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「まずシロウ、貴方は聖杯戦争、と呼ばれる七人のマスターの生前競争。
 他のマスターを一人残らず倒すまで終わらない魔術師同士の殺し合いのマスターの一人に選ばれました」

 さらりと、ライダーはしょっぱなからとんでもないことを口にした。

「ちょ、殺し合いって……」

 どういうことだ。と言おうとして口を紡ぐ。
 まだライダーの説明は始まったばかりだし、何より、俺はあの槍の男が死ぬ――身体を石に変えられる所を、この目でしかと見届けたのだ。
 見慣れた死とは違う異質な死、しかしそれは、一つの生命が散ったという覆しようのない事実。
 俺は「すまん」と小さく謝って、ライダーに先を促した。

「続けます。……シロウ、左手の甲に聖痕があるでしょう。
 それが先ほども言いましたとおり、サーヴァントを律する三つの絶対命令権にして、マスターの証である令呪です」

 言われて、自分の左手の甲に視線を落す。
 そこには入れ墨のようなおかしな赤い紋様が刻まれている。

「サーヴァントに自由意志があるのは私を見れば判りますね、絶対命令権、というのはその自由意志をねじ曲げてサーヴァントに強制的に命令を強いることが出来る、ということです。
 そして令呪にはそれだけでは留まらない大きな力あります。
 遠く離れていた場所から空間を超えてサーヴァントを呼び寄せたり、回避不可能な敵の攻撃を躱したりなど、サーヴァントとマスターの魔術だけでは不可能な事柄も可能にします。これは単一で簡単な命令になれ
ばなるほど効果を増し、複雑で曖昧な命令になればなるほど効果を薄めます。マスターの命令には絶対服従しろ、と言っても、精々身体に重圧がかかる程度。大抵の場合は効果すら発揮しないでしょう。
 使用する、と強く思うだけで発動しますが、回数には三回という限りがります。そして令呪は使いようによって様々な応用が効く謂わば切札、先ほども言ったとおり無闇な使用は控えるように」

「そして令呪や権謀術数正面突破。あらゆる手段を用いて六人のマスターを打倒したとき、最後に残ったマスターには聖杯が与えられます。聖杯とはあの聖杯ことです。いかなる望みをも叶える万能の器。聖杯戦争
とは文字通り、聖杯を巡る魔術師の戦争なのです」
「――――」

 透き通るような声で次々と説明を続けるライダー。
 彼女の言っていることは理解できるのだが、同時に理解したくない事柄で溢れている。
 マスターがマスターを倒す、とか殺す、とか。

「そして私は聖杯戦争に参加する魔術師たちによって召喚される、いえ、聖杯によって与えられるサーヴァントと呼ばれる七騎――セイバー・アーチャー・ランサー・ライダー・キャスター・アサシン・バーサーカー――の使い魔のうちの一騎、騎乗兵・ライダーです。
 サーヴァントとマスターは協力し、他のマスターを打倒します」
「…………」

 ライダーの言葉は簡潔でよく判らない。
 俺は耐え切れなくなって、思わず説明を区切ったライダーに問う。

「なぁ、俺には到底ライダーが使い魔だとは思えないんだが。
 ちゃんと身体もあるし、何よりあんな力を持った使い魔なんて聞いた事も無い。
 ……その、サーヴァントって一体どういう存在なんだ?」

 俺の目の前に正座するライダーの姿は格好が多少不可思議なものの人間そのものだ。
 正体は判らないが、恐らく藤ねえと同い年くらいの、その桁違いに美人な女性。
 そんな人がこんな近くに居るだけ……というか、その姿を目にするだけでも冷静ではいられないのに、そんな彼女が俺の使い魔だなんて言われてもさっぱり実感がわかないし、なにより、サーヴァント……奴隷だと
かマスター……主人だとか言われると非常に困る。……シロウ、と呼ばれるのはもっと困るのだけけど。

 ライダーは口元に手を当てて何事かを考えるような仕草をする。

「ふむ。サーヴァントは確かに分類上は使い魔ですが、その位置づけはかなり異なります。
 そうですね、謂わばゴーストライナー、といったところでしょうか。
 サーヴァントは受肉した過去の英雄、精霊に近い人間以上の存在です」
「――――過去の英雄?」
「はい。サーヴァントは過去現代未来、遍く時の流れの中、死亡した伝説上の英雄を聖杯が実体化させたもの。英雄は輪廻の枠から外され、一段階上に昇華されて英霊となる。その信仰がどんな形であれ、サーヴァ
ント――英霊とは崇め奉られて擬似的な神になったモノです」

 そこでライダーは言葉を区切って、「神……」と呟いて僅かに顔を翳らせた。
 あからさまに表情を変えたライダーのことが気になったが、俺が声を発するよりも早く、ライダーは表情を引き締めて説明を続けた。

「その英霊を召喚するまでがマスターの仕事です。魂の固定化などはそれこそ奇跡。もちろん七人もの英霊を実体化させる力は聖杯にもありません。それほど英霊の力は強大なのです。ですからあらかじめ決められた聖杯が用意したクラスに当てはまる英霊が選ばれ、召喚されます」
「じゃ、じゃあライダーも生前は伝説になるほどの偉大な英雄だったのか……!?」

 そこでライダーは一拍間を置いて、

「……はい。先ほどの石化の魔眼で薄々感づいているとは想いますが、私の真名はメドゥーサ。
 ゴルゴーン三姉妹の三女。戦女神の呪いを受け、怪物に身を落した憐れな女怪、と言えば分ってもらえるでしょうか」
 
 なんて言葉を口にした。

「な――――――――」

 あまりの驚愕に思考が停止する。
 メドゥーサ、という言葉を聞いたときに吃驚しすぎて最後の方はよく聞き取れなかった。
 ……信じ、られない。
 俺がマスターとやらに選ばれたことや、聖杯戦争の目的だとか過去の英霊を呼び出すっていうの聖杯の力とかの話だけでも吃驚だっていうのに、此処にきてとんでもない衝撃の事実、ってやつだ。

 俺は、その瞬間――


「ねぇねぇ士郎、知ってる?」

 夕食の後片付けも終わり、お茶を飲んで一服しているとき、何時もの調子で藤ねえに声を掛けられた。

「知らない。っていうか知ってるも何も、何が、を言わなきゃ分らないだろ」

 それに俺も何時もの調子で返事を返す。
 冷たいそれで、やけにニコニコしていた藤ねえの顔が途端不機嫌になるのも何時ものお約束だ。

「ぶー、なによぅ。せっかく凄いこと教えてあげようと思ったのに」
「気のせいか藤ねえ。おれはそれと同じような台詞を何十回と聞いたことがあって、そのたびにどうでも良い豆知識を増やされ続けている気がするのは」

 曰く、日本で最初に出された給食のメニューが何だとか、ビニールテープを使ったシールの作り方だとか、この世で一番つまらないらしい駄洒落はセメントがどうのこうのこうのだとか。
 たまに本当に役に立つ裏技的情報が得られることもあるのだが、大抵はそんな何の特にもならない情報で、しかもどれもこれも何処かで見た事や聞いた事があるような内容だ。主にテレビ番組で。

「うぅ、士郎が冷たいよー反抗期だよー、お姉ちゃんは悲しいよー」

 俺に冷たくあしらわれたり、自分の都合や立場が悪くなると直ぐによよよ、と泣き崩れるのもお約束。
 ……なのだが、このまま放っておくと泣きつかれてお腹減ったなどと言い出されるのもお約束なので、仕方なく話を聞くことにする。

「分ったよ、聞くから。聞くからさり気無くトイレに行ってる桜の分の茶請けを盗もうとするのは止めてくれ」

 まるで忍者の如きしなやかな動きで伸ばされていた藤ねえの腕をぺしっと払い、桜の茶請けを遠ざける。
 藤ねえは「ち――、腕を上げたわね、士郎」などとのたまいながら、今度は俺の茶請けに熱い視線を注いでいる。

「で、その凄い事、って何なんだ」

 茶請けを藤ねえから最も遠い位置へと移動させながら問う。
 藤ねえは瞬間泣きそうな顔をした――なんでさ――が、それよりもおしゃべりをしたい気持ちが勝ったのだろう。顔をにぱっ、と輝かせてテーブルの上に身を乗り出した。

「士郎はメドゥーサって知ってる?」
「あぁ、知ってる。確か蛇の髪と、その姿を見たものを石に変える醜い顔を持ったゴルゴーンの化け物だとか何とかだろ。英雄ペルセウスに殺されるっていう」

 どうやら今回の話は当たりらしい。
 藤ねえの口からそんな言葉が出た事に少々驚きながらも、昔図書館かどこらで読んだ本の内容を検索して言い返す。ゴルゴーンのメドゥーサってのはかなり有名なモンスターである。曖昧な記憶だけれど大体は間違
っていないはずだ。

「そうそう、メドゥーサはゴルゴーンの妖女って呼ばれて皆から恐れらてた怪物。
 士郎の言ったことで大体合ってる、合ってるけどねー、ふふふ、肝心なところが欠けてるのよねー」

 異様ににやにやしている藤ねえの様子と今の言葉から察するに、その肝心なところ、ってのが今回の凄い事なのだろう。
 別段メドゥーサにそれおほど興味があったわけでもないのだが、俺は何となくむしょうにそれが気になって、「勿体ぶるなよ」と珍しく藤ねえを急かした。

「……えーとねえ、メドゥーサは元々綺麗な髪の毛と美貌を持った美少女で、エーゲ海の女神って讃えられていた事もあるんだって。
 けど、その美しさ故に他の女神の反感をかって、呪いをかけられて怪物にされちゃったの。
 だからねメドゥーサはね、本当は怪物なんかじゃなくて女神様だったのよ」

 何時の時代も綺麗な女は不幸よね、と藤ねえ。
 付け足された最後の台詞を言ったときに憂いの表情を浮かべた理由はさっぱり理解出来ないが、俺は素直にその話の内容に感心して驚いた。
正直、メドゥーサってのは神話に登場する化け物の代名詞みたいに思っていたので、まさかそんな伝承があるなんて知りもしなかった。
俺は心の中ですまん、メドゥーサと小さく謝って、「情報料ー!」などとのたまいながら俺の栗羊羹に手を伸ばす藤ねえの頭に空手チョップをお見舞いした。


 ――先日のそんな出来事を思い出して、思わず、

「メ、メドゥーサ……って、あのエーゲ海の女神の……!?」

 なんて、この場に不釣合いなこっ恥ずかしい台詞を大声で叫んでしまった。

「あ――――」

 それで、しまった、って思ったときにはもう遅い。
 慌てて口を手で覆ってライダーの顔を窺い見る。
 いったい俺は何て台詞を口走ってるんだ、これじゃまるでミーハーか優男の口説き文句じゃないか……!
 視線を遣ると、そこには、ほら、案の定「何を言っているのですか」っていうライダーの呆れた顔が――

「――――え」

 ……ない。
 ライダーは口をぽかんと開けて、俺風に言うと思考が停止した、という感じで固まっている。
 無機質で無表情なライダーがそんな顔をするなんて少々吃驚……じゃなくて、今のは呆れらることはあっても、驚かせるような台詞ではなかったと思うんだけれど。

「……ライダー?」

 顔の前で手を振りながら――眼帯があるから見えるかどうかは判らないけれど――恐る恐る声を掛ける。
 それでこちらの世界に戻ってきたのか、ライダーは、小さくはっという表情を作ると、瞬時にそれを引き締めて恭しく頭を下げた。

「すみません、シロウ。……その、確かにそのような風に呼ばれた事もありますが、この地でそのような伝承が伝わっているとは思っていませんでしたので」
「あ――、いや、いいんだ。俺の方こそいきなり変な――じゃなくて、……とにかく、驚かせて悪かった」

 しどろもどろに言葉を紡ぎながら、ライダーに倣って俺も頭を下げる。

「いえ、シロウは悪くない。
 悪いのは私ですが……シロウ、私は確かにそう呼ばれた時代もありましたが、やはり女神、などという大それたモノではありません。
 この眼にかけられた呪いの元凶は私。先ほども言ったとおり、生前の私は伝承にあるゴルゴーンの怪物、と呼ばれても仕方ない存在でした」
「――――」

 無機質な声でそんな台詞をさらっと吐き出すライダー。
 俺はそれに対して「そんなコトあるか――」と言い返そうとして、されど出来なかった。
 確かに彼女は藤ねえの話のようにエーゲ海の女神、って呼ばれたこともあるけれど、ライダーの言うようにゴルゴーンの怪物、って呼ばれて恐れられたこともあるのも事実だった。それに、ライダーの声音と、彼女から醸し出される雰囲気が、この話はここで終わりです、と強く語っていた。
 俺は「説明を再開していいでしょうか」という問いに、釈然としないまま小さく頷いた。

「……サーヴァントについてもう少し詳しく説明します。
 私たち英霊は英霊であるが故に、シロウが私の伝承を知っていたように、その弱点を記録に残しています。
 名前を明かす、正体を明かすという事は、その弱点を曝け出すことになります。
 ですから私たちは先ほどに説明したとおり、聖杯が定めたクラス、そのクラス名で呼び合い、正体を敵から隠します」
「なるほどな……だからあの時メドゥーサじゃなくて、サーヴァント・ライダーって言ったんだ」
「はい。しかし私がライダーと呼ばれるのはその為だけではありません。
 先ほども説明しましたが、聖杯に呼び出される七騎のサーヴァントは、それぞれのクラス――役割に応じて選ばれます。
 剣を得意とする英霊はセイバーとして、槍を得意とする英霊はランサーとして、といった風に」

 なるほどなるほど、と納得して、そこでふと疑問が浮かんだ。

「……なぁ、ライダーってのは騎乗兵だろ。けれどさっきアイツ……ランサーと戦ったとき、ライダーは何か釘みたいな短剣で戦ってなかったか? 騎乗兵ってのは大体馬か何かに乗って戦うもんだろ。……それに
メドゥーサが騎乗兵だったなんて話は――――」

 と、そこまで話して気がついた。
 伝説曰く、メドゥーサはその最期、英雄ペルセウスに寝首を討ち取られてその生涯を終える。
 そして死したメドゥーサの首の断面からは、天駆ける馬――ペガサスと、黄金の騎士クリュサオルが生まれでたと言う。
 つまり、ライダーは。

「――――ペガサスに乗って、戦うのか」

 俺の脳内に翼の生えた白馬に跨って大空を駆けるライダーの姿が映し出される。
 ……その光景は、なんというか、その、非常にあれではあるが、それなら納得だった。

「ええ、その通りです。
 ――ペガサスは最高位の神獣に属する。こと騎乗――魔獣や神獣の扱いに関して、私の右に出るものはいないでしょう」

「ですが、騎乗だけしか能が無い、というわけでもありません。
 獣を乗りこなすだけでは戦いになりません。獣を乗りこなす者はその獣より強くなくてはならない。
 筋力において私を上回る英霊はそうはいないでしょう。白兵戦においてもセイバーやランサーに引けを取らない自負があります。
 ……しかし、同時に欠点もあります。
 魔術の知識も少々ありますが、魔術師の英霊であるキャスターには到底及びませんし、アーチャーのような遠距離攻撃も得意としません。それに加え耐久力が無いのもライダーのサーヴァントの弱点です。他の英
霊では何でもないような一撃が私にとっては痛恨の一撃になりうる。ライダーのサーヴァントの戦い方は一撃離脱――敵の攻撃を悉く躱し、隙を突いて宝具で仕留める高速戦闘が基本スタイルになります」

 真剣に語るライダー。
 その言葉に嘘や驕りは無い。
 証拠に、彼女は先ほど、その驚異的なスピードで以って槍の英霊――ランサーと互角に白兵戦闘をやってのけ、最後には槍の男が何事かを口走っている隙に今の説明どおり宝具で――――って、そうだ。宝具、って
ヤツのことを聞いてなかった。 

「ライダー、外でも話してたけど、その宝具、ってヤツはいったい何なんだ?
 確かブレーカーが何とかを解除したとか言ってたけど、石化の魔眼はまた宝具とは違うのか?」
 
 ニュアンス的には大体判るのだけれど、あの眼帯が宝具、って言われてもピンと来ない。
 ライダーは俺の質問を受けると、ふむ、と小さく頷いた。

「ええ、私の魔眼は宝具ではありません。
 これは私の体の一部ですので……そうですね、保有スキル、とでも言いましょうか」

「宝具、とはサーヴァントが持つ特別な武具のことを言います。
 セイバーの剣、ランサーの槍、アーチャーの弓などが該当します。
 基本的に英雄とはそれ単体では英雄とは呼ばれません。彼らはシンボルとなる武具を持つが故に、英霊として特化し、信仰され、崇め奉られます」

「幾多の戦場、生涯を共にしたソレは英雄と一つになります。故に、英霊となった者たちは、各々が強大な力を持った武具を携えています。
 それを”宝具”――マスターの切り札である令呪と並び、サーヴァントの切り札。
 そして、最も警戒しなければならないモノです」
「――――」

 ……宝具とは、その英霊が生前に持っていた武具だとライダーは言う。
けれど、

「じゃあライダーの宝具はあの釘みたいな短剣なのか?」
「いいえ、違います。
 私の宝具は――この眼帯、魔眼殺し――自己封印・暗黒神殿≪ブレーカー・ゴルゴーン≫と、ペガサスを操る手綱――騎英の手綱≪騎英の手綱≫、そして最後に、結界内に取り込んだものから生気や魔力を吸収す
る――他者封印・鮮血神殿≪ブラッドフォート・アンドロメダ≫の三つ。
 どれも武具というより魔術道具に近いものがありますが、私のような英霊は稀でしょう」

「もう一つ宝具について付け加えますと、宝具がその真価を発揮するのは持ち主たる英霊が魔力を注ぎ込み、その真名を口にした時だけになります。
 ランサーの槍は、槍自体が宝具ではありますが、あれ自体は武器の領域から出ていません。彼の槍が真価を発揮するのは、魔術の発現と同じように、真名の詠唱による覚醒が必要なのです」

 もっとも、彼の槍がその真価を発揮する機会はもうありませんが、と冷たい声で付け足すライダー。
 それに密かに戦慄を覚えながらも、ライダーがその宝具――自己封印・暗黒神殿を使用したときを思い出す――――って、……そうか。ライダーはブレーカーを魔眼殺しだと言った。という事は、アレは魔眼を殺す
ために今も――魔眼を使用するとき以外は常時発動されている訳か。

「ですが、これにも危険があります。宝具の真名を詠唱すれば、そのサーヴァントの正体が判ってしまう。
 そういった意味からも宝具は切り札となる。そしてそれは私の魔眼も同じ。石化の魔眼を持つ英霊はメドゥーサ以外にありえない。
 ……ですから、宝具を使用するときも魔眼を開放するときも、それは先ほどのランサーにしたように避けきれぬ必殺の一撃でなければなりません」

 強い口調でライダーが言う。
 それほど宝具ってのは強力な武器――一発逆転のジョーカーになりうるのだろう。
 しかし、今の説明の中に一つ疑問がある。

「……石化の魔眼ってのは見たもの全てを石に変えるんだろ、なら必ず一撃必殺じゃないのか?」

 確かペルセウスは戦女神アテナからイージスの盾を借りてメドゥーサに挑んだはずだ。
 あの大英雄でさえ其処まで警戒する魔眼なら殆ど無敵ではないのか。
そう考えて問うた俺に対して、ライダーは今までどおりの声音と口調で返答した。

「魔眼、とは、謂えば所有者の魔術回路の一部のような物です。
 私の石化の魔眼キュべレイは強力な呪詛を持った神代の神秘ですが、所有者である私より高い魔力を持つ者に対しては効果が薄れます。
 ……そうですね、ランサーやアーチャー、アサシンなどといった魔力や対魔力が低いサーヴァントならば判定しだいで瞬時に石に変えることが出来ますが、キャスター相手では精々重圧を加えるぐらいが精一杯で
しょう」
「む――――そうなのか」

 正直今までの説明を聞いているとライダーって見かけによらず滅茶苦茶強い――っていうか殆ど無敵だと思ってしまったのだけれど、どうやらそうではないらしい。

「さて、私が現状で出来うる説明はこれくらいでしょうか。
 ……そうですね、これよりも詳しいことは監督役に聞けばいいでしょう」

 俺がうんうん唸っていると、ライダーがこれまた妙な言葉を口走った。

「? 何だその監督役って」
「監督役とは聖杯戦争を監視する人物のことです。
 具体的には聖杯戦争を円滑に進められるよう予備の魔術師を用意したり、戦闘によって引き起こされた事件を隠蔽したり、サーヴァントを失ったマスターを保護したりする人物のことです。
 聖杯からの情報によりますと、サーヴァントを召喚したマスターはこの監督役に届出をしないといけないことになっていますが……、どうしますか、シロウ。会いに行きますか?」

 ライダーの言葉のニュアンスからするに、実際に届け出るマスターは少ないか、別に出しても出さなくてもどちらでもいいのだろう……っていうか聖杯からの情報っていうのはあれか、メドゥーサであるライダーが流暢に日本語喋っていることにも関係するのだろうか……って、思考が変な方向に行きかけたが俺の答えは無論決まっている。

「ああ、勿論だ。ライダーには申し訳ないけど、正直今の説明だけだとイマイチ物足りない。
 だからそんなヤツが居るんなら是非とも会って、聖杯戦争のことをもっと詳しく聞きたい。
 ……で、その監督役ってのは何処に居るんだ?」

 マスター同士が殺し合う、とかその辺のことをを詳しく今すぐにでも聞きたい。
 こんな時間に会いに行って迷惑じゃなかろうか、と、どこか場違いなことを考えながら腰を浮かせ、ライダーに問う。
 するとライダーは真剣な表情を作ったあと、何故か気まずそうに顔を俯けて――――って、まさか。

「……シロウ、その、大変言い難い事なんですが。
 監督役が居るという事だけしか判らなく、居場所……それがどんな人物であるか、いえ、魔術師に違いはないのですが、あの、とにかく――」

 案の定の二乗。

「――居場所までは判りません……すみません、シロウ」
 
 ……何だか二十分ほど前にも似たような事があったような気がする。
そうだ、確かあの時俺は思わず吹き出してライダーに怒られたような――などということを考えながら、説明をしているときの真面目で冷淡な感じから一変して、途端非常に可愛らしくなったライダーに見惚れてい
た、その瞬間。

 ――――からん からん 

 部屋の灯りが落ちるのと同時に、敷地内に敵意のある者が侵入したことを告げる警鐘が鳴り響いた。

「――――っ!?」

 どくん、と心臓が高鳴った。素早く、されど音を立てないように二人して立ち上がる。
 ライダーには結界のことは話していない。
 されどその表情は鋭く引き締められ、加えて緊張の色が浮かぶ。
 何時の間にか脱がれていた長尺のブーツが装着され、その手にはあの釘のような短剣が握られていた。

「……ライダー、もしかして」

 暗闇の中、囁くようにして問う。
 問わずとも侵入者が誰であるかは判っている。
 似たような感覚を一時間程前に味わったばかりなのだ。
 けれど問わずにはいられなかった。あんな話を聞いた後なら尚更だ。
 ――そう。

「ええ、間違いありません。敵サーヴァントです。
 ……どうしますか、シロウ。迎え撃ちますか」

 ――混乱し、懊悩する俺などお構い無しに、聖杯戦争はとっくに始まっているのだった。

「…………」

 表情や声には出ていないものの、ライダーが緊張していることは俺にも理解る。
 恐らく相手はランサーよりも強大な力を持ったサーヴァントなのだろう。
しかも直接家に乗り込んでくるようなイカレた精神の持ち主だ。話し合いが通じるような相手じゃない。
 このままこの部屋にじっとしていれば、まだ完全に戦う覚悟が出来ていない俺のことなどお構い無しに、ランサーのように必殺せんと襲い掛かってくるに違いない。
 ならばここは迎え撃つべきか、ライダーの力があれば何とかサーヴァントだけを追い返すか打倒できるかもしれない、それも一つの手だ。しかしそれで本当にいいのか? サーヴァントと戦えるのはサーヴァントだ
け、先ほどランサーと戦ったばかりの彼女にまた戦わせるのか。もし彼女が負けるようなことがあればどうする。いや、どうするも何も無い、その時は俺も相手に殺されるだけだし、彼女が負けるなんて事有り得る筈がない。

「シロウ」

 ライダーが凛とした声で俺の名を呼ぶ。
 それであやふやだった決意が固まった。

「ああ、このまま庭に出て相手を迎え撃つ。監督役に会いに行くのはその後だ。
 ――――俺に力を貸してくれ、ライダー」

 そういって、俺は右手を差し出した。
 こんなときに何を呑気な、と思ったけれど、こうしなくちゃいけないと思った。自然に手が伸びた。

「――――」

 そんな俺に対して、ライダーはほんの僅かの間だけ間を置いて――きっと、それは、

「――――了解しました、マスター。
 ライダーの名にかけて、我らの進路に立つ悉くを蹴散らしてみせましょう」

 剣を左手にまとめ、柔らかな右手を俺の右手に添えて、軽く握り返した――この、魂までをも魅了するような、可憐な笑顔を浮かべるため。

「……行こう」

 刹那だけ温もりを共感して、居間の窓ガラスから外へ抜けるために移動する。
 不思議に顔が熱くなったりすることは無かった。寧ろ、心はこんなときだっていうのにやけに落ち着いている。

「――――」

 ライダーは敵襲を警戒しているのだろう、俺の傍にぴたりと追従してくれている。
 俺はそんな彼女をこれ以上なく頼もしく思いながら、目前に迫った窓枠から外へ出るため脚に力を込め、

「衛宮君! 居るのは分ってるのよ! 大人しく出てきなさい!!!」
「な――――!?」

 どこかで聞いたことのある人物の何とも場違いな大声に驚いて、そのまますっ転んだ。

「な――――、ととっ……!」

 転んだ先に尖ったガラス片が散乱しているのが視界に入って、それを避けつつ畳に手をついて上手くバランスをとって立ち上がる。
 はっきり言ってこんな状況ですっ転ぶなんてふざけてるとしか言い様が無いのだけれど、
 今の声には聞き覚え――それほど頻繁に聞くわけではないのだけれど、一度聞けば忘れられない何かがある――があって、その人物の普段の態度と今の台詞とのギャップにこれでもか、と言うぐらいに驚いた。

「大丈夫ですか、シロウ」

 ライダーはこんな状況だというのに俺の身を案じてくれて……って転んだくらいでそこまでしなくてもいいとは思うけのだけれど、それは別として心配してくれるのは非常に嬉しい――恥ずかしいので、「だ、大丈
夫」と早口に返す。

「衛宮君! 早く出てこないと屋敷ごと吹き飛ばすわよ……っ!!!」

 と、そんな間にも先ほどの大声の主――恐らく穂群原学園一の優等生であり、俺が密かに憧れていた遠坂凛――は声の様子からするにかなりヒートアップしている。
 屋敷ごと吹き飛ばすなんて、あいつ案外過激派だったんだな……っていうか、俺の家に侵入したのは敵意を持った……サーヴァントではなかったか。

「――――まさか」

 ライダーは確かに侵入者は敵サーヴァントだと言った。
 なら、今大声で物騒な台詞を叫んでいる遠坂凛は、そのサーヴァントの、マスター、ではないのか。

「……シロウ、この野蛮な声の主に心当たりでも?」

 体中にありありとした闘気と警戒を纏ってライダーが半身をずらし、声がする方角に視線を合わせ武装を改める。

「い、いや……ある、というか、知り合いというか、同じ学園の生徒、というか……」

 俺はしどろもどろな返答しか出来ない。
 理性はそれを認めているのに、本能がそれを認めることを拒否している。
 この状況、ライダーの様子、俺の今しがた駆け出したマスターとしての理性が、遠坂凛が侵入者だと――敵サーヴァントのマスターであることを告げているのに。
 俺の淡い憧れとか、いつも学園で観る彼女の姿とか、俺の今だ残る普通の学生としての本能や、そういったものが、遠坂凛が侵入者などではない――敵サーヴァントのマスター、いや、魔術師なでではなく、ただの他人の空似ではないのか、と夢物語りを綴っている。

「ならば先に侘びを。
 ――すみません、シロウ。学友を失うは辛いでしょう、……ですがこれも、これこそ聖杯戦争です」

 俺の返答に小さく頷いて、ライダーはそんなよく分らない事を口走った。
 そしてそのまま短剣を逆手に握り直し、腰を深く落す。
 そこから鼻先が床に付きそうな程の傾斜のきつい前傾姿勢をとり、曲げた脚に力を溜め、仕上げに濃密な殺気を纏う。
 そんな彼女の姿が、サヴァンナの草原、獲物を虎視眈々と狙う肉食動物にそれに似ている、と思ったときにはもう遅い。いや、未熟な魔術使いの人間衛宮士郎の行動は彼女の前では須く遅過ぎる。

「え――――」

 ――まるで時が止まったかのような錯覚。

 まず初めに視界を紫の流星の残像が通り過ぎた。
 それを追従するようにキラキラと光る細かな粒子が舞う。
 それが畳に落ちていたガラス片が細かく粉砕されたものだ、と俺の脳が理解したとき、鼓膜を打つ「ドン」という爆裂音と共に猛烈な突風が俺の身体を襲い、畳がめくれ上がり、部屋の空気が爆砕した。

 ――世界が時を取り戻す。

「ライダー――――…………っ!!!」

 吹き飛ばされそうになる身体を両腕で庇いながら紫の残像――ライダーの髪の毛が描く軌跡を追う。
 だがそこに既にライダーの姿は無い。
 ただ数メートルおきにめくれ上がる芝生と、闇夜に散る土飛沫だけが俺の視界に収められる。

「くそ……っ!」

 部屋の中からでは無理だ。
 ライダーという流星が通過した衝撃で跡形も無くなってしまった窓枠だった部分から庭に飛び出す。

「セイバー――――…………っ!!!」

 遠坂の、己がサーヴァント――セイバーの名を呼ぶ叫び声。
 これで遠坂がサーヴァントのマスターであることが決定してしまった、などと感慨に耽っている暇などない。
 庭に出て、二歩目を踏み出した俺の耳に届いてきたのは甲高い剣戟音。
 続いて何か重たいものが地面に落下したような鈍い重低音が響き、また剣戟音。
 それに混じってじゃらん、という鎖がすれる音も聞こえてくる。
 ライダーは遠坂と――遠坂のサーヴァントだというセイバーと闘っているに違いない。いや、今まさに闘っているのだ――!

「バッカやろぉ……っ!」

 全力で庭を駆ける。
 遠坂が短剣で貫かれるかもしれない、という恐れ。
 魔眼で石にされるのではないか、という恐れ。
 勝手に飛び出したライダーへの怒り。
 飛び出る前に俺に謝ったライダーへの申し訳なさ。
 そして、ライダーがセイバーに負けてしまうのではないか、という恐れ。
 心の中で渦巻く色んな感情と闘いながら、靴下が破けることなどお構い無しに地を踏みしめ脚を回転させる。

「――――!?」

 遠坂の声が聞こえた場所、門から玄関への間の庭へと続く角へと後数歩――という所で、ふいに剣戟音が止んだ。
 途端、空気が氷結したような沈黙に包まれる敷地内。
 ……とても、嫌な予感がする。
 俺は高鳴る心臓をそのままに角を曲がり、そこで――――

 悠然と佇む遠坂の目前。
 一触即発の雰囲気で周囲を染め上げながら、武装をそのままに対峙するライダーと、銀色の甲冑を着込んだ金髪碧眼の少女を見た。

「――――――――」

 誰も怪我や傷を負っていなかったことに安堵する事もなく、俺はただその光景に眼を奪われる。
 睨みあう二人は微動だにしない。
 半身をずらし、手にした短剣を逆手に構えるライダー。
 右足を後方に引き、下げた両の上で目に見えない”何か”を構える少女――セイバー。
 再び雲間から御顔を覗かせた月から降り注ぐ青白い月光に照らされた二人は、美しく、同時に怖ろしい。
 二人が発する、腸に鉛を流し込まれたような重圧は月光を塗りつぶしかねないほどの濃厚な殺気。
 俺は何とか声を出そうとして、脚を動かそうとして、角を曲がったそのままの体勢のまま文字通り手も足も出す事が出来ない。
 声を出せば、身体を動かせばその瞬間。肌を刺し、もはや鋭利な刃物と化した緊迫に、俺なんていうちっぽけで無力な存在は微塵も残さず切り刻まれてしまうだろう。
 故に俺は二人に眼を奪われる。
 そう、

「――――こんばんは衛宮君。随分と手荒いお出迎えをどうもありがとう」

 何時もの学園の制服の上に赤いコートを纏い、俺と同じように二人を眺めていた遠坂が、まるで影を地面に縫い付けられたように硬直していた俺に、何時もの優等生然とした口調で言の葉を紡ぐまでは。

「え――あ、……こ、こんばんは、遠坂」

 その言葉がまるで解呪のスペルだったかのように、俺の影に縫い付けられていた恐怖と緊張という名の糸が次々と抜糸されていく。
 しかし、不気味なほど綺麗な笑顔で俺の方を向く遠坂の顔はやっぱり――なんて感傷は無い。
 遠坂の目。目が尋常じゃない。
 顔は確かに笑っているのに細く狭められ、俺の射抜くような鋭い目はまったく笑っていない。
 そんな不気味な遠坂にこんな状況の中で律儀に挨拶を返してしまう俺は、どうしようもない莫迦なのか、と自己嫌悪に陥る暇も無い。
 遠坂は俺の間抜けな返答に目だけをそのままに、口調を先ほどの大声と同じにして声を荒げた。

「――――随分と余裕じゃない。
 それもそうよね、何しろ貴方はランサーを打倒するほどの力を持ったサーヴァント――ライダーのマスターで、しかも、この私と二年間同じ学園に通いながら魔術師の気配を微塵も感じさせなかった。もぐりとはいえ凄腕の魔術師だものね……っ!」
「はぁ――――!?」

 理由は不明だが、どうやら怒髪天を突く勢いで俺に対し激憤してい遠坂。
 だが当の俺は遠坂の言っていることがまったく理解出来ず素っ頓狂な声を上げるだけ。
 ……それよりも今遠坂は何て言った? 俺が凄腕の魔術師!? なんだそりゃ、そんな訳あるか。
 俺なんて自分の工房も持たない上にまともに使える魔術は一つだけの、魔術師、じゃなくて、未熟な魔術使い、が良い所の半人前だ。

「おまけに正面から乗り込んだ相手にトラップも何も使わない上に、こんば状況なのにまだ魔力の漏洩を秘匿してるなんて、アンタ私の事嘗めて――――」
「ちょ、ちょっと待て、待ってくれ……っ!!!」

 なにやら激しい誤解をしているらしい遠坂は、般若の形相の見本みたいな鬼気迫る表情でセイバーを押しのけて前に進み出た。
 それを押し留めるように、下手すれば腰を抜かしてしまいそうな精神に鞭打って俺もライダーの横を通り抜けて一歩前に出る。
セイバーが「凛」ライダーが「シロウ」と制止の声を出すが俺も遠坂も今はそれどころじゃない。

「何よ、今更しらばっくれるって言うの? ライダーに先制させといて――――」
「だからちょっと待ってくれって! 
 遠坂、お前が何を勘違いしているか知らないけれど、俺は凄腕の魔術師なんかじゃ無い。まともに使える魔術はと――強化だけだし、それに俺は遠坂が魔術師だったってこと自体今まで知らなかった。ライダーを召喚したのだって殆ど偶然みたいなもんだし、ランサーを倒したのだって全部ライダーの力のおかげで俺は見てただけだ。それにこの家は親父が残してくれた簡単な結界が張ってあるだけでトラップも何も無いんだ。遠坂の事を嘗めてるとかそんな事は絶対無い」

 今にも飛び掛ってきそうな遠坂を宥めるために、取り合えず今の俺の状態を矢継ぎ早に説明する。
 焦っていたせいで何やら言わなくてもいい事まで言ってしまった気がするがこの際仕方ない。
 その証拠に遠坂は茫然自失。珍獣を見たような表情で固まって、セイバーもライダーも同じような様子……ってなんでさ。

「――――――――リン」

 俺以外の固まっていた三人の内、一番初めに活動を再開したのはセイバーだった。
 それにつられるように、ライダー、遠坂の順番で活動を再開する。
 遠坂は”て”の字の発音の形のまま開いていた口を慌てて閉じ、俺の言葉の意味を理解しようとしているのだろう。口元に手を当てて何やら神妙な顔つきをしている。
 サーヴァント二人は武装こそしているが、さっきまでのようなその場にいるだけで心臓が締め付けられるような殺気は霧散していた。

 やがて考えが纏まったのか、遠坂は再び何かを構えようとしたセイバー手で制し、俺を見据えて落ち着いた口調で問うた。

「――――衛宮君、一応聞くけれど貴方聖杯戦争って知ってる?」
「ああ。さっきライダーに聞いたから名前や目的くらいなら知ってる
 けど詳しいところがさっぱり判らないから今から監督役ってヤツに会いに行こうとしてた所だ」

 俺は本当に言わなくてもいいことを言っているのだろう。
 どういう仕組みなのか、「シロウ、敵マスターになにを……」とライダーの抗議が脳内に直接響く。 
 けれど今は遠坂の誤解を解く方が先決だ。先ほどライダーは学友を失うとか何とか言ってたけれど、そんなふざけた事は真っ平ごめんだ。
 遠坂は「そう」と小さく呟くと、口の中でもう一言二言呟き、やがて盛大な溜息を一つ吐き出した。

「……つまり、衛宮君は自分の意思でマスターになった訳でもランサーを倒した訳でもない。
 それに偶然ライダーを呼び出した、っていうくらいだから聖杯戦争の事も今日までこれっぽっちも知らないうえに、魔術師としても強化の魔術しか使えない半人前ってこと?」
「ああ」

 遠坂の問いに大きく首肯する。

 すると遠坂はもう一度口元に手をあてて何かを考え込み、もう一つ盛大な溜息を吐き出した。
 溜息が空気に溶けきると、流れる動作でツインテールの髪の右の方の房をかき上げ、先ほどから俺たちの会話とライダーの双方に警戒を向けていたセイバーに向き直り、歩み寄り、小声で密談を始める。

「……よ、……バー」
「……リン、どう…………ですか、まさか…………限って…………――――」
「違うわよ……聖杯戦争…………は誰よりも…………自信が……」
「ならば、…………」
「簡単……よ。…………ない。そう…………だけ。でも…………それなら…………でしょ。
 ――――衛宮君」

 と、遠坂が突然声を大きくして俺の名を呼んだ。
 振り向いた顔も、声も真剣。
 俺は名を呼んで咎めるライダーに小さく「ごめん」と謝ってもう一歩前に出た。

「……何だ」
「率直に聞くけど、貴方、聖杯戦争を戦う気はあるの」
「――勿論だ」

 間を置かず即答する。
 形はどうあれ俺がライダーに助けてもらったのも、契約したの事にも、ランサーを倒した事にも変わりは無い。聖杯戦争に参加――ライダーと共に戦うと、力を貸してくれと握手を交わしたのは俺の意思だ。
 今更逃げる気は無い。けれど同時に、だからと言ってここで密かに憧れたいた遠坂――何だか今の遠坂は学校で見る姿とは似ても似つかないが――とも戦う、という気も無い。
 しかし、それを声に出して伝えようと口を開いた瞬間当の遠坂自身がそれを遮った。

「……そう。
 ――――貴方の言う監督役は郊外にある言峰教会に居るわ。ソイツに会って話を聞いて、尚戦う気があるのなら貴方と私は完全に敵同士。けれど、もし戦う気が無くなったのならそのまま教会に匿ってもらいなさい」

 遠坂は諭すように俺に語りかける。
 それを聞いた俺もライダーもセイバーも瞬間唖然となって、今度は俺が一番初めに活動を再開した。

「ちょ……遠坂、お前いったい何言って――」
「だから、今夜は見逃してあげるからその間に監督役に会って詳しい話を聞いて来いって言ってるの」
「―――――――」

 ……えーと、それはつまり。

「此処で俺たちと戦う気は無い、ってことか?」

 それだったら何て嬉しいし助かる――――のだけれど、その意を口にしようとした瞬間、また当の遠坂に遮られて――その、上手く行けば遠坂と戦わなくてもいい、という甘い考えを打ち砕いた。

「端的に言えばそうだけど誤解しないで。
 綺礼――監督役の名前なんだけれど、ソイツの話を聞いて尚貴方が戦うと言うのなら明日――今日の朝から私たちは完全に敵同士。勿論そのときは半人前の貴方だろうと容赦はしない。いの一番に全力で潰させてもらうから覚悟しておきなさい」

 遠坂はさらりと言い終えると、俺が密かに憧れていたあの笑顔を刹那だけ浮かべ。
 俺が思わずそれに見惚れている間に、「そういうわけだから行くわよ、セイバー」とセイバーに声を掛け、不満抗議をあげる彼女を、あの細身の何処にそんな力があるのか、半ば引きずるようにして律儀に門から外に出た。

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