「――――う、ん…………」 現在の座り方では良い感じ――どんな感じなのかはセイバーのみぞ知る――になっていなかったのか、捩られた体に、腰。
温かい吐息が首筋をくすぐっていき、柔らかい感触が胸や腹や腰や――を駆け上がっていく。
「――らいおんがいーっぴき、らいおんがにーひき」
温かい。
良い匂い。
柔らかい。
気持ち良い。
思わず――馬鹿、我慢しろ。馴れたはず、知ったはずだ。あの戦争のときのあの夜、あのときよりは何倍も馴れたはずで知ったはずで分かり合っているはずだ。きっと。
「んん、ん――」
「らいおんがさーんびき、らいおんがよーんひき――」
温かい。
良い匂い。
柔らかい。
気持ち良い。
思わず――馬鹿、大馬鹿。集中しろ。精神統一だ。これしきのコト何年も続けていた間違った魔術の鍛錬やセイバーとの剣の鍛錬に比べたら――
「――――」
――比べるまでもなく此方の方がキツイ。もうそれはいろんな意味で。
しかし、だからと言ってここで欲望に屈するわけにはいかない。もし違和感を感じ取ったセイバーが目を覚まして、ソコに当たるソレを見たりなどしたら――とにかく精神を集中――具体的に言わなくてもどういうことかは判るだろというか、とにかく愚息が暴走しないように精神を、集中しないといけないのだけれど。
「……ん、――シロゥ」
「――――らいおんがごーにん、セイバーがろーくにん」
無理。これ以上持たない。
反則。
反則。
凶悪。
落ち着け。と何度心の中で唱えてもなんら効果が無い。
ならばと、先ほどからライオンの数を数えて気を紛らわしてみたりするのだが、最初、頭の中で元気に駆け回っていた百獣の王は何時の間にか人型になって、次の瞬間にはヌーを追い掛け回していたはずのライオンは俺の膝の上で眠っていらっしゃたりしてっていうかもう限界です――――
と。
救世主は、獅子ならぬ虎の咆哮を上げて参上してくださった。
「しーろーおっ! 今日のごはんなーにー!?」
どたどたがんばたんどんどがーん。
靴を脱いで廊下を歩いて居間にやってくる。それだけの行為、行程で何故そんな凄まじい衝撃音や打撃音が鳴るのか誰か解明してくれないだろうか。
そしてそんなよく言えば豪快、常識的に言えば迷惑な登場の仕方をするのは我が家には一人しか居ないわけで。
「あー士郎ったらまたセイバーちゃんとイチャイチャしてるーっ!」
果たして、藤村大河その人は居間の入り口で俺たちを指差しながらうがーっ、と叫んでいる。
此処でいつもなら、静かにしろ、はしたなない、などと馬ならぬ虎の耳に念仏を唱えるのだが、今日はそういうわけにもいかない。ちょうど良いタイミングでやって来てくれた藤ねえの力を借りて何とかこの窮地――から脱出しなければ。
「ふ、藤ねえ……今日はカレーだから、鍋、火にかけてくれ……」
酸素が足りない。体が熱い。
水分の殆どを失った口内。喘ぐ。けれど、首だけを回して、なんとか藤ねえにそれだけを伝える。すると藤ねえは「わーい、カレー!カレー!」とはしゃぎながら台所に走っていき、一度蓋をとって鍋の中を確認してよだれを一つ啜ってからコンロにかけて火を点けてくれた。
「こ、れで――」
カレーの匂いがここまで届いてくればセイバーも目を覚ますはず。
別にそうしなくても夕食の時間――午後七時きっかりになればくるるる、という可愛らしい腹の音のともに目を覚ますのだろうけれど、生憎俺の方にそのときまで我慢する力が無い。
だから、これで――――
「士郎、今日ねぇ、お昼にうちの若いのと泰山で餃子食べたんだけど凄く美味しかったのー。だからお姉ちゃん、今晩も――――」
――――大丈夫。だったはずなのに。
餃子。
その単語が、藤ねえの口から出た、その瞬間。
「……ん、ぁ――」
「あ、おはよーセイバーちゃん。ね、セイバーちゃんも餃子食べたいよねー?」
「……ぎ、ょうざ?」
「そう、餃子。今ね、泰山から出前とろうって士郎と話してた――――」
首を捻っていたので、ちょうどセイバーの顔の前にあった、俺の左の耳。
寝ぼけていたのか、よほどおなかが空いていたのか。あろうことかセイバーは、ソレを餃子と見間違えた――としか考えられない。
「ふぁ、い――」
ぴくん、と一房だけ飛び出た前髪を直立させて目を覚まして、寝ぼけ眼、ぽわっとした表情――半分だけ開いたどこか虚ろな瞳に、僅かに朱のさした頬に、少しだけ涎がついた潤んだ唇――――
「――もち、ろん、私も頂きます」
はむ
「へ――――」
――――その、可愛らしい小さな口をかぱんと開けて。
セイバーは、俺の耳に、はむ、と。寝起きで力が入らないのか、あまりの感触に思わず意識が飛びそうになるほどの優しい力で、噛みつかれのです――――
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