「まま……おしっこ」 セーターの裾を引っ張られて無理向いたその先。
瞳に涙を湛えてそういった士郎は、そのまま額に入れて飾っておきたい程可愛かった。
士郎の手を引いて手洗い所まで連れて行く。
途中何度も止まり、もじもじと股をすり合わせているところを見ると、かなりの間我慢していたことが分る。
生理現象を無理に我慢するのは体に悪い。なぜ早く言わなかったのですかと問うたら、士郎は唯一言「……ごめんなさい」と、これまた瞳に涙を湛えて、私から目を逸らすように俯きがちに呟いた。
あぁ、そのような顔は反則です。
そう思った瞬間、士郎の顔を胸の谷間に埋めるように抱きしめてしまっていた。士郎は初めはきょとんとしていたが、暫くして、腕をばたつかせながら「漏れちゃう」と騒ぎ出した。あわてて開放して事なきを得たが、悪いことをしてしまったと思う。私は幸せだったけれど。
「士郎、トイレの使用法は……」
「……」
「……分りませんよね」
トイレの前で立ち止まり確認。
返ってきたのは予想どおりの返事――首を横に振ったあと、上目遣いに縋る様な視線。
その顔はまた泣きそうであったが、反対に、私は妖艶に微笑んだと思う。
「士郎、暫く動かないで下さい」
トイレは二人一緒に入るのには少々狭い。
士郎の真後ろにぴたりと密着して立つ。
胸を士郎の背中に押し付けるようにして、肩に顎を乗せ、両脇から手を差し入れてジーパンのホックを外す。
「うぅ」
耳朶に私の息がかかったのがくすぐったかったのか、呻き声を洩らして身体を震わせて首を捩る。
可愛らしい。
くすり、と、思わず笑みを零してしまったが、途中で動かれては困る。
チャックを下ろしていた手をとめ、包むように士郎の頬と顎を捕まえて顔をこちらに向かせる。
「――――?」
きょとんとした士郎の顔。
頬は仄かに染まり、涙を湛えた瞳は小動物を連想させる。
額と額をこつんと合わせ、自分でも驚くほど熱い声で呟いた。
「士郎、動くな、と言ったでしょう」
士郎は驚いたのかぴくり、と小さく震えたが、しっかりと「ごめんなさい」と言った。その間目と目は決して逸らさなかった。精神は幼子になっても士郎は士郎なのですね、と感心する。
「いい返事です」
優しく微笑んで言った。士郎は安心したのか、同じく笑みを返してくれた。その顔に数瞬見惚れ、ちゅ、と軽く唇を押し付けて作業を再開する。
士郎は私が指示したとおり、シャツの裾を持ち上げてじっとしている。
膝まで下ろしたジーパンから除く太腿は、やはり素体――人形とは思えないほど引き締まっていて、ただそれを見ただけで身体の芯が熱くなった気がした。
「……どうぞ、士郎」
トランクスから取り出した士郎の性器を右手で支え、小便が便器からはみ出ないように調整、固定する。
肩越しに見た士郎のそれもまたやはり、人形の身体とは思えない。
士郎を促した声は、熱情に濡れていた。
右手の中の士郎が脈動するたびに、脳髄が痺れるような感覚。
事が終わり、士郎の衣服を整えようとしてふと気がついた。
このままでは下着が汚れてしまう、と。
何時も士郎――男性がどのように用をたすのかは良く分らない。個室を見回す。目に留まるものはトイレットペーパーや芳香剤。
ここはやはりトイレットペーパーを使うのだろうか……と考えて、そこで閃いた。否、こうする事はあらかじめ考えていた。
右手の中の士郎は、本人の意識とは無意識に己の存在を誇示するかのように形を変えていた。私の意志によって、だが。
人の体液とは、須くしょっぱいものである。
頭上から聞こえる士郎の呻き声が、頭に添えられた士郎の手が、熱くてたまらない。
口内を、火傷しそうだった。
便器に座った士郎が下から突き上げるたびに、私が腰を落とすたびに、肉が爆ぜる音が、水音が、呻きが、喘ぎが個室に響く。
同時に便器が体重に耐え切れず軋みをあげた。
壊れはしないか、と一瞬だけ考えて、後ろから士郎に胸を弄られ、雷鳴に打たれたように忘却する。頂点を執拗に求めるのは徒労に終わった食事への未練かもしれない。
既にどちらのとも分らない汗が周囲に飛び散った。狭い室内の中、それは溢れ出た私の匂いと交じり合って、むせ返るような、甘く、刺激的な匂い。
背を預け、首を捻り、貪るように口を重ねあったあと、肺一杯に吸い込んだそれは麻薬となって媚薬となって、快感を増幅させて脳髄を燃やし、理性を飛ばす。
いっそう激しくなった行為に悲鳴のような喘ぎをあげて、己の終わりが近いことを認識する。まったく、あの二人はとんでもない素体を見つけてきた。いや、中身が良いのだ、と思い直す。
汚れてしまった衣服を右手に、士郎の右手を左手に絡ませて、裸のまま洗面所に向う。
身体を洗わなければならない。
横を見遣ると、士郎は笑みを浮かべ、殆ど疲れていないようだった。思わず苦笑してしまう。疲れて居ないのは無論私もだけれど。
というか逆に魔力が漲って身体は火照りっぱなしだ。
士郎が元気で本当に良かったと思う。
「ねぇ、まま」
歩きながら風呂の沸かし方の手順を思い出していると、士郎に声を掛けられた。
「なんですか、士郎」
歩を止め、向かい合って返答する。
その瞬間士郎の裸体が目に入り、先ほどの光景が脳裏にフラッシュバックして少々恥ずかしかったが、下の世話までしておいて、しかもこれから一緒に風呂に入るのに、今更何を恥ずかしがるのだろう、と思い直して失敗。
思わず俯いて――余計悪化した。
このあたりが凛に「どじっ娘」と言われてしまう所以なのでしょうか。
わたわたと一人慌てる私に、士郎は恥ずかしそうなそぶりなど欠片も見せずに、満面の笑顔で私に言う。
……その顔はやはり反則です。
しかも。
「えへへー、僕ねぇ、ままのこと好きー」
台詞はもっと酷い反則。
恥ずかしさを紛らわすように、私は「ありがとうございます」と口早に呟いて歩みを再開した。
士郎はそんな私の様子がおかしいのかきゃっきゃっと笑っている。
……覚えておきなさい、士郎。
お風呂編へ続く?
桜が帰宅したとき士郎が疲れていた理由その1でした
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