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「――嫌な色。見苦しい髪。切り落としてあげましょうか」
「結構です。これでも気にいってますから」
「その割には手入れをしていないように見えるけれど? 遠慮しなくていいのよ。切り落とさずとも、燃やせば、一瞬だから」
「その一瞬が、私には永すぎる。貴方の咽喉を切り裂くにも」
「野蛮な大口ね。この結界にしてもそう。下品で野蛮で、醜い。育ちが知れるわね。怪物さん」
「自分が醜いのは承知です。怪物と呼ばれるのにも慣れている。――事実、生前の私も、今の私も、怪物ですから」
「理解しているのなら話が早いわ。死になさい、怪物。知っているでしょう、怪物の最後は、決まって勇者に退治れるの」
「――勇者に退治されるのは貴女も同じでしょう。陰気で汚らわしく、民に忌み嫌われた魔女の貴女も」
「そうね。その通りよ、私たちは似たもの同士。けど知っているかしら、同属嫌悪という言葉を」
「知るも何も、今体感しています。――ですからいい加減に、だまりなさい。貴女の声音は、怪物の耳にも煩い」
「黙るのは貴女の方よ、怪物さん」
「二度同じ事を言わせるのですね。黙りなさい、魔女が。黙らずとも、直ぐに殺しますが」
「そのまま返してあげるわ、化け物」
「――」
「――」

 口撃しあう二人。高まる緊張感に、張り詰める禍々しい瘴気にも似た魔力。気持悪い。怖ろしい。くそったれ。

「――」

 じゃらん、という鎖の音。耳障りだ。頭に響く。ライダーが短剣を構えたのか。もう、意識が朦朧としてきている。
 皆の所へ行くのか。死ぬのか。死んでいいのか。
 諦めるのか。諦めていいのか。ダメか。ダメだろう。まだ全てを出し切ったわけではない。だが、今の俺に何が出来るのだろう。もう、手足を動かす力さえ無い。出来ても、のろのろと這うのが精一杯。
 ――それでも。
 呼吸をすることが、死への階段を上ることと同義な此処でも。
 死んでもいいと思っていた。けれど死は恐かった。死ぬ勇気が俺にはない。”死ぬ勇気”など戯言だ。死んでいいのは、もう遣り残すことが無くなったときだ。だからやるしかない。やらなければならない。
 このまま此処に居ては巻き込まれる。葛木は気になるが、どうにもならないし出来ない。知らない。知ったことではない。
 ライダーとキャスターどちらが死のうがどうでもいい。出来るならライダーはこの手で殺してやりたいけれど、今はその時じゃない。
 チャンスはもう直ぐだ。奴等の戦いの火蓋が切って落ちたとき。そこを見計らって、近くの教室に逃げ込む。幸い二階だ。飛び降りても――こんな身体でも、恐らく大丈夫であろう。
 窓の向こうには赤い緞帳が降りている。学舎は赤い天釜に覆われている。だが抜け出せ。抜け出してみせろ。

 ――そう、心では思うのだけれども、

「ぐっ、えぇ」

 また、血の固まりを吐き出した。
 それが合図のように、立っていることが出来なくて、前のめりに崩れ落ちた。己の血で出来た水溜まり。そこに顔を突っ込む。血飛沫が小さくあがる。ゆっくりと横に倒れる。視界が回る。気持悪い。身を起こすことも出来ない。身体は動かない。これっぽっちも動いてくれない。このたった一分足らずの間に、身を起こす力――どころか、這う力さえも無くしていた。

「げっ、ゔぇっ、ぇ」 

 口の中に残った血にむせそうになる。強い酸性の匂い。胃液も混じっているのか。逆流しそうになるそれらを、必死に口外に出そうとあがく、ことも出来ずに、このまま、死を、待つ、しか、ないの、だろう、か。

 ――身体は既に、限界を超え。

 近くのような遠くのような、曖昧な距離から爆発音や、コンクリートが砕ける音や、木材が燃える匂いや、血の匂いや、不快なものが届いてくる。
 首を回してそちらを伺おうとして、けれど出来なかった。首は動かない。それどころか、視覚はもう殆ど馬鹿になってしまっている。目の前にあるのは、ぼやけた教室の壁、のようなものだけ。ほかの感覚が馬鹿になるのもあと少しだろう。そして、機能を停止するまでも、それほど時間はないだろう。

「……」

 何時の間にかあいつ等の戦いの火蓋が落ちていた。戦況を知るすべもない。どちらが勝つのか、勝った後どうなるのか。その前に、俺は死んでしまうのだろうか。いや、このままでは、どの道、死ぬだろう。

 ――何とか、ならないのか。

 奇蹟でも起きない限り無理だろう。

 ――例えば。

 親父のような、正義の、味方が。

「……」

 けれど親父は死んで、藤ねえや一成たちや、そして、俺も。

「……」

 横たわる。
 何も出来ない。
 どれほど時が経ったのだろう。
 一秒かもしれない。一分かもしれない。十分かもしれない。

「……」 

 己の死期を悟り、群れから姿を消す動物が居るという。
 赤かった世界が黒くなっていく。周囲から視界を侵食していく闇。己の瞼が落ちる事も相まって、急激に世界が亡くなって行く。意識が落ちる。気絶なのか、失神するだけなのか、このまま死ぬのか。
 呼吸器と、心臓と、背中、身体。
 燃えるように熱かったのに、どんどん冷たくなっていく。激しかった鼓動の振り子のふり幅が、小さくなっていく。末端から感覚が亡くなって行く。

 ――誰かかが驚いたような気がした。
 
 次に、誰かかが怒っているような気がした。それまで二つだった禍々しいものが、もう一つ増えたような気が。誰かが、ほくそえんだ気がした。

 それが何だったのか、疑問に思う間も無く。

(――さ、く、)

 全ての感覚が、消えた。

 

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