ライダーさんと夏祭り 

 

 時刻は午後6時半ごろ。
 日中37度まで上昇した気温は、日が落ちてから幾分下がったようだった。
 とは言うもものの夏もまだ始まったばかり。
 全身に纏わりつくような暑さは日が暮れた後も以前健在で、じっとているだけでも
全身がしっとりと汗ばんでくる。
 これで風でも吹き始めてくれればもう少しマシになるのだろうが、そんなささやか
なを希望すらも嘲笑うかのように、風鈴はこれでもかと言うほど沈黙を保っている。
 
 賑やかな虫たちの合唱に耳を傾けながら、うちわ片手に玄関先に立つ。
 今日は夏祭り。
 一成の家とは違う、新都のはずれにある神社に出店が並び、港近くの公園では花火
大会が行われる。
 かなり前から行われていたというこのお祭りは新都、深山町を合わせてかなりの人
出がある歴史と人気のあるものだ。
 聖杯戦争とその後のがらりと変わった生活の所為で、昨日藤ねえが泣きながら「明
日は仕事があるから今年は士郎と一緒にお祭り行けないよう」と言うまですっかり忘
れていた。
 俺は基本的にこういう催しものの類にはあまり興味が無いほうなのだけれど、藤ね
えに無理やり連れて行かれるうちに、何時の間にか毎年参加するのが習慣になってい
たのだ。

「そう言えば、親父が生きてる頃は三人で行ったこともあったっけ」

 浴衣をめくり、懐に風を送りながらそんなことを考えていると、ぷーん、と耳障り
な音を立てて、この季節おなじみの憎いあん畜生がうちわを持っていない方の腕にと
まる。

「このっ」

 持っていたうちわを帯にはさんで、空いた手で一撃のもとに殲滅。よし。
 しかしこれで4匹目。こんなことで夏を感じるのは少し嫌だが、これだけ蚊が湧く
ということはいよいよ夏も本番といったところだろうか。
 手にへばりついた蚊の遺骸を払いながらそんなことを考えていると、

「すいません。おまたせしました、士郎」

 と、背中にライダーの声がかけられた。

「いや、別に待ってなんか――――」

 …………。

「どうかしましたか、士郎? 目を白黒させて」
「え? あ――いや、なんでもない」

 思わずライダーの浴衣姿に目を奪われて放心してしまった。
 と、俺の歯切れの悪い言葉と態度を疑問に思ったのか、ライダーは可愛らしく、き
ょとんと小さく小首を傾げる。
 …………。
 それは反則ではないでしょうか。

「――――っ!」 
 
 ライダーと視線が合いそうになり咄嗟に頭ごと視線を逸らす。
 マズイ、なにがマズイのかは分かってるけど言えないような、そんな複雑な年頃の
男子の事情なので今視線を合わすのは非常にマズイ。
 
「……士郎? どうしたのですか、突然顔を背けて」
「なんでもない、こちらの都合だから気にしないでくれ」

 心臓がどくん、と高鳴る。
 顔と体が熱いのは季節と天候の所為ではない。
 最近ライダーはさきほどのように、時節小首を傾げたりなど人間味のある、実に女
の子っぽい仕草をするようになった。
 それはたぶん、かつてエーゲ海の女神と謳われる程の美女であった彼女本来の姿。
 そして、それを見ることが出来るのは今現在世界で俺を含めて片手で足りる人数だ
けで、それは凄く凄く嬉しいことなのだけれど、こうやって不意打ちでやるのは正直
勘弁して欲しい。こういうのにまったく耐性の無い俺は咄嗟にどう反応していいのか
分からなくなる。
 考えながらちらと横目で流し見ると、俺の答えに納得がいかないのか訝しげな表情
のライダー。
 窺うようにこちらの様子を見やったかと思うと、自分自身の体に視線を移す。
 と、そこでなぜかライダーは眉根に皺を寄せ、悲しそうな表情で俯いた。
 ……よく分からないが、これは放っておけない。

「どうかしたのか、ライダー」
「いえ……その……なんでもありません」

 振り向き、尋ねるとライダーは小さな声でそう言ってさらに深く俯いてしまう。
 普段凛としているライダーがこんな風になるなんて珍しい。
 珍しいと言うか、悲しそうな表情といい、これはちょっとおかしい。
 ……それに思い当たるふしが有って、きちんと居住まいを正して、真剣な面持ちと
声でライダーに問いかける。

「……ライダー。やっぱり、俺と2人でお祭り行くの嫌か?」

 そうなのだ。昨日俺がお祭りに行こうと誘ったときもライダーは戸惑ったような様
子で直ぐに返答してくれなかった。
 それで結局行くことにはなったんだけども、着ていく浴衣を藤村組のお手伝いさん
に見せられたときは誘った時より戸惑ってたし。……と言うか2人だけで出かけると
きは何時も気落ちしてるというか元気ないよなあ。はぁ……。
 
「いえ、そのようなことは決してありません!
 ……その、私も士郎と2人で出かけるのはとても嬉しい」

 ばっ、と顔をあげ、俺の目を見つめながら言うライダー。
 その表情は先ほどとはうって変わって真剣だ。
 
「――そ、そうか……? それは良かった、うん」

 その言葉に安堵してほっ、と一つ息を吐く。
 しかし、そう言ってくれるのは嬉しいけど正面きって言われるとちょっと恥ずかし
いというか何というか……照れる。非常に。
 見ればライダーも同じなのか、頬をほんのり染めている。
 しかし、

「……じゃあ、なんで悲しそうな顔してたんだ?」

 この疑問はまだ解決していない。
 このままでは夏祭りに行っている間中気になって、祭りを素直に楽しむことが出来
そうにない。
 それにライダーにそんな顔をさせた原因がもし俺にあるのなら、全霊で謝罪しない
といけない。
 だからこれだけは絶対に解決しておきたかった。
 
「…………浴衣です」
「へ――?」
 
 僅かな逡巡の後、消え入りそうな声で言うライダー。
 俺が原因ではなくて安堵したが、その台詞があまりにもこちらが予想してるものと
かけ離れていたので思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
 
「浴衣がどうかしたのか?」
「……………………」

 と、ライダーはまた俯いてしまった。
 はて? 浴衣とはどういうことだろう?
 ライダーが着ているのは黒色の生地に朝顔があしらってある落ち着いたデザインの
もので、それにライダーの紫の綺麗な髪の毛と白い肌がよく映えている。スタイルの
良さとおしとやかさもあいまってとても綺麗だ。

「似合ってるしとても綺麗じゃないか。何か問題でもあるのか?」
「な――――」

 顔をあげ、ぼふん、と音がしそうな勢いで首まで真っ赤になるライダー。
 はてはて? ますます分からない。

「ライダー、どうかしたか」  
「―――――――――」
 
 しかしライダーはそのまま微動だにしない。
 目を見開いて口をぽかんと開けたままだ。

「ラーイーダー?」
「―――――――――」
 
 もう一度声を掛けてみるが、やはり結果は同じ。
 
 そうして暫く待ってみるが、ライダーはマネキンのようにぴくりとも動かない。
 見開いた目を瞬かせることも開いた口を閉じることもなく呼吸をすることもなく、
ただじっと俺に視線を合わせたまま立っているだけだ。
 ……………………って、ちょっと、待て。
 瞬きもしない上に呼吸もしてない?
 いくらなんでもこれはおかし過ぎる。
 
「おい、ライダー」

 漠然としていた不安感が色濃くなるのを感じながらライダーの頬をぺちぺちと叩い
てみるが、それでもライダーは無反応だ。

「おい! ライダーってば―――」

 いったいどうしちまったんだ……! と続けようとしたそのとき、いきなり視界が
紫の何かに埋め尽くされた。

「え―――」

 突然のことで上手く頭が働かない。
 ぼけっと、突っ立ったってるだけで何も出来いまま時が過ぎる。
 しかし、暫くして、鼻腔に薫る華のような良い匂いに覚えがあることに気がついて
、あぁ、これはあれの匂いだ――――と、もう少しでその紫の正体が解るという所で
今度は体に感じる柔らかい二つの大きな何かに気が付き、しかもそれが酷く心地よか
ったので思わず強く思考を奪われてしまう。
 
 ……埒が明かない。
 取り敢えず落ち着いて整理していこう。
 まず俺の視界を埋め尽くしている紫の何か。
 色と匂いには覚えがあるのだが、視界全てがそれに埋め尽くされているので姿かた
ちが解らない。ひとまず保留することにする。
 次に胸板あたりに感じる二つの柔らかくて大きな何か。
 一回り小さいメロンくらいの大きさで、まるでマシュマロかゼリーかというほどに
柔らかい。しかもただ柔らかいだけでなく、俺の胸板を強く押してくるような弾力が
ある。感じる感触から、中心部あたりに突起のようなものがあることも分かった。
 そして紫の何かとは違い僥倖なことに、俺は今感じているのに非常によく似た、柔
らかさや弾力や感触を持つモノに強い覚えがある。

 それはずばり、ライダーのおっぱいだ。
 
 ちなみに俺はふざけていない。
 それくらいこれはライダーのおっぱいにそっくりだ。
 いや、そっくりなんていうレベルじゃない。まさに瓜二つ。
 特に、こうやってこちらが指に力を加えると、指の隙間から逃げるように、踊るよ
うに形を自由自在に変えるところなんか、俺が投影した剣なんか足元にも及ばないほ
どそっくりだ。
 
 ふよふよ

「……ぁ」

 むにむに

「……あぁ」

 むにっむにっ

「―――――っ、……し、士郎、も、もっと優しくしてください……」    

 ……………………凄い。
 前言撤回。
 これは瓜二つなんてもんじゃない、本物以上に本物だ。
 しかも持ち主であるライダーの声まで聞こえてくる本物っぷり。
 更に凄いことに声も本物以上に本物っぽい。
 特に、俺が少し強めにすると、優しくしてくれとお願いしてくるところなんか一言
一句、声のトーンまで同じだ。

 むにっむにっ。

「……しっ、士郎……! い、いけません、このような場所で戯れを……」

 ……………………あれ?
 今の台詞は初めて聞く台詞だぞ?
 
 しろういけませんこのとうなばしょでたわむれを。
  
 士郎ってのは俺の名前のことだ。
 ライダーや遠坂、藤ねえが俺を呼称するときに使う。
 うん、何もおかしなところは無い。
 そして、このような場所ってのは玄関先のことだ。
 俺は夏祭りに行くためにライダーを待ってて、ついさっきまで話をしてた。
 うん、何もおかしなところは……無い筈だ。
 戯れってのはライダーがよく使う言葉で、そ、そのエッチなことをするときに使う
ことが多い。
 うん、何もおかしなところは…………………………
 
 有りすぎた。 

「ふぅ…………」

 思考を落ち着けるために大きく深呼吸を一つ。
 …………良し、落ち着いてた。
 ここで状況をいったん整理する。
 まず、俺は今日、夏祭りに行くために玄関先でライダーを待っていた。
 次にライダーがやって来て、そのあまりの綺麗さに恥ずかして目を合わすことが出
来ず、思わず目を逸らした。
 そうしたら、それをライダーが自分と浴衣が似合っていないものだから目を逸らし
たのだと誤解した。
 俺が慌ててそうじゃないと弁解したが、何かとんでもことを言ってしまったらしく、
ライダーが硬直してしまった。
 心配になった俺がライダーを起そうと頬を叩いたりしていたら、急に視界が紫の何
かに埋め尽くされて、胸にライダーのおっぱいに似た何かを感じ、それをもみもみし
ていたところに聞きなれないライダーの台詞を聞いた。
 その台詞おかしなところがあり、それを確認するためいったん状況を整理して現在
に至る。

 ここから理解ることと言えば、現在俺の近くにはライダーしかおらず、俺はライダ
ーのものより本物っぽい本物のおっぱいをもみもみしてていて、ライダーより本物っ
ぽい本物の声を聴いたということで、っつーかこれは間違いなくライダー本人である
ということで、そうなるとこの紫の何かの正体はきっとライダーの髪の毛で、俺がも
みもみしたのは本当にライダーのおっぱいで、聞こえた声は本当にライダーの声で、
おかしな台詞の意味は外でそんなことをするのは道徳的にどうかということで、結論
を言えば俺は今ライダーに抱きつかれていて、そのライダーのおっぱいを俺がもみも
みしているということで…………ってえええええ―――――――――!!!???
 
「ええええええぇぇぇぇぇっっっっっ―――――――――!!!!????」 

 悲鳴に近似した絶叫をあげながらライダーから離れる。
 ばくばくと高鳴る心臓。体中の血液があと少しで蒸発するとばかりに煮え立ち、そ
の血液が顔面に集中し、羞恥と相まって火が出そうなほどに皮膚を赤く染める。
 まともな思考が出来ない。思考回路は魔術行使に失敗した魔術回路のように荒れ狂
い、正常な働きを行えるようになるまでは随分と時間がかかりそうだった。
 そんな中、今だ掌に感じるライダーの胸の感触だけが色鮮やかに輝いているのがな
んとも情けなくて、ライダーに申し訳なくて、自分が惨めで、色んな意味で泣きそう
だった。
 と言うか視界がすこし滲んでいるので本当に泣いてた。 
 
「……士郎」
「は、はいっ――!」

 びくっ!
 涙で茫洋とした視界で表情を窺い知ることは出来ないけれど、声色からライダーが
不機嫌ということは明らかで、あぁ、殺すなら痛くないないように先に石にしてくれ
と願わずにはいられない。というか出来れば半殺しくらいで許して貰えないでしょう
か。
 しかし、嗚呼。女神のなんたる無情なことか。
 俺のそんな思いとは裏腹にすたすたと此方に近づいてくるライダーの足音がやけに
耳に響く。血の気が一気に引いていって、心臓が縮こまった。
 
 ……もう、駄目だ。
 戦争に参加した七騎のサーヴァント中随一の敏捷と怪力を持つライダーだ、俺など
抵抗する暇も与えず屠るだろう。
 しかしそれでも、絶望に染まる頭で強く思った。
 謝罪は絶対にしないといけないって。
 謝ったからといって済む問題じゃないと分っていても、俺が犯した罪の代価が万死
に値するものだとしても、俺が、正義の味方を謳っていたくせに、実はどうしようも
ないむっつり助平だったとしても、謝ることくらいは出来る。
 
「その、……ライダー、ご、ごめんっ……!」

 ライダーが俺の直ぐ目の前で立ち止まるのを確認して、飛び散る涙煌かせ、骨が外
れそうになるほどの勢いで首を折る。
 
 そして聞躊躇うこと無く、そのまま額を地面に擦り付けるために膝を地面に着けよ
うとして――
 
 ふわりと、俺の頬がライダーの掌に包まれた。     
 
「え―――?」

 驚いて顔を上げる。
 もしかして石にされるのだろうか、などという危惧は微塵も無かった。頬に感じる
感触があまりにも暖かで、優しくて、心地よかったから。

「――――――――」

 ライダーの表情はわからない。いつのまにか視界全てが涙で滲んでいた。
 それでも、感じる雰囲気と気配から、ライダーに闘気や殺気、驚くことに怒気さえ
もが無いということが分かった。ライダーにあるのは、どことなく拗ねているような
、そんな不可思議な気配だった。

「……ライダー、」

 妙に思って。どうかしたのかと続けようとしたその声は、そのライダーの声に遮ら
れた。気配と同じで拗ねているような声だった。もしかしたら口を尖らせているのか
もしれない。

「……士郎、私はそんなに恐ろしい女なのですか」
「え……、あ――、いや」

 質問の意味もよく理解らなかったけど、拗ねたその姿を想像してしまったら何だか
可笑しくて、思わずどもってしまった。
 そんな俺の気を知ってや知らぬか、ライダーはさらに拗ねたような声で続けた。

「……士郎、私は強い貴方が涙するほど恐ろしい女なのですか」
「い、いや、そんなことない。そんなわけないだろ」
「では、何故泣くほど怯えるのですか」
「だってそれは、ら、ライダーが怒って――――」

 いるから。と続けようとして、そこで気が付いた。
 何かおかしい。
 ……怒気も感じない?

「……もしかして、ライダー、怒ってないのか――――?」
「何故私が怒る必要があるのです? た、確かに恥辱的な行為ではありましたが、…
…それに、私たちはこ、こここ、恋仲ではないですか」

 早口に、呟くように言われた最後の台詞は小さくて全然聞こえなかったけれど、と
にかくライダーが怒ってないことを知って安堵した。
 ほぅ、と一つ息を吐く。
 それで完全に落ち着いた。

「そ、それより士郎。いい加減涙を拭いましょう。私が辛辣な仕打ちを士郎に施して
いるようで落ち着きませんので」
「あ――、悪い」
 
 浴衣の袖で拭おうとして、それが邪魔になった。
 先ほどから俺の頬に添えられているライダーの手だ。

「ライダー、手」

 ――もう落ち着いたから、離してくれないか。ありがとな。
 そう続けようとして、目尻に感じた暖かいざらついた粘着質の感触にそれを遮られ
た。
 ライダーの顔が俺の顔に近づいて、何だろう、と思った瞬間のことだった。

「……ん、……ちゅ」

 驚く暇も無かった。
 犬が主人に甘えるように、ライダーが俺の目尻に溜まった涙を吸い取るようにして
舐めあげた。
 こちらにも分かるほど優しく、暖かく。丁寧に。
 くすぐったいような、おぞましいような、不思議な感覚。それでいて心地よい。
 思わず疑問と抗議の声をあげることを忘失してしまう。頭が呆として、成すがまま
にされる。

「ちゅ……、ん、ん…………」

 右目が終わったのか舌が左目へ移動する。
 晴れた右目の視界に真っ先に飛び込んできたのは、目を瞑り、頬を仄かに染めたラ
イダーの横顔だった。

「――――っ!」
 
 その光景が余りにも衝撃的で煽情的で思わず視線を下げる。だが、下げた視線の先
にあったのは浴衣の隙間から覗く胸だった。しかもちらと先端が見えた。
  
「うぉ――――!」

 思わず目を瞑る。そこでようやっと羞恥が沸いてきた。
 
(お、俺は何をやってるんだ……!?)
 
 って言うかライダーの方こそ何をやってるんだ。
 涙を拭うのに何故ライダーの力を借りなきゃ……じゃなくてそれは良いとして、何
故に舌なんだ!? ベロって言ったらあれだぞ、ぺろぺろでちゅちゅだぞ!?

「んぁ……、…………ふぅ、士郎、これで綺麗になりました」
「え―――あ……、ありがとな。…………じゃなくて! どうしてこんなことしたん
だ!?」

 ちゃんとお礼を言ってから抗議する自分が憎いと同時に誇らしい。 
 
「な、ななな舐めなくても、普通に袖で拭ったりすればいいじゃないか!」

 言いながらはっきり見えるようになった視界でライダーの顔を見つめる。
 これは譲れないと頑とした意思で視線を固定する。
 ……しかし、

「ふふ、先ほどのお返しです」

 そう呟きながら悪戯っぽく、それでいてとても妖艶な笑みを浮かべながら、至極簡
単かつ正当で筋が通った論を述べたライダーの前にあっさりと意思は折れた。

「…………うぅ」

 その笑顔に思わず吸い込まれそうになる。
 しかもライダーの言うとおり、先に手を出したのは俺だったので、まともに反論す
ることなど適うはずもなく、俺の口からは呻き声が洩れるだけだった。
 ……情けない。

 それから黙り込んだ俺を見て、勝利を――何の勝利かはわからないけれど、とにか
く勝利を悟ったのか、ライダーは俺の頬から手を離して数歩後ずさり、何か文句でも
? と今度は悠然と微笑んだ。腰に手を当てて遠坂ポーズを取っているところなんか
が非常に憎たらしい。このむらさきのあくまめ!
 このままでは悔しいのでライダーの唾液が残る目元を袖で擦って些細な反撃を試み
るがなんら効果なし。頬を膨らましてそっぽを向いてみるが苦笑されたのが雰囲気で
分る。ならば俺も目元舐めてやろうか…………って、そんな大それたこと出来るわけ
ないっつーか口にすら出来ないし一歩もこの場から動けてません。
 ……情け無い。
 
 ……落ち着け、落ち着いて勝機を見出せ。まだ負けてない。ライダーは勝ったと思
ってるけれどまだ俺は負けてない。情けないけどこの不利を跳ね返すジョーカーを持
っているはずだ。思い出せ、思い出すんだ。まずことの成り行きを思い出せ。俺がラ
イダーの胸を揉んだのはそもそも何が原因だったか。
 
 
 
 ここで打ち切り。

 理由:なんか訳分らなくなったから_| ̄|○

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