藤ねえがドタバタと漫画みたいな足音で我が家に駆け込んで来るのが夕食が始まる合図だったりする。

 今日も今日とて七時きっかりに居間の自分の席に座った藤ねえを確認して、夕食を始めようと手を合わせたそのとき。
 ふと、ある異変に気がついた。

「あれ、ライダーは?」

 時間にはきっちりしてる筈のライダーが居ないのだ。
 何時の間にか俺の隣の席を自分の席にしているライダーを今の今まで忘れていたのは自分でもどうかと思うが、それぐらいライダーが夕食の時間に遅れるのは珍しかった。
 それに何だかんだ言ってライダーは食いしん坊だ。本人に言うと照れ怒るけれど、こっそり「士郎、あの、もう一膳お願いします」と恥ずかしそうにそろそろとお茶碗を手渡してくる姿は見ていて微笑ましい。
 ……っと話はずれたが、とにかくライダーが夕食時に居ないのはおかしかった。

「桜、知らないか?」
「えーと……たぶん自分の部屋に居ると思いますけど」

 桜は顎に人差し指を当てて少し思案した後、はっきりしない口調でそう言った。つまり桜もライダーの居場所に心当たりがないということだ。

「今来た藤ねえが知ってる訳無いしなぁ……」

 ちらりと藤ねえを見遣ると、まだいただきますを言っていないのにもうがっつき始めていた。リスのように両頬を膨らませて、口の周りにはシチューが髭のように付いている。
 視認不可能なスピードで箸を動かすその能力を世のため人のために使って欲しい。是非。
 とにかく、これでは聞いたところで返事すら返ってこないだろう。

「うーん……」
「先輩。私が探して来ましょうか……?」

 考え込んでる俺に、自分のサーヴァントの居場所を把握できていない事が申し訳ないのか桜がおずおずと尋ねてきた。

「いや、俺が探してくるよ。なんだったら桜も先に食べててもいいぞ」

 ライダーにも桜にもいつも世話になっているんだ。
 それくらい俺がやらなくてはバチが当たるってもんだろう。

 
 腰を上げて襖を開けた俺に桜が「すいません。じゃ、先にいただいていますね」と声を掛けてきた。言うまでもなく桜も食いしん坊だ。腹が減ってたんだろう。桜に言うとこれまた照れ怒るけれど。

 ひらひらと桜に手を振って襖を閉め、廊下に出る。
 板張りの廊下をぎしぎしと歩いて取り敢えずライダーの自室に向う。
 ライダーの自室は桜の隣だ。
 桜はライダーに魔術の先生になってもらったりなど何かとライダーと一緒に居ることが多いので近い方が何かと都合が良いらしい。

「そう言えば」

 ライダーが時間に遅れるのも珍しいけれど、ライダーで珍しいと言えば最近もっと珍しいことがあった。

 あれは桜と新都でデートした日の事だ。
 ショッピングモールで服を買ったあと、散歩がてらに駅前の歩いていて何気なく立ち寄ってみたゲーセンのUFOキャッチャーで俺がくまのぬいぐるみを二つ取った。
 一つは桜にプレゼントした。
 そしてもう一つはどうしようって話になったときに、桜が

「ライダーにあげてみたらどうですか?」

 と言ってきたのだ。
 そのとき俺は「そうしようか」と快く承諾したのだけれど、心の中では正直ライダーがぬいぐるみを貰って喜んでくれるとは思っていなかった。
 
 ところが、だ。
 家に帰ってライダーに「はい、これプレゼント」と言ってくまのぬいぐるみを手渡すと、ライダーは一瞬ぽかんとした表情をした後、

「ありがとうございます、士郎。……その、大切にします」

 恥ずかしそうに、はにかむ笑顔でそう言ってぬいぐるみを大事そうに胸に抱きしめたのだ。
 その光景に俺も桜も一瞬唖然としてしまったが(桜は純粋に驚いて、俺は驚き半分ライダーの笑顔に見惚れてた半分だった)、喜んでもらってこっちも嬉しいよと言うと、ライダーはまた嬉しそうに笑ったのだ。
 いつも凛としていて大人な女性っていう印象があって、あまり笑わないライダーが見せた、本当に嬉しそうな、「心からの」っていう感じの笑顔は、もうツチノコなんか足元にも及ばないほど珍しくて貴重だ、と思った。

 それからと言うものの、桜の話ではライダーはあのぬいぐるみをとても大事にしているらしい。眠るとき枕元に置いていると聞いたときは、正直耳を疑ったほどだ。

「っと」

 想い出に耽ってたら何時の間にかライダーの部屋の前に到着してた。

「ん?」 

 中に居るかどうか確認しようと襖を開けようとして、中から何やらごぞごぞと音が聞こえる事に気が付く。

 どうやらライダーは部屋の中に居るみたいだ。

 用事をしていても聞こえるように少し大きめの声で呼びかける。

「おーい、ライダー。飯だぞー!」
「…………し、士郎――っ!? 少々ま、待ってくださ……きゃぁっ!」

 俺の声に吃驚したってことはやっぱり何かしてたのか。
 慌ててたみたいだし、きゃぁなんて可愛い悲鳴を――――って、悲鳴!?

「ライダーっ!」

 聖杯戦争中も今も何一つ泣き言や弱音を吐かないライダーが悲鳴を上げるなんてただ事じゃない。
 少し待ってくれと言われたが構っていられない。
 力任せに強引に襖を開け放って部屋の中に入る――!

「ライダーっ! 大丈夫か!? いったい何があった――!?」
「――――っ!? し、士郎!? い、いけまっ……あ、みなっ、見ないでくださ……!!!」

 突入した部屋の中には、畳にうつ伏せに倒れこんで彼女にしては珍しい大声で何やら意味不明な言葉を叫んでいるライダーが居た。
 状況から見るに、着替えの途中に俺に急に声をかけられた所為で慌ててすっ転んだらしい。
 履き掛けのジーンズが足に引っかかっているのが証拠だ。
 そして今も必死に手を動かしてジーンズをあげようとしている。

 ……しているのだけれど。

「…………くまさん?」

 足に引っかかったジーンズは無理やり引っ張ってもびくともせず。
 その所為で俺の目にあらわになっているライダーの臀部には、素晴らしくかわいらしいくまさんの笑顔が輝いていた。




 くまさんパンツはお好き?





「…………くまさん?」
「……う、うぅ……うぅぅ……」

 怪我が無いかとか叫びの内容も気になるのだが、それのインパクトがあまりのも強いので思わず呟いた。
 かわいらしいくまさんの笑顔が輝くライダーの臀部……っつーかくまさんパンツを履いたライダーは、倒れたときのままの格好――お尻が俺の方から丸見えになっている――で顔を真っ赤にして唸っている。
 よく見遣れば目尻にうっすら涙まで湛えている。
 そんなに転んだのが痛かった……じゃなくて、恥ずかしい、のだろうか。

 ……っつーか。
 そんなことよりも、その格好でその表情は、その、非常に拙いのではないでしょうか。

「――――ぁ」

 イカンイカンイカン!
 何でライダーがくまさんパンツ履いているのか気になるけれど、下着丸出しには代わりないって意識した途端滅茶苦茶顔動揺してきた。

(落ち着け落ち着け落ち着け!)

 落ち着くんだ衛宮士郎。
 俺は何を考えてる。いったい何を考えた今。
 そんな考えは捨てろ。殺せ。
 ライダーは転んだんだ。だったら起してあげるのが今の俺が成すべき行動だろう……!

「ライダー……? 大丈夫か?」

 声がすこし上擦っているのは気のせいだ。
 なるべくライダーの方――とくにお尻を見ないようにして近付きながら問いかける。

「怪我、無いか……?」

 そのままゆっくり近づいてライダーの隣に膝をつく。
 そしてそっぽを向いていた顔を、ライダーのしっかりセーターが着られている上半身と真っ赤な顔に固定する。

「ちょっとごめんな」

 肩と腰に手を回して、うつ伏せになっていた体をゆっくり抱き起こす。
 
 見たところ何処にも怪我は無いみたいだ。
 けれどライダーの顔は相変わらず真っ赤なままで、目尻には涙がたまっていて目は潤んでいる。
 頬は心なしか頬は上気しているようだった。

「…………し、ろう」 

 丁度顔と顔が向かい合う形になって、目線が合うと同時に熱い声でライダーが俺の名前を呼ぶ。
 顔と顔が近くて、唇の動きが凄く艶やかに見えて……ってこれはまたなんだか拙いですよ。

「な、何だ?」

 恥ずかしさ誤魔化すために大きめの声で尋ねる。
 声が上擦ってしまうのはもうしょうがない。
 たぶん俺の顔も真っ赤になってる。心臓もばかになってるし。
 何とか大事な部分の暴走だけは耐えているけれど時間の問題だろう。

 ライダーは顔を俯けておずおずといった風に口を開く。

「…………い」
「え?」

 ライダーの声は小さすぎてよく聞き取れない。
 少し顔を近づけて「すまん。もう一回言ってくれ」と頼む。

「……には……さい」
「え、え?」

 ライダーはもう一度呟いてくれたが、やはり声が小さくてよく聞こえない。

「ライダー、もう少し大きな声で頼む」

 耳をライダーの口に近づけて……吐息がかかるが我慢して、ライダーが言い直すのを待つ。

 ライダーは俺のお願いに小さく頷いて首肯の意を示すと、暫くの沈黙の後、息をすぅっと吸い込んで、

「皆には、内緒にして下さい……」

 と呟いた。

「へ――?」

 その台詞が予想外だったので思わず間抜けな声をあげてしまった。

「………………」 

 一拍置いて少し落ち着いたところで台詞の意味を理解していく。
 
 皆には内緒にして下さい。
 
 皆……皆とはここに居ない桜や藤ねえや遠坂たちの事だろうか。
 というかそれしかないよなぁ。
 ライダーのバイト先の人たちも含めるんだろうか? この場合。
 いや、幾ら何でも其処まで……うん。皆とは恐らく衛宮家に集まる人間たちのことだろう。
 
 少し疑問が残るがまぁ何とはなしに理解。
 
 しかし。
 問題は内緒。
 ……内緒とはいったいどういうことだろうか?
 いや、内緒という言葉の意味はわかるんだけど、この場合の内緒とはどういうことだろう?

 皆に内緒にしてください。

 皆に何かを秘密にして欲しい。という意味だろう。
 それは分かる。
 ただ何を秘密にすればいいのかが分からない。

「ライダー、その、内緒って?」

 俺の問いにライダーは小さく「……今の事です」と呟いて返答した。
 今の事とは俺がこの部屋に入って来てからのことだから……

「……今の事って、転んだこと?」

 これだろうか?
 小さく呟いた後、また俯いてしまったライダーに問いかけるが、ライダーは顔を上げずにふるふると首を横に振るだけだ。
 否定。
 転んだことを内緒にして欲しいのではないらしい。
 実は案外ドジなところがあるライダーはこういう事が起きると皆には内緒にしたがるのだが違ったみたいだ。

 ……で、転んだことでは無いとするとやはりあれだろうか。
 いや、あれだろうかって言うか、実は今の事って言われた時点で何となくは分かっていたんだけど……その、やっぱり恥ずかしいじゃないか。

(落ち着け落ち着け) 

 一度小さく深呼吸をして心を落ち着ける。
 声に出さずとももう答えは出ているも同然なんだが、この流れだと確認しない訳にはいかない。
 俺の腕の中で恥ずかしそうに俯いているライダーに向ってなるべく静かに問いかける。

「……くまさんパンツのこと?」
「――――――――っ! …………は、はい」

 首まで真っ赤にしてライダーは肯定の旨を話す。

 ……あー。
 その、これはなんと言うか。
 可愛いというか、困るというか。
 非常に恥ずかしいというか……ってそりゃあ恥ずかしいわな。
 俺も恥ずかしいもん。

「分かった。……その、皆には絶対言わないよ」
「……ありがとう……ございます」 

 言い終わると、ライダーは俺からは完全に表情を窺えなくなるほど深く俯いてしまった。

 それを見てふぅ、と安堵の息を一つ。
 同時に疑問が一つ。
 
 ……確かに俺も恥ずかしいと思う。
 不可抗力とはいえ俺に下着を見られてしまったんだ。
 それに俺はその事を約束した以上絶対に皆には言わない。
 
 けれど、

「ライダー……? その、何でまたくまさんパンツなんだ?」

 その理由がイマイチ分からない。
 いや、似合ってないなどとは断じて思っていないし、人の趣味に口を出すのはどうかとは思うのだけれど、やはり俺の中にはライダー=大人の女性みたいなイメージがあるのでどうにも気になるのだ。

 腕の中に居たライダーを支えて立たせながら問う。
 するとライダーは何故か真っ赤な顔に悲しみの色を滲ませて、

「……やはり、私のような女には似合いませんよね」

 と言った。

「な――――! ち、違う! そういう事じゃなくて、その、俺は似合ってるし可愛いと思う! ……ただ、その、普段のライダーのイメージからは想像でき無いなと思っただけで、に、似合ってないなんてこれっぽっちも思ってない!」

 ライダーの顔と声があまりにも悲しそうだったので慌てて弁解を叫ぶ。
 本当に慌てた所為で自分でも何を言っているのかよくわからなかったし、どさくさで凄いことも言ってしまった気がするが言いたいことは全部言えた筈だ。多分。

「――――――――」

 ライダーは悲しい表情を唖然とした表情に変えて俺を見つめている。
 信じられないものを見た。って感じだ。
 珍獣を見るような目って言った方がいいかもしれない。

「………………」

 そのまま暫く沈黙が続く。
 ……やっぱり何か変なことを言ってしまったのだろうか。

 一分間ほど俺が人知れず不安な気分に陥っていると、気が立ち直ったのか漸くライダーが口を開いた。

「士郎。……士郎はこの下着が私に本当に似合っていると……?」

 くまさんパンツを触りながら……って言うか実物を見せないでも理解るからジーンズをあげて欲しい
 精神衛生的に非常によろしくない。

 目線がそこに向わないように顔を少しずらして返答する。

「あ、ああ。……他の人はどう言うか分からないけど、少なくとも俺は凄く似合ってると思う」
「―――――あ……ありがとう、ございます」

 俺の返答を聞いたライダーは、一瞬また驚くような素振りをしたが、俺の方を向いて喜々の色が孕まれた声でそう言った。
 ちらりと顔を見遣ると、悲しい色はどこへやら。
 あの時見せたようなはにかむような笑顔を浮かべている。
 
 ……うん。それは反則じゃないかな。

「そ、それでさ! さっきの質問なんだけど……」

 嬉しいやら困るやらで気持ちで赤くなる頬をぽりぽりと掻きながら言う。
 たいして痒くないんだけど何かしてないと落ち着かないのだ。

 ライダーは俺の言葉を聞くとなにやら顎に手を当てて考え込みはじめた。 小さな声で「言うべきでしょうか……いや、そのようなこと……しかし」などと良く分からないことを呟いている。
 無論その間もくまさんパンツは丸出しだ。
 丸出しなライダーにも責任があると思うが、見ないようにと思いながら結局見てしまっている俺が責任がどうのこうの言えた立場では無かった。

(………………)

 我ながら情けないというか誇らしいというか。はぁ。

 
 そうして二十秒ほど経っただろうか。
 ライダーは考えが纏まったらしく、それまでの赤くなったり驚いていたりした表情をきりりと引き締めて俺の顔を見る。
 それにつられて自然に俺の方も引き締まった。
 これは俺が何とはなしに想像していた理由を大きく上回る重大な理由なのかもしれない。
 僅かな緊張が走る。

「……士郎」

 ライダーの真摯な声での呼びかけに俺は首だけで応える。
 そのまま目で合図して先を促した。

「私がこの下着を穿いている理由はこれです」

 そう言うとライダーはこの部屋に置いてある三つの家具――箪笥、鏡台、ちゃぶ台――のうちの一つである箪笥に近づいて、一番上の引き出しを開ける。
 それから察するに、恐らくあの中にライダーがくまさんパンツを穿いている理由になるモノがあるのだろう。箪笥の中に入っているというのが良く分からないが、雰囲気が真剣だったのでその疑問は無理やり押し殺す。

「――――ごくっ」 

 俺が固唾を呑んで見守る中、ライダーがごそごそと何やら作業をしている。どうやらその理由とやらを示すモノは箱か何かに入れてあるのか、直ぐに取り出せないらしい。

 やがて音が止まり、目的のモノが取り出せたか、見つかったのか、ライダーの顔に僅かな喜びの色が浮かぶ。

 そして、大事そうに両手でそこから取り出したモノは――――


「…………ぬい、ぐるみ……?」

 
 ――――あの日、俺がプレゼントしたくまのぬいぐるみだった。

「あ―――え…………?」

 予想とはまったく違うそのモノの登場にどう対応していいか分からない。
 間抜けな声が洩れる。

「………………」

 ライダーはそんな俺を嬉しそうな顔で見つめながら、やはり大事そうにそのぬいぐるみを胸に抱いている。 
 ……うん。
 その姿も笑顔もあのときと同じで微笑ましいというか、……良い。凄く。
 あと反則。
 
 と。
 そんなこと考えたいけど考えてる場合じゃなかった。
 これが理由とはいったいどういうことだろう?
 確かにくまさん繋がりではあるし、ライダーはこのぬいぐるみを大事にしてた。
 くまが好きになったった……というか、くまグッズが好きだからくまさんパンツを穿いているということなのだろうか。

「えーと、その、どういうこと?」

 混乱する思考では答えを導き出すことが出来ない。
 ライダーに問いかける。

「……士郎、聞いてください」
「う、うん……」

 問いにお願いで返されてすこし吃驚したが、ここは大人しく従う。
 口を噤んで、パンツに視線がいかないようにしてライダーの言葉を待つ。
 決意したように一つ頷くと、ライダーはゆっくり口を開いた。

「実は――――」











「…………つまり、ライダーは俺から貰ったくまのぬいぐるみのプレゼントが凄く嬉しくて、それを大事にしてるうちにくま自体も好きになってきて、それは何故かって言うと、お、俺を思い出すからで、それでいつも身に付けられる下着にもくまのモノを選らんだ」

 ライダーの説明を要約するとこんな感じだった。
 なまじ内容と理由が俺に関するもので、さらに聞いているのも俺だから、その間の気恥ずかしさと全身を走り回るむず痒いような感覚は半端ではなかったが、幸せそうな表情で語るライダーに「止めて」と言える筈もなかった。それに、

「……けれど、自分みたいな背の高い女にこんな下着が似合う筈が無いので、皆にばれたら恥ずかしくて見っとも無いないで内緒にして欲しかったと」「……はい」 

 説明してるときと同じように、こんなに幸せそうに、嬉しそうに、恥ずかしそうなライダーを見ていると何だかこちらまで幸せになってくる。止めるなんて馬鹿なこと出来る筈がない。
 それに、普通に二百円でとったぬいぐるみでそんなに喜んでもらえたことも、俺の事をそんなに想っていてくれていることも凄く嬉しかった。

「そうか……あー、ありがとう、嬉しいよ」
「はい。私も」

 今度は満面の笑顔頷くでライダー。
 やはりその笑顔は凄く良くて、見ているだけで俺さえも幸せにする。
 
 するの、
 だけれど――――

「……反則だ、そんなの」

 そんな格好のライダーに、
 そんな事言われて、
 そんな顔されて、
 普通で居られるほど、
 俺は我慢強い人間じゃ、ない――――









「士郎遅いねー」

 二回目のおかわりをよそって茶碗を手渡すと、藤村先生が思い出したようにそう言った。
 この人のことだ。実際今まで忘れていたのだろう。
 ライダーが居ないことも、ライダーを探しに行った先輩が随分経つのに戻って来ていないことも。

「そうですね。遅いですね」

 何でも無いように微笑しながらそう返す。
 藤村先生は不思議に鋭い人だけど気付かれないだろう。

「……私、ちょっと見てきますね」
「んー、行ってらっしゃーい」









 いまだ惚としているライダーの体を抱きしめる。 

「士郎――っ!? いきなり何を―――――!?」

 脇下から手を入れて腰と首の後ろあたりに手を回して力強く抱きしめる。
 ライダーの体は想像していたよりもずっと華奢で頼りない。
 しかし同時に、まったく無駄の無い引き締まった体躯は、彼女が恐るべき身体能力を持った体術の使い手であることを用意に理解させる。
 
 けれど、
 
 その体は、紛れもなく女の子の体で。

 ライダーを抱きしめている部分が、ライダーに触れている部分が。
 凄く、柔らかくて、温かい。
 
 綺麗な首筋も、唇も、衝撃で波打ち、良い匂いを撒き散らす長髪も。
 
 ――その全てが魅惑的で魅力的。
 
「うぁ……」 

 頭がくらくらする。
 
 興奮しているのか、感動しているのか。
 それとも両方なのか。 
 柔らかさや弾力や匂いや綺麗さや。
 説明を聞き終えたときに、純粋にただ、彼女を可愛いと想った気持ちや。
 
 そんな全てが。

 体の中を巡り、熱を持ち、やがて俺の脳を侵略する。

 犯される思考理性。
 刺激される本能欲望。
 
 だから、
 きっと、

「し、士郎……っ! い、いけません。こんな、こ――――!?」

 抗議の声を上げるライダーの唇を、
 俺の唇で強引に塞いだのも、
 この熱の所為――――









 ライダーの部屋が見える廊下の角で立ち止まる。

「……先輩の、声?」

 確かに聞こえた。
 ということは二人ともライダーの部屋に居るのだろうか。

 気配と足音を殺して、そっと近づく。









 士郎の唇が、抗議をあげようとした私の唇を塞いできた。
 その士郎に抱きしめられて身動きが――私はその気になれば抜け出せるのにそうしないのは、きっと――取れない私の唇に、士郎の唇が触れている。
 いや、触れていると表現するには些か強引で、荒々しい。
 これは、奪う。
 そうだ、私は士郎に唇を奪われている。

「…………ぁ」

 感触を感じる余裕さえも与えず士郎の唇が離れる。
 
 それでも確かに分かることが一つだけ。
 士郎の唇は、とても温かい。

「……し、ろう」

 その温もりが恋しかったのか。

 何時の間にか潤んだ目で、士郎を見つめながら洩れた声は自分でも驚くほど煽情的で。
 
 これではまるで、私からもっとして欲しいと言っているようだった。

「ん……」

 抱きしめる力が強くなる。
 士郎の体は想像よりずっと逞しくて、大きくて、頼もしい。
 しかし同時に、まだ幼さの残る顔や、私より少しばかり低い背は、彼がまだ年端もいかない少年であることを私に嫌というほど理解させる。

 けれど、

 その体は、紛れも無く男の人の体で。

 士郎に抱きしめられている部分が、士郎に触れられている部分が。
 凄く、頼もしくて、温かい。

 首の後ろと腰に回された手も、私の胸を押しつぶす広い胸板も、目前にある赤い髪の毛も。

 その全てが、私を痺れさせる。

「……あぁ」
 
 頭がくらくらする。

 興奮しているのか、感動しているのか。
 それとも両方なのか。 
 逞しさや頼もしさや温かさや。
 説明を言い終えたときに改めて確認した、彼を愛しいと想った気持ちや。

 そんな全てが。

 体の中を巡り、熱を持ち、やがて脳を侵略する。
 
 犯される思考理性。
 刺激される本能欲望。

 だから、
 きっと、

「…………ん、む――――」

 私から、
 士郎にもう一度唇を重ねたのは、
 この、熱の所為―――― 









 襖の隙間から垣間見た光景は。
 私の想像の域を超えていた。
 
 ――と言えば嘘になる。 









 大切なあの娘の笑顔が蕩ける頭の片隅を過ぎって、消えた。









 護るべきあの主人の笑顔が蕩ける頭の片隅を過ぎって、消えた。









 気配を殺したまま、足音をたてずにゆっくり後ずさる。
 やがてライダーの部屋が見えなくなることろまで来て、私はその場に蹲った。
 顔から血の気が引いていく。
 歯が噛み合わず、がちがちと音を鳴らす。

 脳裏に先ほどの光景がよみがえった。

 ……いったい、何をしているのだ?

「そんなコト、私が一番よく知ってることじゃない……」

 だって、あのパンツ洗濯してるの私だし。

「くまさんパンツだなんて…………ライダー、恐ろしい娘ッ!」 









「……うっ」 

 絡み合っていた舌がライダーの唇に挟まれる。
 こそばゆいような、決して何回やっても慣れないような奇妙な感覚に思わず吐息を洩らす。
 それが何だか恥ずかしくて、妙に悔しくて。
 顔の角度を変えてより深く舌を差し込んだ。
 舌の裏スジを中心にしながら、舌裏を下から刈り上げるようにライダーの舌を刺激する。

「……ふぁ」

 ライダーの鼻にかかった吐息が僅かに開いた口の隙間から洩れる。
 気持ち、良かったのだろうか。
 それが嬉しくてもっと深く求めようとするのだけれど、俺がそんなことを考えている間に既にライダーが舌を伸ばしてきてて、俺の舌を捉えようと蠢動する。
 俺はその、まさしく魔性の舌から逃げようとするけれど、ぎこちなく動く俺の舌はあっけなく捕まってしまう。

「――ぁ」 

 今度は同じように舌裏をライダーに攻められて、今度は俺が息を洩らす。
 その僅かな瞬間にライダーは俺の口内に自分の舌を深く差し込んでくる。

「ん……んぁ」 

 くちゅりと、水音を立てながら俺の口内で蠢くライダーの舌に何とか応えようとするのだけれど、やはり俺の舌の動きはぎこちなくて勘単にあしらわれてしまう。

 くちゅり。
 と。
 ふぁ。
 と。
 水音と、舌を絡ませあう合間に洩れる吐息の音がにやけに大きく響いて、今更ながら羞恥心が沸き立ってくる。
 誰かに気付かれはしないだろうか。と。

 そんなことを思って閉じていた目を開けると、其処にはライダーの宝石のような透き通る瞳があって。
 それを見て「綺麗だ」と思った瞬間。
 
 全ての不安や懸念が吹き飛んでしまった。








 

「士郎……一つだけ、お願いがあります」
「……何?」
「し、下着を脱ぐ間、恥ずかしいので向こうに向いていてください」









 

「士郎! 向こうを向いていてくれと――――」
「……いや、実はさ、思ったんだけど」









「は、はは、穿いたままするのですか――――!?」
「そう。せっかく似合ってるんだし、可愛いんだから脱ぐなんて勿体ないよ」









「し、士郎……っ! 唯さえ汚れているのに、あまつさえ、かかかかけるとは――――っ!」 
「あー……うぅ、……ごめん」

























 

 結局ライダーちゃんと士郎が二人そろってやって来たのは夕食が始まってから一時間も経ってからだった。
 士郎はなんだか疲れたような顔をして、ライダーちゃんは何だかつやつやした顔をしてる。

「むー。二人とも何処行ってたのよー」
「い、いや……その……なぁ、ライダー?」
「え、ええ。士郎」

 二人の返事は答えになっていない上になんだかしどろもどろだ。
 顔も赤いし、目線は定まらない。
 ……怪しい。
 これは何か隠してるに違いない。

「うー……」

 こんな時間に二人して二人して二人して……

「あー、分かったーッ!!!」
「「――――っ!」」

 間違いない!

「二人で隠れてお歳暮に貰ったマスクメロン食べちゃったんでしょー!」
「………………」
「………………」









「おはよう。くまさんパンツのライダー」
「さ、サクラッ!?」




END


  

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