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 イリヤスフィールが蘇生させ、ライダーが摘み、桜と凛が間桐の書物を売り払って手に入れた素体に魂を宿された士郎がもすうぐ目を覚ます。

「多分もう暫くかかると思うけど、もしかしたらってこともあるから私たちが学校に行ってる間は定期的に士郎の様子を診て頂戴ね」

 遠坂凛にそう頼まれ、間桐桜のサーヴァント・ライダーは士郎が寝かされている部屋――士郎の自室で、士郎が寝かされている布団の傍らに正座して、安らかに眠る士郎の寝顔を見つめている。

「……起きる気配はありませんね」

 ライダーの宝石の瞳に見つめられながら、士郎は規則正しい寝息をたてて眠っている。詰めていくと寝ているとは少し違う状態にあるのだが、肉体が睡眠状態にあるのだから寝ているといって問題ない。

「すぅ――、すぅ――」 

 陽の光をふんだんに浴びた布団の中で士郎は安らかに眠る。
 その顔には暖かな色が堪えられ、唇は乾くことなく。
 ゆっくりと上下する胸が、確実に士郎が生きていることを証明していた。
 順調に士郎の魂が定着した素体は、衛宮士郎の新たな肉体となって、確かな意味でその生を受ける為の、全ての準備を終えたのだ。

「…………士郎」

 そんな士郎を見つめながら、ライダーが謡うようにその名前を呼ぶ。
 大して意味は無い。
 ただ読んでみたかっただけ。
 そんな自分は可笑しくて、ライダーはくすりと優雅に笑った。

 ライダーにしてみても士郎は誰にも変えれ得ないとてもとても大切で大事な人物である。
 
 己のマスターである少女の最愛の人。
 その少女を最愛として、自らの身が朽ちることも顧ず、その信念や理想さえ捨てて戦い、少女――桜を守り通した人。
 
 僅かな時間ではあるが、一緒に生活をともにしたり、戦場で背中を預けあったこともある。
 くだらない問い問答をしたり、過酷な判断を迫ったりしたこともある。
 大聖杯崩壊後、士郎を発見して摘んできたのはライダーである。
 
 そんな風に色んなことがあった。
 その数々の出来事の中、その短い時間。
 ライダーは衛宮士郎がどんな人間なのかを理解した。
 だから、ライダーは士郎を信頼している。マスターのためでなく、必要としている。
 異性に対するそれとは微妙に違うが、好意も持っている。
 この人物なら安心して桜を任せられる、桜を幸せにしてくれると信じている。
 
 証拠に、今もこうして、凛には定期的にと言われたが、実際は付きっ切り――食事や睡眠が必要ない身だ。それだけが理由では無いが――で傍らに就き、時節額を拭ってやったり、寝返りをうたせてあげたり、寝顔をじっと見つめたり――と甲斐甲斐しく世話を焼いている。

「……士郎。何時まで寝ているつもりですか」 

 笑みのまま士郎を見つめ、ライダーがぽつりと呟く。
 台詞とは裏腹に、その声色に責める色は無い。
 その声は、まるで悪戯っ子を窘める母親のような響きを持っていた。

「サクラにリンやタイガにライガ。それに私も心配しているのですよ」

 同じ声色でライダーが言葉を紡いでいく。
 笑んでいたその瞳はさらに細められて。
 笑みの形まま流麗な唇を動かして言の葉を紡ぐライダーの表情は、温かく、優しくて。
 その笑みは、世界中の教者たちや美術家たちを魅了してやまない、遍く包む、全ての人々の母――まさに聖母の笑みであった。

「ちゃんと聞いているのですか? 士郎……」

 士郎の頬を、その白く美しいしなやかな指で優しく撫でながら、ライダーはそう呟いて、それまでの笑みとは一転、ふいに悲しげな表情を浮かべた。

「……サクラがどれだけ貴方のことを――」

 大切に想っているか知っているのですか――? と続けようとした声は、士郎が上げた小さな呻き声によって遮られた。

「う……うぅ」

 ライダーは驚き、咄嗟に、けれど士郎に力を加えないよう、ゆっくりと指を離す。

「……士郎?」 

 静かに囁くように声を掛けて、ライダーは士郎の顔を注視する。
 
 フルフルと震える瞼。
 僅かに顰められた眉。
 小さな呻き声が洩れる唇。
 時節、身を捩るように体を動かす。

「ま、まさか……」

 それは長い眠りから目覚める兆候のそれに他ならない。
 それに気がついた瞬間、流石のライダーも焦り「どうすれば」と切迫した表情で思考を巡らす。
 
(……今目覚めるとなると、凛が予想していた日時より大分早い。
 士郎がどのような状態で目覚めるか解らないが、私一人で対処しきれるとは思えない……)

 ライダーはこと魔術にも長けているが、現代の魔術師が作った人形については、魂を移し変えるときに凛に説明を受けたものの無知のそれに等しい。
 今士郎が目覚め、肉体に何らかの不具合や不調があったとしてもライダーではどうすることもできない。

「――――っ!」 

 焦る。
 私はどうすればいい。
 サクラが――士郎を慕う皆が待ち望んでいる、必要としている、大切な士郎を私の所為で失う事になったら……!

「リンたちは……!」

 自分独りでは駄目だ。
 小さい悲鳴に似た声を上げてライダーは時計を見遣る。
 針はまだ十一時過ぎをさしている。。
 授業が終わるまでも、昼休みまでもまだまだ時間がある。

(リンとサクラの助力は望めない……!)

 ペガサスで迎えに行くか、と考えて瞬時にその考えを捨てる。
 そんなものを街中で間昼間の街中で乗り回す訳にもいかないし、まさか学校に乗り付けるなど言語道断だ。
 本当は士郎の事を考えればそんなことなど人間社会の常識など無視してもいいのだが、今にも目覚めそうな士郎から僅かな時間でも目を離す訳にはいかない。 

「……どうすれば……」 

 緊張と焦りでライダーの頬を一筋の汗が伝う。
 知らず乾いていた咽喉を潤すため、ライダーがごくりと大きな音を立てて唾を飲んだ、そのときだった。

「うぅっ……」

 士郎が一際大きい唸り声を上げ、

「――――――――」

 まるで桜の華の花弁が咲いていくかのような、ゆっくりと穏やかな。されど確かな動作で、長い間閉じられていたその瞼を開けた――――




「――――士郎」

 瞼を開けたまま呆としている士郎に、ライダーが恐る恐る歩み寄る。
 動揺を強靭な精神力で押さえつけ、如何なる問題にも――たとえ自分の力が及ばずとも――全力で対処出来るように気を配りながら歩く。
 そのまま布団の傍らで止まり、膝をついて腰を落とす。
 左手を士郎から見ての右側の顔の横につき、上半身で士郎の上半身を覆うようにして様子を窺う。

 半分夢の世界に居るように、半眼に開けられた瞳。
 規則正しく呼吸を繰り返す鼻に、僅かに開けられた口。

「――――――――」

 そんな士郎にどこかおかしなところが無いか、ライダーは慎重に、真剣な眼差しで観察する。

(意識はまだ完全に覚醒していない……呼吸は正常)

 取り敢えず見た目に士郎におかしなところは無い。
 まだ完全に意識は覚醒していないが、暫くすれば完全に覚醒……する筈だ。いや、そうなることを祈るしかない。 

「……士郎」

 歩み寄るときの動作よりもさらに恐る恐る慎重にライダーが囁きかける。

 士郎は自分が呼ばれた事を理解したのか、音声を発したものに反応したのか、光の無い瞳をライダーに向ける。

「――――っ」

 そのまま視線が合う形になって、ライダーの心臓が高鳴る。
 しかし士郎は返事をしていない、と気がついて、あわてて緩みかけた緊張の糸を張りなおす。

「………………」

 そのまま見詰め合う二人。
 時間が止まったかのような、静謐な静寂が部屋を包む。

 独特な形の瞳孔を持った宝石のようなライダーの瞳と、意志を持たず、灰色をした士郎の瞳。

 永劫かと思えるような時を邂逅して、やがて士郎の瞳にゆっくりと光が灯っていく。
 それは確かな意志の光。
 意識の覚醒。

「――――!」

 士郎の意識が覚醒していくのを感じ取って、ライダーは息を呑む。

「………………」

 ゆっくりと、ゆっくりと焔は燃えていく。
 半年間という眠りの間に己の体に溜まった汚れや、疲れや、そういったものを焼き尽くすように燃えていく。

「はっ…………」 

 空気を吐き出すような音とともに士郎の口が開けられる。
 まるで酸素を取り込まんと、マナを取り込まんと、力を取り込まんとするかのように。
 焔は燃料を補給され、いっそう火脚を強めて燃え上がる。

「………………」

 ライダーが呼吸さえも止めて見守る中、焔はやがてその瞳を覆いつくす。
 見つめる士郎の顔。
 半眼だった目はしっかりと見開かれ、目には意志と生気が溢れている。
 己を目覚めを自ら祝う歌を詠うかのように大きく開けた口でしっかりと呼吸をしながら、ライダーを見つめ返す。 

 ――――そう。
 それはまさしく、アンリ・マユ――この世全ての悪――を含め、如何なる障害にも臆することなく挑んでいった、鋼のような、錬鉄の戦士の瞳―――

「…………士郎?」

 では、なく。

「まま…………?」

 無垢なる、母を求める幼子の瞳であった。




 ままらいだー





「どぉぉぉぉいうううううぅぅぅぅぅことよぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!!」

 夕暮れ時の衛宮家。
 普段は夕食の準備をする楽しげな桜の鼻歌や、料理を待ちわびる大河の茶碗ドラム、ライダーが愉しみにしているドラマの再放送の台詞が賑やかに楽しそうに溢れるその時間に、鉄壁のカデナチオさえ易々と打ち砕いてしまうような怒声が響きわたった。
 広い庭で羽を休めていた鳥たちは慌てて飛び立って行き、屋根の上でうたたねをしていた猫は地面に落っこち、たまたま家の前を通りかかった新聞配達のお兄さん悲鳴をあげて小便をちびり、家中の窓ガラスが超振動し、天井からはぱらぱらと土煙が降ってくる。

 声の主は学校から帰ってきた間桐桜。
 衛宮家の玄関先で、靴すら脱がずに声――叫びを上げた。
 その顔は鬼すらも裸足で逃げさすような形相で、髪の毛は怒髪天を突き、こめかみに浮き出た血管からはぴゅーと血が吹き出ている。
 どう見ても見ても怒っている。
 いや、起こっているなどというレベルでは無い、ブチ切れたでもまだ生易しい。この世の怨嗟を全て集めたような怒声を発する今の桜を形容する言葉はただ一つ。
 ――魔王。
 幻獣すらもきゃんきゃんきゃんと鳴いて逃げ出すような、圧倒的な存在感を持った魔王がそこに居た。

「あばっ……あばばば……ぶば、べっ……!」 

 その魔王の傍ら。
 夕食を馳走になるためと目覚めたという士郎の様子を診るため、桜と一緒に帰宅した遠坂凛はうつ伏せに地面に倒れ、両の耳からどす黒い血を垂らしながら口から泡を噴き、意味不明の呻きをあげながらぴくぴくと痙攣している。いや、ぴくぴくなど生易しい。ロデオマシーンのようにびくんびくんと痙攣している。
 痙攣するたびに框で頭を打ち、後頭部からも血が流れ出しているのが痛々しくて素敵にヤバイのだが誰も気がつかない。

「ふーっ! ふーっ! ふーっ……!!!」 

 姉が自分の所為で三途の川に片足を漬けていることなど露知らず、桜は自分を出迎えた二人組み――己がサーヴァントと最愛の人――を射殺すような視線で睨みつけている。鼻腔から噴出される荒い息が高熱を纏った蒸気となって空気を歪ませた。
 桜の視線の先に立っている己がサーヴァント・ライダーは、その首筋に顔を埋めるようにして正面から抱きついている桜の最愛の人・士郎を、愛しげな表情で見つめながら片腕を背中に腕を回し、もう片方の腕で頭を優しく撫でている。

「もぉぉぉういっぺぇぇんいってみなさぁぁい、ライダァァァァ!!!!!」

 凛がさらに素敵なことになる叫びを上げる桜。
 魔術刻印がある限りこれしきの事では死なない凛だが、がごん! と洒落にならない音をあげた頭蓋はとっても素敵。
 衛宮邸に止まらず藤村組の窓ガラスまで粉砕させた桜のその叫びは、宝具と比べても遜色は無い。
 最愛の人が目覚めたとライダーから聞いて帰って来てみればこれだ。
 桜がこれほどまで怒るのにも無理は――無い。きっと無い。うん。

「――――っ!」

 空気を伝導した衝撃波と濃縮された殺意に士郎がびくりと身を震わせ、声にならない悲鳴をあげる。ライダーが頭を撫でていた手で耳を塞いでいてくれなかったら凛と同じようなことになっていただろう。母は強し。
 士郎はそのままライダーに抱きつく力を込めて、ぎゅっと瞑った瞼の目尻に涙を湛えながら蚊細い声で「ままぁ……」小さく呟く。

「あっ……」

 首筋に生暖かい吐息を感じたライダーが艶かしい息を吐いて身を震わす。それを見た桜の殺意が素敵に増し、その殺気に中てられた凛の痙攣が某荒木氏の漫画の効果音の如き勢いになるがやはり誰も気付かない。
 
 その殺気も何のその、頬を僅かに染めたライダーが、されど真剣な表情と毅然とした態度で桜に言い放つ。

「サクラ。士郎が怖がっています、静かにしてください」 

 言い終えると、耳を塞いでいた手を士郎の頭に置き、今度は両腕を使って士郎を抱きしめるライダー。 

 そのライダーの声と態度にさらにカチンときそうになった桜だが、ライダーに抱きつき抱かれながらも本当に怖そうに身を震わせている士郎を見て冷静さを取り戻したのか、幾分か柔らかに――それでもまだ鬼ぐらい――なった声でライダーに怒鳴る。

「ふ、ふざけないのライダー! 帰ってくるなり玄関先で『私が士郎を育てます』ってどういうことなの!? ちゃんと説明しなさいっ……!!!」

 そうなのだ。桜があれほど怒っていた真の理由はそれである。
 レイ・ラインを通じて士郎が目覚めたことを知って帰ってきた桜の眼に飛び込んで来た二人の姿も凄かったが、ライダーが放った一言の方がもっと凄かった。

『サクラ。士郎は私が責任を持って育てますので安心してください』

 である。
 しかもライダーも士郎も幸せそうな顔で抱き合っている。
 桜が爆発して凛が死にかけてもおかしくは――ない。多分。うん。

 桜の言葉を聞いたライダーは毅然としていた表情を慈愛に満ちた聖母の表情に変え、抱きしめていた手で再び士郎の頭の撫でながら静かに語りだす。

「……事の発端は士郎が目覚めた直後のことです――」







「まま…………?」
「は――?」

 予想外の士郎の第一声に思わず緊張の糸が切れたのか、ライダーが間の抜けた声をあげる。
 されど彼女も英霊である。刹那の時もおかず冷静を取り戻し士郎の一言を理解すべく思考を巡らせる。

(まま……ままとは母親の事でしょうか。ママ、Mama、母、Mother……)

 まま。ママ。
 通常日本では幼い子供が母親を呼ぶときに使われる言葉である。パブなどを初めとする酒場の女主人のことを指す事もあるが、このでの使用法はそちらの意味で使ったのでは無いだろう。

(いえ、それよりも)

 わからない。
 何故士郎が私の事を「まま」と呼んだのか。
 リンから聞いた話では士郎の両親は四回の聖杯戦争のときに亡くなった筈だ。

「士郎……? まま、とは一体――――?」

 端整な顔立ち。流麗な眉を僅かに歪めてライダーが士郎に問う。
 もしかしたら士郎は寝起きのショックや魂の移し変え、蘇生などの影響で何かしらの不調を抱えているのかもしれない。
 必然的に声色は静かに、落ち着いたものになった。

 しかしそんなライダーの危惧や問いを無視して、

「まま!」

 士郎は嬉しそうに、満面の笑顔を浮かべてそう言い放った。

「――――っ」

 その士郎の笑顔が聖杯戦争の中では決して見ることのなかった心からの笑顔で、しかも己に向けららていることに気がついてライダーは知らず息を呑み、思考を停止させる。

 緩やかな形で流れる眉。
 歓喜の光を湛えた瞳を包み込むように細められた瞼。
 上の歯が見えるほどに「まま」の発音の形のまま大きく開かれた口。
 顔全体を使って表現された幸せ。歓喜。
 光り輝いくその全てが織り成す士郎の表情は、満面の笑顔という単語しか当てはめる事が許されない。

「――――は」 

 停止したままの思考では難しい事は考えられない。
 だからライダーは想う。
 なんて顔をしているのだろう。と。
 久方ぶりに言葉を交わしたと思えば訳の判らぬ言葉。
 その意味を問いただし、貴方を心配して、体調に不が無いか確認しようとした私に向けて何て顔をするのですか。と。

「まま――!」 

 再びそう言い放つと、士郎はいっそう笑顔を深める。
 無垢な、本当に心からの笑顔。
 その表情には何の汚れも穢れも不安も絶望もない。

「――――っ」 

 もう一度ライダーが息を呑む。
 その息が全身に行き渡る感触を確かに全身に感じながら、ようやく停止していた思考が動き出す。
 しかし考えたのは士郎に不調があるのかとかそういう事では無い。何故士郎が自分の事をままと呼ぶのかという事でも無い。
 ……そうだ。隠してもしょうがない。だから正直に言おう。
 見惚れた。
 見惚れてしまった。
 私はそのときサクラのことやいろいろなことを忘れてその顔に見惚れてしまった。
 だって私が見た彼の最後の表情は悲しみと苦痛と凄惨な決意を浮かべた表情だった。
 ……ずるい。そんな顔をするのはずるいです士郎。

「……士郎、何処かおかしなところはありませんか?」

 動き出した思考は感傷の波で泳いでいたライダーを現実の浜に引き上げる。
 笑顔という事は少なくとも今の士郎が不快では無いということだが、本人さえも気がつかない隠れた不調などがあるかもしれない。

 しかし、静かに問いかけたライダーの危惧はまたも無視されて、

「ままぁっ!」

 士郎はそれまでで一番元気で大きな声でそう叫ぶと、がばっと掛け布団を吹き飛ばし、長期間の眠りからの起き抜けとは思えないような身のこなしでライダーに抱きついた。

「きゃ――――っ」

 突然のことでさすがのライダーも瞬時に状況を理解できず、小さく可愛い悲鳴をあげながら士郎に抱きつかれた勢いで仰向けに畳に倒れこむ。
 それでも士郎に衝撃が伝わらないように上手く勢いを殺し、受身をとるのを忘れないのは流石サーヴァント。

「し、士郎――――!? いったいどうしたのですか――――!」

 三度停止しかけた思考も背をつく衝撃のおかげで停止せずにすんだ。
 自分の両腕を首裏からと脇から差し入れ、首筋に顔を埋めるように抱きついている士郎を見遣り、疑問の色を深く滲ませた声音で士郎に問いかける。
 首筋をくすぐってこそばゆい士郎の髪の毛の所為で少々声が上擦ってしまったのが気恥ずかしかったが、今は気に留めている暇は無い。

 しかししかし、ライダーの問いは三度無視されて、

「……ままぁ」

 士郎は表情とおなじぐらいに幸せな声音でそう呟きながら、まるで己の縄張りを示すためにマーキングをする犬のようにライダーの首筋に鼻先を擦り付ける。

「あっ……!」

 首筋が温かくてこそばゆくてライダーが堪らず吐息を洩らす。

「〜〜〜〜っ!」 

 洩らした吐息が自分でも驚くほど熱く艶やかで、刹那の時を置かずしてライダーは羞恥に頬を仄かに朱に染める。
 ぐちゃぐちゃになりそうな思考を落ち着かせようと頭を振ってみるが、あまり効果はなかった。
 頭を振ったときに視界に士郎が収まってしまったのだ。
 士郎は抱きついたときの力をまったく緩めることなくライダーに抱きつき、幸せそうな笑顔をそのままに身を捩るようにしてライダーの首筋に鼻先をこすり付けている。
 しかも今の二人の体制は士郎がライダーを押し倒した形になっている。ライダーの胸は圧し掛かるように密着した士郎の胸板に押しつぶされ、衝撃で投げ出されて開かれたライダーの両足の間に士郎の左足が置かれていた。
 ライダーの両手は士郎を受け止めるために士郎の両肩に添えられている。見ようによってはライダーが士郎に襲われえいるよう――ライダーが士郎を誘っているように見えない事も無い。

「士郎――――っ!」

 そのことに思い当たって更に頬の朱色を濃くしたライダーが大きな声で士郎に呼びかける。
 取り敢えず士郎に離れて貰わなければ事態は進展しない。それにこのままではそういう気はまったく無いがいろいろと危ないし拙い。何が危なくて拙いかは良くわかっているが口には出せない。主に己がマスターのために。

「……ふぇ?」

 大声に驚いたのか、士郎を僅かにあげて瞳に疑問の色を湛えて上目遣いにライダーの顔を見遣る。
 その表情も無垢。何がいけないのか、何故そんなに大声を出しているのかまったく判らない。判っていないという様子だった。
 否。今の士郎には本当に理解できなかった。

「――――あ」

 その士郎の表情を見て、ライダーの脳裏を何かが過ぎった。
 何故士郎がこのような様子なのかを解明できる理由を何処かで聞いた気がする。
 確かあれは――――

「……まさか」 

 茫洋とした声音でライダーが呟く。
 士郎は相変わらず何が何の蚊判らないといった様子で上目遣いにライダーの顔を見つめるばかりだ。
 ライダーの脳裏で記憶の片隅にしまわれていた凛の言葉が蘇える。

『本当に稀な事だけれど、素体に魂を移された人間は目を覚ましてから暫くの間幼児帰りに似た症状を表すことがあるらしいの。原因を説明すると小難しい話になるから省略するけれど、もしそうなった場合刷り込みの要領で初めに見た人間を母親として認識しちゃうっていうふざけた事になっちゃうから気をつけること』

 ライダーが士郎の眼を見つめる。
 士郎は目が合った事が嬉しいのか、にこやかな表情を返す。
 見つめた眼に湛えられていたのは、やはり無垢な色。

『ま、それも精々二、三日。……個人差はあるけれど長くても一週間で元に戻るから心配しなくていいと言えば心配しなくてもいいんだけどね。でも万が一って事もあるから士郎が目覚めるときは桜が一番初めに会うこと』

 そう言ってリンは何言ってるんですか姉さん、とわたわた慌てるサクラを意地悪い悪戯な笑顔で見つめてからかっていた。
 そのときは何時ものリンの癖が出たのだろうと思っていたが、どうやら本当にその稀な事態にめぐり合ってしまったらしい。
 目の前に居る士郎は自分の事を「まま」と呼んだ。
 つまり程度は判らないが、少なくとも二日。長くて一週間士郎は私の事を母親として認識して接してくるという事だ。

「……なんということでしょうか」

 士郎の眼を見て確信したライダーは大きな溜息を吐いた。
 いったい私はどうすればいい。
 私は母親として士郎に接しなければならないのだろうか。
 今の士郎は本当に幼子と変わりは無いだろう。一人で飯を食うことも排泄することも風呂に入る事も出来無いだろう。事あるごとに自分を「まま」と呼び助けを求め親愛の心で以って接してくる。間違いない。
 そうなれば必然的に――サクラやリンが助力してくれるだろうが――士郎の母親として士郎の世話をしなければならない。

「で、出来るはずがありません!」

 士郎と一緒に風呂に入る己の姿を想像してライダーは戦慄した。
 
 出来ない。
 無理だ。
 不可能だ。
 さまざまな否定の言葉が駆け巡る。
 そもそもそのような繊細な作業は私に向いていないし、精神は幼子と変わらないとはいえ肉体は青年のそのままなのだ。
 そんな恥ずかしいことが出来る筈が無い。
 士郎の事はサクラと同等に……比べることなど失礼だと思えるほどに信頼しているし、大切に思っている。

「……ですがですが!」

 真っ赤になった顔を士郎から隠すように、想像を振り払うようにライダーは困惑の表情で頭を振る。
 それを見た士郎が、面白いのかきゃっと嬉しそうな声をあげるがライダーの耳には届かない。

(……この私が、メドゥーサである私が士郎の母親。しかも士郎はサクラの最愛の人ではないですか! 出来ません、出来る筈がありません!)

 士郎にあーんさせて飯を食べさせている自分や士郎の排泄の世話をしている自分の姿を想像しながらライダーは出口の無い思考の迷路に迷い込んで懊悩する。

「……おなかすいた」

 頭を抱えるライダーに向けていた視線を下げて士郎が小さく呟くが、ライダーには勿論聞こえるはずも無い。

(そもそもこうなったのは士郎がもうすぐ目覚めるというのに呑気に学校になど通っているリンやサクラの所為です。そうです! いえそうに違いありません!)

 無論ライダーが考えるように凛や桜に責任など無く、ただ単に運が悪い――良かっただけなのだが、そんな事にも気がつかないほどライダーは混乱していた。
 想像の中でライダーは士郎のオムツを取り替えている。
 だが、混乱の極みに到達しかけたライダーの思考は、士郎の或る意味ライダーにとっては死刑宣告にも近いような台詞によって無理矢理迷路の壁を飛び越えさせられた。

「まま、おっぱい」
「――――っ!?」

 おっぱい。
 胸。
 乳房。
 主に女性のそれを指す言葉。

 しかしこの場合は――――

「おっぱい」

 士郎の意図を察したライダーの背筋をバーサーカーとタイマンで対峙してもこれほどのモノは感じないだろうという程鋭く冷たい悪寒が駆け抜ける。

「――――し、士郎っ!!!」

 絶望すら滲ませるライダーの絶叫を意に介さず、士郎は食欲を満たさんと行動を開始する。
 抱きついてた体をそのまま滑らせるようにして下方にずらし、顔がライダーの胸の部分。士郎が動いて圧力が消え、ぷるんと震えるたわわな双丘の谷間で停止する。
 そしてそのままライダーに抵抗する暇も与えないという神速の神業――魔術で腕を強化したわけではない、欲望と漢と書いて男。萌え滾る(誤字に非ず)浪漫の成せる業だ――で黒のセーターを胸の上まで捲し上げる。 

「……あ、あぁ……」 

 それを見たライダーがぷるぷると震えながらか口をあぅあぅと動かしてか細い呻きを洩らす。
 羞恥に深い紅に染まった顔。
 目尻には薄っすらと涙が湛えられている。
 もはやそこに居るのは英霊でもゴルゴンの妖女でも支配する女でも何でも無い、痴漢に襲われてもも恐怖に抵抗することの出来ない女子高生然としたメドゥーサという一人の女の子だった。

「……おっぱい」

 士郎の手がライダーの豊かな胸……おっぱいを御するブラジャー――般若の形相をする凛に取り寄せてもらった特別製のフルカップ。美しい長髪のそれと同じ穏やかなラベンダー色。リバーレースが上品でライダーに良く似合っている――に手を掛ける。

「……っ?」

 そしてそのまま下方に引っ張ってずらそうとするのだが、ストラップとホックの所為でびくともしない。凛ならば上に引っ張ればすぽーんと往けただろうが理由は秘密だ。数センチ引っ張ったところでワイヤーの力で指から離されて引き戻されてしまう。

 ほよよよん

 その反動で上下にゆさっゆさっと大きく揺れるライダーのおっぱい。
 大した衝撃では無かったのだがここまでぷるんぷるんするのは感動的というか奇跡に近いものがあるのだが、生憎士郎にあるのは食欲のみなので何の感慨すら沸いてこない。

「……?」  

 士郎はただ疑念の表情を浮かべ、数秒の間ブラジャーを睨みつけるようにして見つめ、次にライダーの顔とブラジャーを交互に見遣る。
 これは自分では無理だったのでライダーに外して欲しいという意思表示なのだが、完熟トマトみたいになってあぅあぅ言っているライダーは気付く由も無い。

「……っ?」 

 ライダーが反応してくれないので自分でもう一度チャレンジするが結果は同じ。再びほよよよんゆさゆさするだけでブラジャーは数ミリ程度しかずれてくれない。
 士郎は口を尖らせ三度ブラジャーに手を掛ける。

「……っ! ……っ!」

 幼子というものは自分の思い通りに事が運ばないと不機嫌になるものである。士郎も眉間に皺を寄せ、躍起になってブラジャーをずらそうとするのだが無論ホックの外し方や存在すら知る由も無く。何度やってもブラジャーがずれる気配は無い。
 ただブラジャーが士郎に引っ張られ指から離れ戻ってきておっぱいがゆさゆさぷるんぷるんする度にライダーが「ふぁ」とか「あぁ」とか「あっ」という熱い吐息を洩らすだけである。

「うー……」

 そんな不思議なやり取りが続くこと数十回。
 士郎の表情は不機嫌に悲しみが上塗りされたようなものになっている。 
 眉根は顰められて眉間に皺が寄り、目尻に涙が堪っていて、今にも怒り出しそうでいて泣き出しそうという微妙な状態である。

「はぁ……、はぁ……」 

 一方のライダーは完熟トマトに赤ペンキが上塗りされたような色の顔で荒い息を吐いていた。羞恥と混乱も凄かったが、羽毛で鼻先を擽られるような微弱で快感ともいえないような快感を胸に与えられ続けてすっかり出来上がってしまっていた。無論ライダーの性感帯はおっぱいだ。

 ちなみにライダーは何度も制止を試みたのだが、その度に降りしきる雨の中を彷徨う捨てられた子犬のような目で士郎に見つめられ、全て失敗に終わっている。無論ライダーは動物好きなだ。

「うぅー……」

 士郎がまたもやブラジャーに手をかける。
 最初に比べればずれたといえばすれているのだが、下方に引っ張るばかりなのでストラップとホックが或る限りどうしようもない。

「あ」 

 しかしまたもやほよよよんかと思われたそのとき、士郎の顔がぱぁと輝いた。漫画なら頭の上に電球が浮かんでいたかもしれない。
 そう。このままでは埒が明かないことにようやっとこさ気が付いたの……では無かった。
 幼子の思考とは至極単純なものである。士郎はブラジャーをがしっと握り締めると、すぅと大きく息を吸い込み丹田に力を込めて、

「たーっ!」

 裂帛の気合と共に、ブラジャーをずらすのではなく自分の方に引っ張りあげた。
 士郎の全力に耐えられ筈も無い。ぶちんという音と共にホックが破壊されて豪快にブラジャーが剥ぎ取られる。


 ぷるんっ! ぷるるんっ!


 世の漢どもを惑わせて魅了し続けるそれは、永劫の戒めから解き放たれた極罪人の如き歓喜の産声を上げて、その身を縦横無尽に震わせた。

 ライダーのおっぱいはブラジャーに引っ張られる形になってひき伸び、ホックの破壊による拘束具の解除と共に主の身体へと帰っていく。
 その衝撃の強さたるや今までの比ではない。
 神代の柔らかさと弾力を持ったライダーのおっぱいは時には円を書く様に、時には多角形を描くように暴れまわる。ほよよよんでは無い、ぽよよよんでも無い、ぷるるるんやぶるるるんという音が聞こえて来そうである。

「ひゃ――っ!」

 突如に理不尽な衝撃と外気に曝された己がおっぱいの違和感と快感にライダーが小さい悲鳴をあげる。

「おっぱいーっ」

 士郎が喜々とした表情と顔でおっぱいを押さえつける。
 漸く空腹が満たされるときが来たのだ。
 
 まま、ぼくすごくおなかすきまちた。だからたくさんおっぱいのみまちゅ。

 そんな声が聞こえてきそうな勢いで士郎は――幾たびもの弄られるような扱いでぴんと張った――ライダーの乳首を口に含まんと顔を近づける。

「……はぁ、ぁ――――」 

 その光景を茫洋とした頭と視界に捉えながらライダーは考える。
 
 子犬のような目に今までは我慢してきたけれど今回のは流石に無理だ。
 絶対に無理だ。
 母乳など出る訳が無い――――と言うかそういう問題ではありません!
 このままでは人として、堕ちたとはいえ半神として。何より女として大事なモノを失くしてしまうような気がする。
 それに士郎はサクラの想い人なのだ。こんなことサクラが許す筈が無い――!

 決意は決まった。
 食事なら別のものを藤村組の人たちに用意してもらえばよいのだ。
 ……しかしあーんしなければ…………えぇい! ここまでの恥辱を受けた今、あーん如きが何だと言うのです!!!

 荒い息を瞬時に整える。
 そして今まさに乳首を口に含まんとする士郎に向けて言い放つ。
 しかし。

「……士郎、いい加減に――――」

 ――しなさい!

 と。続くはずの声は、やはり、

「……うぅっ、うぅぅぅ……っ」

 台風の中、暴風雨に打ちのめされて死に瀕した捨てられた子犬のような士郎の表情に遮られた。


「あ――――、あぁ…………」

 ……駄目だ。
 何も言えない。
 そんな顔をされたら何も言えない。
 何も言える筈がない。
 そのような眼で見つめられて普通で居られる筈が無い。
 私はサーヴァントだ。
 私は怪物だ。
 けれどけれど。そのような顔をされてみすみす放っておけるような硬い心など、している筈が無い――!

「士郎……申し訳ない事に母乳は出ませんが、貴方がしたいようにして下さい」

 一の慈愛は十の慈愛を呼び、制御できなくった慈愛はライダーの身体と脳を駆け巡る。
 駆け巡った慈愛はライダーの頭と心の中に綺麗で大きな華が咲き乱れさせる。
 母が子を想う無償の美しい愛。
 己の命さえも投げ打って子を守り護り愛するその精神。

 故にその華の名を母性本能――<あぁ士郎、なんて愛しい>
 
 世の女性全てが持つといわれるそれが、ライダーの中で爆発した。

 

 ライダーの優しい声に安心した士郎が、待ってましたといわんばかりの勢いでライダーの乳首に吸い付いた。固定するために指に力が込められ、士郎の指の間から逃げ出さんとばかりにライダーの乳肉が舞い踊る。

「ん……んっ、ん――――」 

 頬を膨らまし、幸せな表情で士郎は舌を波打たせ、しごくようにライダーの乳首を吸う。所謂ぜん動様運動といわれる本能にしたがった哺乳方法である。
 しかし元より母乳など出るはずも無い。
 士郎は中々出てこない母乳に苛立ち、促すようにライダーの乳首を舌先でつついて、転がして、弾いて。唇も使ってこれでもかとばかりに強く吸い上げる。

「ふぁ――っ! ……い、いけません……し、士郎。もう、少し……優しく、優しく……」

 ライダーが甲高い悲鳴をあげ、懇願するように、諭すように士郎に語りかけるが、士郎は聞いてはくれない。
 中々出てこない母乳に――先ほど出ないといわれたが理解できるはずもなく――苛立ち、食欲の赴くまま更に強く乳首を吸い上げる。

「あっ! あぁっ! はぁっ……!」 

 リズミカルに吐き出されるライダーの熱い喘ぎ。
 士郎が吸い、ライダーが喘ぎをあげるたびに自慢の長髪と乳は揺れ、それを抑えるために士郎が指に力を篭めてライダーに更なる性感を促す。
 

「んっ、ん、んん――!」 

 もとより母乳など出ないそれは、授乳のはずのそれは傍から見れば前戯の一行為にしか見えない。
 衛宮家が無人なうえ、旅館のように広大な屋敷であるので誰にも気付かれないのことだけが僥倖だった。

「はっ、あぁっ! ……しろっ、まだ、充足、しらい、の、れす、か――っ」  

 呪いはしない。己が胸、特に先端が特に感じてしまう部分だということを。
 恥はしない。それを吸われただけでろれつがまわらなくなってしまった自分を。
 士郎の好きにさせると言ったのだ。
 なら自分は耐えなくてはならない。
 ……ただ何時までもこの状況が続くのは拙い。
 ジーンズの中、ブラジャーと同じ色とレースに飾られた下着は自分でも判るほどに確かに湿り気を帯びている。

「んんーっ、ん、ん……」 

 懇願の色合いが深まった声も士郎に届かない。
 元来頑なな性格なのか、母乳が出るまで吸い続けてやる。と言った勢いと様相のまま舌を波打たせて一心不乱にライダーの快感を高める哺乳行動を繰り返す。右の胸が駄目なら左の胸。決して諦めはしない。

「んっ……んぁっ! あぁ……!」

 いきなり別方の胸に攻撃目標を変えられたライダーが堪らず一際高い声をあげる。
 痛いほどに張り詰めていたそちらの乳首は、吸い続けられ麻痺してきた逆側とは違い過敏なほどに敏感になっている。

 心臓に直接叩き込まれる快感に、ライダーは己の中で母性のそれとは別の或る想いが膨れ上がるのを感じていた。
 今まで吸われていた乳首とその周辺は士郎の唾液でてらてらと光り、己の汗と士郎の汗とが交じり合った匂いを嗅ぐたびに、堰を切りそうになるその想いは、既に限界。
 あとほんの僅かでも新たな力を加えられれば、堰を切り堤防を結界させてしまうだろう。

(……それ、だけは)

 いけない。
 サクラの為にも、自分のためにも、士郎のためにも、それだけは駄目だ。
 しかし理性では判っているが、本能がそうにもいかない。
 何時まで耐えられるかわからない。

(……士郎……、はや、く、して、くだ……さい、……!)

 畳に爪を立て、必至に耐える。
 貴方の好きにさせるといいましたが、そえれにも限界が――――

「――――!」 

 あった。つい、今まで。
 背中に感じる畳から出たわずかな棘を避けるために身じろいだライダーは、その勢いのまま、士郎の膝に己の秘所を擦りつける形となって――――

「っ!? ……ま、ま……?」

 記憶があやふやになる前、最後に見たのは、赤い頬と濡れた口まわりを隠そうともせずにきょとんとした士郎の、顔。









「――――そこまでしか覚えていませんが、説明としては充分でしょう」

 ですよね、サクラ?
 と視線で訴え、清々しい笑顔を浮かべるライダー。
 十分を軽く超える説明を終えたその顔には、達成感と新たな決意が浮かんでいた。

「せせせ先輩が先輩があかちゃんになっちゃってライダーのちちちち乳乳乳をすすすすぅって吸ってそれでライダーとえええエッチしてエッチしてって何その話信じられないというかセックスなのよコレは夢よ夢なのよ悪夢なのよ桜早く目覚めなさい明日も先輩の朝ご飯作らないといけないいだからあはははははははやははははやぁーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」

 サクラは説明の意味がわからないのか、理解できないのか、理解したくないのか、認めたくないのか、鼻から血を垂らしながら茫然自失といった表情でぶつぶつと呟いている。最後あたりは呟きでなく絶叫に近いものがあったが、口の中に血がたまって上手く喋れなかったので無問題。
 ちなみに隣で倒れ付しながらも睡眠学習的に話を理解した凛だが、再起動を果たす前に桜の呟きを聞き、三○重工のプレスマシーンの如き勢いを増した痙攣の所為で框で頭蓋をかちわって一週間の昏睡の旅に旅立たれた。魔術刻印があるとは言えこの回復スピードは一流の魔術師の証だ。凄いぞ冬木のセカンドオーナー。

「……ままぁ」

 疲れた所為で眠いのか、ぼんやりとする士郎。
 ライダーにもたれかかって時節緩やかな欠伸をあげる。

「おねむなのですね、士郎」

 そんな士郎の様子にライダーが可笑しそうにくすりと笑う。
 世話のかかる子ですね、貴方は。なんて聞こえてきそうだが、主に世話がかかるのはもう一人の士郎だったりする。人形とは凄いものなのですね。と、思わぬ形で一つお利口になったライダーだった。

「夕食まで一眠りしましょう……大丈夫、ずっと隣に居ます」

 聖母の笑みで瞬間ぐずった士郎を落ち着かせ、ひょいとお姫様式に抱き上げる。士郎は疲れているがライダーは元気だった。魔力も他の色々なものも満タンだ。寝顔を肴に何とか何とか。

「ふふっ。……もう寝てしまったのですか」 

 頬に一つ優しく唇を押し付ける。
 さらちと流れた髪の毛が頬にあたり、士郎がくすぐったそうに小さな呻きをあげる。
 ライダーはそれを見て全身が幸福感に包まれるのを感じながら、すたすたと部屋――まだ始末していない士郎の部屋ではなく、結界を張った自分の部屋――に歩いていく。

 


 その顔に咲く花は、母性本能ともう一つ――――



 ちなみに桜と凛が完璧に復活するのは士郎が元に戻ったあとのことであるのだが、やたら仲が良いライダーと士郎を疑問に思って士郎に問い質す度に、ライダーに眼鏡をずらして私の士郎に手を出したら石化さすぞ。と脅されるのは語るべくもない話。



END


 ミルキー

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