから――――!



「あ――――――――」

 駄目だ。
 これは、マズイ。
 こればっかりは避けきれない。
 体はまだ殆どが麻痺しているというのに、頭だけがやけに冷静に働いている。
 寸分の狂いすらなく放たれ、向ってきている――すぐ眼前にその鏃を除かせている死の具現。神話に聞くサジタリウスの神の矢を思わせるソレは、いかにライダーが俊敏といえども避けえるものではない。

「あ、あ――――」

 鏃はもう眼前を通り越して、視界一杯に広がらんとしている。
 死ぬ。
 このままでは殺される。二人とも死ぬ。
 だからライダーは俺を離して、置いて逃げるべきだ。いや、逃げておけばよかったのだ。
 もとよりこんな戦いとも言えない――的当てや、肉食獣の狩り似たコレに、中てられる側。狩られる側の俺たち、いや、俺には成す術などなかったのだ。
 コンマ数秒後には肉片になっているだろう、そんな死の恐怖をも塗り替えて今更ながら怒りが湧いてくる。
 そんな事、他でもない彼女自身がよく判っていただろうことに。
 そして、何も出来ず足手まといになっている自分に――――!

「く、そっ――――」

 鏃はもう伸ばせば手の届く場所にある。
 そして、悪あがきにすらならない、いや、間に合いすらしないと判っていながら、ただ我武者羅に魔術を行使しようとした、その、瞬間。

「えっ……!?」

 体が浮く。
 ライダーに抱えられて地面を疾走していたソレとは違う。完全に俺の体が何の支えもなしに中空に浮く。

 ――――それが。

「――――シロウ」

 口元に鮮血を湛えた、微笑。
 この場に似つかない吃驚するほど可憐な、笑み。
 アナタは何も心配しなくとも、悔いることもない。そう言っているような、ふざけた表情。
 そして、その矢、まさしく死。

 ――――せめて俺だけでも救おうというライダーがとった行為であると思い至った時には、もう遅い。

「――――――――」

 防ぎよう、避けようのない痛恨の一撃。
 形容できない、何か、肉がつぶれ、弾けるようなおぞましい衝撃音に乗って空を舞うライダーの体。
 虚空を描く。月光にきらきらと輝く紫の長髪、黒い肢体に、赤い液体。
 そして、数秒後。

 だん、と。
 遠くに、落下音。

 ……石畳の上に咲く、鮮血の花。
 右腕――右半身に続いて、それでも咄嗟に身を捻ったのか、どうしたのか判らない。されど、本当にまだ生きていることが奇蹟といえるそんな傷。重症。瀕死。

「なんで――――――――」

 その中で、もはや立ち上がるどころか、呼吸すら出来ない体で。

「っ、あ…………」

 彼女は、意識などないまま立ち上がって。

「シロ、ゥ――――」

 ……まるで。
 このままでは遺された俺が死ぬ、殺されるのだと言うかのように。
 此方に向って、歩みだそうとしている――――



 ――――その、背後に。

「ライダー―――――――――ッ!!!」
「■■■■■■■■――――――――!!!」

――――大剣を振り上げた、無慈悲な狂戦士が、居た。

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