穂群原学園のアイドルたる遠坂凛と、俺……普通の生徒である衛宮士郎が付き合っていることは勿論他のクラスメイト達には内緒な訳で、学園内で二人きりになれる時間、と言えば今この時間――昼休みしかない。

 俺は学園の屋上――給水塔の裏、校舎からは見えない位置に腰掛け、弁当の準備をして、その遠坂がやって来るを待っている。
 屋上には俺以外の人影はなく。ただ、温かい冬木の冬にしては珍しい冷たい、身を震わせる風が時節吹きぬけるだけ。
 びゅうびゅうという風切り音を聞きながら、今日もまたクラスメイト達からの誘いを断ったり、屋上に向うところを見られないようにと何かと苦労しているだろう彼女の姿を想像して苦笑しながら待つこと数分と数十秒。バタン、という扉の開閉する音がし、続いてこつこつという規則正しい足音が風の音をぬって俺の耳に届いてきた。

「――お待たせ。士郎、ジュース買ってきたわよ」

 足音はまっすぐ俺が腰掛けている給水塔の裏に近づいてきて、それが止まった瞬間、俺の横には両の手に紙パックのジュース――紅茶とミックスフルーツ――を持った遠坂が立っていた。

「あ――あぁ、サンキュ」

 年中慢性金欠の遠坂がジュースを買ってきてくれたことに驚きつつも、どうせ後で代金を返せと言われるのだろうな、と直ぐに思い直して左手に持たれていたミックスフルーツのパックを手に取った。

「あっ――」

 すると何故か、少し驚いたような表情を浮かべる遠坂。

「?」 

 それを不思議に思いつつも、取り合えずちょうど喉が乾いていたところなので、直ぐにストローを取り出して飲み口に刺し、口に含んで中身を一口啜る。
 口の中に広がる、冷たい様々な果実の果汁と、添加物。
 正直冷たいのではなく温かいのが欲しかったのだが、せっかく買ってきてもらったのだ、我慢するしかない――というか、何にせよこういうことは滅多にないから凄く嬉しいので実際温度なんてどうでもいいんだが。 

「――――」 

 と、これまた何故か俺がジュースを啜った瞬間驚き――というか、複雑な表情をつくった遠坂。

「? どうかしたのか、遠坂?」

 それが何故かむしょうに気になって、ストローを口から離し、思い切って尋ねてみる。
 すると遠坂は最初に現れたときのポーズのまま、左手だけを動かし、俺の右手に持たれたミックスジュースのパックを指差した。

「――それ、あたしの」

 指差して、心なしか僅かに震える声でそう言う。

「あ……、そうだったのか。悪い。気がつかなかった」

 さっきの複雑な表情の原因はそれか、と直ぐに納得して、俺は紅茶じゃなくてミックスジュースの方を飲みたがるなんて珍しいな、と思いながらパックを遠坂に差し出し、ストローを口に近づける。

「な――――!? ちょっ、アンタ、いきなり何を……っ!」

 すると遠坂はばっと身体ほと頭を引き、何故か顔を真っ赤にして慌てだした。
 ……はて? 俺は何か変なことをしただろうか?

「……なんだよ、飲まないのならこのまま俺が飲むぞ」
「の、飲まないなんて言ってないでしょ!」

 と、今度はすぐさま距離を縮めてパックをかっさらう遠坂。
 その際小さな声で「……まったく、これだから天然は」などと呟いていたのが気になったが、生憎意味は判らなかった。

「?」 

 俺は何故か真っ赤な顔でかっさらったパックのストローをじっと見つめている遠坂をまたまた不思議に思いつつも、その手から紅茶のパックの方を引き抜き、そのままストローを取り出し、口に含もうとして――――

「あ――――」

 何故遠坂が真っ赤な顔をしているか、その理由に漸く気がついた。

「だ、駄目だ遠坂――っ!」

 ――――間接キス。
 こっ恥ずかし過ぎるその、甘く、なんとも言えない行為を阻止すべく遠坂の手からミックスジュースのパックを取り上げて、その手に紅茶のパックを持たせる。

「その、悪いんだけどやっぱり少し飲んじゃったし、俺がこっちを飲む――――」
「……気にしないわよ」
「――――から、お前はそっちを…………って、え―――?」

 慌ててパックを落しそうになりながらも、早口にそう言い終えようとするのだが、予期せぬ遠坂の言葉に俺の言葉は遮られた。

「はへ―――――――?」 

 ――――そして、思わずぽかん、とした表情を浮かべ、素っ頓狂な声をあげた俺を見て、遠坂は僅かな逡巡を見せ、しかしそれも刹那。
 俺の眼をしっかりと見つめ、最後の方は消え入るような小さい声だったが―――

「だから、別に私は間接キスくらい気にしないって言ってんの! 
 …………その、私達はこ、恋人、同士なんだから」 

 ――――なんて、とんでもない爆弾発言をかましやがった。

「――――――――」 

 思考が停止させられている。
 口をぱくぱく開閉させることしかできない。
 だが、完熟のトマトみたいに顔を真っ赤にして硬直した俺のことなどお構い無しに、俺をこんなにした張本人の遠坂凛その人は、固まった手からミックスジュースのパックを取ると、同じく顔を真っ赤にしながらも、ちゅう、とジュースを一口啜り、

「――――士郎の味がする」

 ――――なんて、爆弾どころか水爆さえどうか、っていうとんでもない言葉を吐きながら、小さく赤い舌を出してペロリ、と唇を舐めやがりました――――




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