穏やかな陽光が振りそそぎ、雀達の斉唱が響く日曜の朝。
 雨戸とガラス戸を開け放した衛宮邸の東側の縁側に布団を広げると、キャスターはふう、と一つ息を吐いて、うっすらと汗が滲んだ額に張り付いた前髪を払った。

「――昨日までの天気が嘘みたいね」 

 払いながら、目を細めて空を眺める。
 そこには昨日冬木を直撃した台風の気配は微塵もなく、ただ、どこまでも青く蒼く、晴れ、澄み渡った空が広がっていた。
 文句の付け所がない快晴。
 布団を干すにはこれ以上無い絶好の日和である。
 そのまま視線を落せば、庭に置かれた物干し台の竿に干され、吊るされして並んだ洗濯物――やたら派手な色のモノやレースが付いたモノが多いのはご愛嬌――が太陽の光をチラチラ反射しながら、気持ちよさそうに風に泳いでいた。

「良い風……」

 キャスターは目を閉じ、その風を胸いっぱいに吸い込んだ。
 すると、清々しい空気が体中を巡り、気分までも快くなった。
 昨日は一日中家に閉じ込められた挙句、凛に仲介して売って貰う魔術薬の調合と作成の締め切りが間近に迫っており、せっかく外に出られないならと、この日を利用して造ろうと思っていた姫路城の模型も造れず、士郎と一緒に過ごすこともできず鬱屈が溜まっていた。その鬱屈さを全部取り除く、とまではいかないが、とにかく快い気分になった。

「――――」

 瞑目し、そのまま暫し柔風に身を任せる。
 靡く髪はよく手入れされているのであろう、まるで絹を流したようにさらさらと、庭に並ぶ洗濯物たちと同じように気持ちよさそうに泳ぐ。
 そうやって和んでいるキャスターの耳に、どこからか竹制の物干し竿を宣伝する声や、年配の主婦たちの会話や小さな子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。
 こんな住宅街の奥にまで聞こえてくるなんで珍しい、と思いながらもキャスターは思わず頬を緩める。それはなんて当たり前で、微笑ましく、幸せなことなんだろうと。




 柱時計が十一時を知らせる鐘を打つ。
 その音を聞いてキャスターは自分がかれこれ三十分もここで佇んでいたことを知って驚いた。驚いたが、殆ど何もしないで時間を過ごしたのに、不思議とその時間を無益で益体のない時間だとは思わなかった。

「もうすぐお昼の時間ね――」 

 そろそろ昼食の支度をしなければと思い立ち、冷蔵庫の中身に何があるか――と考え、キャスターは目上に広がる青空を仰ぎ見て、名案がひらめいたとばかりに目を輝かせた。
 今日は外で食べましょう、と。
 きっとこの空の下で紅葉を始めた木々を眺めながら食べる食事は、家の中で食べるそれよりも遥かに美味しく、味があるに違いない。
 公園の芝生の上にシートを広げ、隣に座る士郎に皿に取り分けた弁当のおかずを渡す自分の姿と、その皿を受け取り、おかずを頬張って、旨いと言って自分に向けて笑みを零す士郎の姿を想像してキャスターはその案を満場一致で可決した。
 そうと決まれば善は急げ。
 一時間か、一時間半か。どれだけ長く見てもそれくらいしか弁当を用意する時間が無い。キャスターは一分一秒も無駄にできるものか、と言わんばかりの速度で身を翻した。



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