――――被告、衛宮士郎(十七)は第一級殺人罪で終身刑とされた。
「な、なんだお前、ひっ、おい、やめろ! やめてくれ……っ!」 「――――トレース・オン」
鉄の匂いがする。澱んだ空気があたりを支配している。 首が無い両腕が無い両足が無い。四肢が無い。四肢が胴体から切断されている。いや、それどころか全身至るところに酷い刀傷があって無事な場所すらない。少し離れた場所にある首、額には円月刀が突き刺さった、ような歪んだ痕がある。あたりにはどす黒い血と灰がかったプルプルが飛び散っている。なんと見事に咲いた脳漿の華。惚れ惚れする所謂猟奇殺人。変死体ってやつが転がっているのは、全身を血まみれにした本人曰く衛宮士郎という男の足元だ。 「――――」 元は強盗犯だった男の亡骸を冷めた目で見下ろしながら、士郎は何事か呟いた。たちまち目前の空間が歪んで、鋭利な刃物の切っ先その刃金を顕現する。凍結解除。刃物は風を切り裂いてついで男の胸部を切り裂いた。 「――――へ」 その様を最後まで見届けて、士郎は口の唇で弧を描いた。何時の間にか顕現させた細身の剣ではみ出た男の内臓を引っかき回しながら、完全に死んでいることを執拗に確認してからついに耐え切れなくなって噴出した。 「はっ、はっ、はっは――――」 くぐもった薄気味悪い笑い声が深夜の路地に響いた。パチパチと明滅する街灯に集まった蛾たちのダンスにあわせて、士郎は曇天の夜空を仰ぎ見ながら笑った。 また一人悪人が死んだ。俺が殺した。正義の味方が悪を殺した。 愉快。なんと愉快。これ以上無い愉悦。脳の髄の奥のどこからかドーパミンやらなんやらモロモロ分泌されて最高にハイだ。 「く、くく――――」 剣を消し、血塗れの右手で顔を抑えながら士郎は呼吸を整える。悪人の血。なのに気にならない。さすがに舐めるような気にはならないが、最高に気分が良い。パンパンに張ったジーパン。今にもイッてしまいそうな興奮の中で、もう一人行くか、と考えて、家に居る一つ年下の愚かな後輩の女のことを思い出した。 「そういや、前に抱いてやったのは一週間前か」 ここニ三日の夕食のメニューを回顧して士郎はまた笑った。本当に、何て馬鹿でやらしくて可愛い女だろう。俺が毎夜毎夜何をやっているのか知っていて知らぬふりをしている。辛くあたっても気を害さない。少し優しくしてやればまるで世界で私が一番幸福です、という顔をし、一発ヤレば宇宙で一番だ。 / 明日の朝のニュースの見出しは指名手配中の強盗犯、惨殺死体で発見!ってなところかな、なんてことを考えながら士郎は夜の住宅街を走っている。勿論脚力を強化して、だ。血まみれたコートは捨てたが、顔や腕に付着した血液を他人に見られるのも後々メンドクサイ。時刻は夜中の真に迫るその頃。月がシャイになった曇天の漆黒の闇の中、百メイトルを六秒で駆ける士郎の姿を注視できる人間などそれこそ魔術師以外居ないだろうが。 「は、は――――」 そして、その魔術師。冬木のセカンドオーナーが猟奇殺人鬼の魔術師の尻尾を掴みかけているとも知らずに、士郎は数十秒ほど走って家に着いた。 「――――っと」 門を開けるのに鍵を取り出すのもも煩わしいと、士郎は強化した足そのまま塀を乗り越えて庭に降り立った。 擦りガラスの引き戸越しに見る衛宮邸の室内は、外のソレに劣らず主の心象を投影してか暗い昏い黒を纏っていた。その中に唯一灯りが灯っている居間では、桜が士郎の帰りを待っている。服の洗濯やらの世話をするさせるために待たされている。首をめぐらし、それを確認した士郎はかけるなといってある鍵が付いた扉を引きあけて、気分はまだ最高。陽気な声で「ただいま」と言って、靴を脱がずにそこで立ち止まった。 「――――っ、おかえりなさい、先輩」 士郎が待つこと数秒。パタパタとあわただしい足音がして、廊下の曲がり角から桜が顔を覗かせた。挨拶をして、たたきに居る士郎の元まで行って立ち止まる。 「今日もお疲れ様でした」 士郎の格好に驚かず何も聞かずそのまま正座して、恭しく頭を下げる。そのとき桜の視線がいまだパンと張った士郎のジーパンにコンマの秒間だけだが止まりかけて、ソレを見ていた士郎が口で小さな弧を描いた。 / 朱に染まった顔を前髪で隠すようにしながら着替えを用意してきますからお風呂に入っちゃってください、と言って立ち上がろうとした桜を士郎はちょっと待ってくれ、と引き止めた。 「一緒に入ろう」 「え――」 桜が突然の言葉に躊躇って、口をぽかんと開ける。そのまま暫く呆然として、目をぱちくりとさせた。一つ二つ三つ。きっかり三拍置いて、頭の中で今の言葉を反芻する。 「え? ああ、あの――っ!」 わたわたと手を振って慌てる桜の頭の頂点から、なにか蒸気のようなものが立ち上った。この色情狂が。アレだけやっておいて今さら一緒に風呂に入るぐらいで何をそんなに照れているのか。心の中でそう毒づきながらも、そういう性格も中々気に入っているから傍に置いているのか、と士郎は苦笑した。おかしい。やっぱり今日は気分が良い。 「うるさい。ほら、行こう」 でも、あの、と忙しなく表情を変えて慌てる桜に構うことなく、士郎はぴしゃりとそう告げると、すくりと立ち上がった。靴を脱いで、手を差し出す。しかし桜はあ、う……と何事かをごにょごにょ呟きながら、胸の前で手を見合わせている。一つ。一拍だけ待って業を煮やした士郎は、正座している桜の肩をとんと押した。そして、桜がよろめいて足を崩したやいなや、膝の裏と脇の下に腕を差し入れてそのままひょいと持ち上げる。所謂お姫様だっこというヤツだ。 「きゃ……」 またも驚く桜だが、向けた抗議の目線をかるくいなされる――案外重いな、お前――と、そのまま静かに士郎の首に腕を回す。ふわりと甘い匂いが士郎を包む。何時ものリンスやボディソープの匂いとは違うそれに士郎は酷く覚えがあった。コイツ、俺が居ない間に一人でやりやがったのか。 「はは――」 まったく面白い。突然くぐもった笑いをあげたのを怪訝に思ったのか、顔を覗き込んできた桜の頬に軽く口付けて、士郎は脱衣場へと歩き出した。 |