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 持ち主に似てすっかり草臥れた布団の上にに寝転がって、ぼんやりと、ただ何をするでもなく天井を見つめる。
 ……いや、見つめるという表現はこの場合の俺には正しくない。
 別に天井に興味があるわけでもないし、染みを数えたり木目が人相に見えるわけでも無い。ただ単に、仰向けに寝転がった俺の視線の先に天井があった。だから必然的に視界に入ってくるのはその天井になる。ただそれだけのことで、そこにはそれ以上の意味もそれ以下の意味もない。

 もとより、桜を――大切な家族を死なせてしまった、助けられなかった俺、藤ねえ――大切な家族に見放されてしまった俺なんて、生きていても死んでいてもどっちでも構わない人間なんだから。
 
 それでもこうして生きているのは何故か……と問われれば、答えようなど全く無いのだけれど。

「さ……くら」

 その名前を口にするだけで、心がきりりと痛む。笑顔を思い出せば、脳の髄がじんじんと痺れる。――もしかしたら、俺は贖罪のために生きているのかもしれない。どうやって償えばいいか。償えるのか。分からないけれど。
 死んでどうにかなればどんなに楽か、なんて考える自分は、本当にどうしようも無かった。




 
「――――――――」

 ……そうして、何をするでもなく一時間ばかりが過ぎた。
 部屋にはちくたくという無機質な時計の音だけが響いている。
 




「――――――――」

 まるで周囲を暗幕に包まれたかのように、部屋は暗く、埃っぽい。空気は重く、酸っぱい臭いが鼻をつく。
 電灯を点けるのさえ億劫で、そんな部屋の中、ただぼんやりと無意味な時間を過ごす。
 たまに眠ることもあるが、今日は痣の所為か。やけに頭がはっきりしていて、眠気が襲ってくる気配はなかった。




「――――――――ん」

 ……そうして、また一時間が過ぎようとしていた、その時。
 普段なら、そのまま昼食の時間までは続くだろう静寂を、来客を知らせるチャイムの音が打ち破った。  

「誰だ……?」

 むくり、と上半身を起し、時計に目を遣る。
 ……午前八時四十五分。
 まだ昼食の時間には早すぎる。どちらかといえば朝食時だ。
 とすれば、来客はいつもの藤村組のお手伝いさんでは無い。
 それに、もしお手伝いさんだとしてもチャイムを鳴らすことなど殆どない。いつも昼食時……大体十二時半から一時の間にやって来て、何を告げるでもでもなく、ただ昼食の弁当が入った紙袋置いていってくれるだけだ。
 ……ならば新聞の勧誘かセールスの類だろうか。
 学校を辞めた俺のところに生活指導の教師が来るわけもなく、殺人未遂を犯した俺のところに来るべきであろう警察は藤村組が抑止してくれている。

「――――――――っ」

 ……そのことを思い出して、途端に気分が悪くなった。
 警察の厄介になっていない、というのは、俺の殺人未遂よりも遥かに重い殺人という罪を犯した慎二も同じなのだ。
 古くから冬木の地に在ったという間桐の家も藤村の家と同じく強大な力を持っていたらしく、公には桜は行方不明、ということになっているのだ。だというのに、警察は碌に捜査をしていない。
 ……まるで桜がこの世に居ないことを知っているかのように。
 
「くそ……っ!」

 そのことを思い出すたびに腹が立ってくる。
 腸が煮えくり返って、ぐつぐつと沸騰しそうになる。
 慎二にも、間桐の家にも、警察にも、世間にも――そしてそれ以上に、自分自身にも。
 その全てを一刻も早く縊り殺してやりたくて、それが出来ない自分の力の無さとか、気の弱さとか、理想とか、社会とか、そんなことをしても何にもならないと、どこかで諦観している理性や、それら全てに更に腹が立って、立つだけで何もならなくて、どうしようもなくて、だからそれにも腹が立つけれどやっぱり何にもならないから――やはり俺にはもう生きている意味は無いのかもしれない。

 ――――大切な家族さえ救えなかった腑抜けが正義の味方を名乗るなど、くだらなさ過ぎて夢物語にもならない。

 だからこの怒りにも意味は無く。
 俺の生には一片欠片の意味も無い。
 憧れ、いつかきっとと目指し続けた理想は朽ち、衛宮士郎という人間は、あの藤ねえが愛想を尽かすほどに空っぽになったのだ。

「――――――――」

 チャイムは俺がそんな事を考えている間も鳴り続けている。
 こんな朝方。住宅街の奥にある屋敷――こんな人間が住んでいる家に来るセールスマンなんてきっと碌でもないヤツに違いない。
 そう決めつけて、俺は左袖に血がついた服や伸びた髭やぼさぼさの髪の毛や荒みきってしまった精神をそのままに――そんなことはどうでもいい――適当にあしらうべく玄関へと歩いていった。
 なぜか、居留守を決め込むという選択肢は浮かなかった。

 

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