「ほら、セイバー、もう泣くな」

 俺は布団から上半身を起し、丁度向かい合う形で俺の布団の上にちょこん、と女の子すわりして、泣き、謝り続けるセイバーをなだめ――って、何だか本来は立場逆だろって感じがするけれど、そこはまぁ気にしないでおこう。うん。

「えっく、……はい……」

 両の袖で目元をぐしぐしと擦りながらこくんと頷くセイバー。
 その頭を強すぎず、弱すぎずの力加減。ちょうど母親が泣く子供をあやすように――生憎、俺にはそういった記憶はないのだけれど。とにかく優しくよしよし、という感じで撫でてやる。

「ぁ――――」 

 いくらなんでも、子ども扱いしないで下さい。と怒られるかと思ったが、セイバーは気持ち良さそうに目を伏せて――というか何だ。セイバーはそりゃあもう美人――可愛い。勿論今みたいな泣き顔、もだ。
 だけれど、いくらなんでも鼻水をたらしている、というのは宜しくない。
 俺は枕元に置いてあったティッシュの箱から二,三枚とティッシュを取り、重ね、セイバーの鼻下にそっと当てた。

「し、士郎……」
「あ、こら、ちょっとだけ動くな」

 さすがにコレは恥ずかしかったのか、セイバーは、はっと目を見開いて抗議の声をあげる。
 つづいて俺の腕に弱弱しく手をかけ、頭をそらし、引き離そうとする。が、俺はそんなことでは諦めない。いつもの俺なら、あ、悪い、と言って素直に手を離したはずだ。けれど何で今日に限って俺はこんな強気なのか――いつもより120%増しでさびしんぼうで甘えんぼうなセイバーの姿に……ってそれは置いといて今は鼻水だ。

「ほら、チーンして」

 撫でていた手で頭を固定して、ティッシュ越しに右手でセイバーの小さい、綺麗な形の鼻をつまむ。そして鼻をかむように促す。これはいくらなんでも怒られるかと危惧したが――実際セイバーは俺の腕に手をかけ、顔を真っ赤にし、潤んだ上目遣いで俺を暫く睨みつけていたのだが――十幾秒かの思案ののち、

「……はい。シロウ」

 消え入りそうな声で肯定して、ちーん、と鼻をかんだ。

 
 
「ん」

 ティッシュの片づけをしていると、くいくい、と服の裾を引っ張られた。
 何事かと思って振り向く。 

「どうした? セイバー」

 そこに居るのは勿論セイバー。
 さっきのことがよほど恥ずかしかったのか、情けなかったのか、セイバーは真っ赤な顔で俯いたままふるふると震え――その様子に、何だかかわいそうな気がしてきて、いまさらながらやり過ぎた、馬鹿だった。と後悔する。
 けれど、

「セイバー、悪か――――」
「シロウ」

 謝罪の言葉は、そのセイバーの声によって遮られた。

「――――セイバー……? どうし――――」
「シロウ」

 二度。またも遮られる言葉。
 それでこれは俺が言うまえに、セイバーの言葉を待ったほうがいいだろう、と判断する。

「――――」

 口を噤む。
 心なしかセイバーの雰囲気が真面目なものになっているのを感じ、察し、自然、背筋が伸びる。
 そして、幾秒かの間。
 その後、すうっと、息を吸い、顔を上げるセイバー。その表情は先ほど泣いていたときとあまり変らないように見えるが、何か秘められた決意のようなものが窺えた。

「……シロウ」

 三度。俺の名前が呼ばれる。
 ちいさく「なんだ?」とだけ答えて先を促した。

「本当に……本当に、怒ってないのですか?」

 少し赤みがかった目でしっかりと俺の目を見据え、問うセイバー。表情も声音も不安気。そこには、もし俺がまだ怒っているような場合、たとえこの身に変えても償い、贖いを――――という決意が込められているのが判る。

「――――っ」

 知らず、息を呑む。
 勿論俺は怒ってなどいない。たしかに痛かったけれど、こんなもの時間が経てば、自然薄れ、いつか消えていく。それにセイバーだって悪気があってやった訳ではないし、何より、はむはむされた瞬間ちょっと気持ち良か……これは関係ない、と思う。多分。
 反して確かなのは、ここは馬鹿だな。などと笑うところではないということ。
 だから、俺もセイバーの目をしっかりと見返して、言った。

「あぁ、本当に……本当に、怒ってないよ」
「――――」

 セイバーは安堵したのか、小さく息を吐くと――何故か、また顔を俯けた。
 僅かに覗く肌はこれまで以上に真っ赤にそまり、またふるふると震えている。まるで、何かを思案しているような、戸惑っているような。
 その姿を見て急激に不安感が膨れてくる。
 はて、俺は何かミスを――――

「――――言葉だけでは」

 したのか、と考えたところで、セイバーが小さな声で呟いた。

「え――――」

 突然のことに吃驚して、暫し呆ける。
 セイバーはそんな俺などお構いなしに、ひょこん、よ顔をあげ――――

「こ、言葉だけだけでは、し、信じられません。
 ……で、ですから、その――――」

 ――――ぎゅっ、としてください。

 と。
 まるで、土砂降りの雨の中で弱りきった子犬というか、そんな表情でそんな台詞をこんな状況で言うなんて反則技を通り越して――――

 ――――わたしを安心させてください、シロウ。

 俺の胸に顔を埋めるようにしてしなだれかかってき、身を任せた。

 もはや俺という目標を骨抜きにして正しい思考をさせないよう、そのためだけに特化された破壊兵器――――




















 ――――ぎゅっ



 




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