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Dinosaurs Will Die,

 

/ ゼロ


 第五回の聖杯戦争が起きて、そして終わっても、別に私の生活に大きな変化は無かった。ううん。無いはずだった。

 兄さんとライダーは死んだ。聖杯は毀された。おじいさまはそのことに酷く腹をたてて、同時に嘆いていたけれど、私は別にそんなことはどうでも良かった。先輩がセイバーさんと一緒に勝ち抜いて、先輩だけ生き残ったから。先輩が死ななかったから。先輩が無事だったから。

 だから、私の生活には大きな変化は無い――――はずなのに。

 朝早く起きて、おじいさまは普通の食事は食べないから――戦争が終わってからは耄碌してしまったのか、ただぼーっとしているだけで、生きているのか死んでいるのかも分からなかったから、ただ時たま大聖杯がどうのこうのワケの分からないことをブツブツと呟くだけだったから、私は綺麗に身支度をして、先輩の家に向う。
 先輩の家に着いたら、土蔵か先輩のお部屋に先輩を起こしに行って、挨拶をしたり少しお話したりしてから、朝ご飯の用意をする。一緒に用意するのも嬉しいけれど、私は一人で用意して先輩を待つほうが好きだ。なんだか、夫婦みたいだから。けれど勿論私と先輩は夫婦なんかじゃないから、私にだけ用意させるのは気が引ける、っていつも先輩が手伝いにきてしまう。一人で用意したいのに、と思う自分と、一緒に用意するのを嬉しいと思う自分。残念なのに嬉しいという妙な気分は、くすぐったい。
 用意が出来ると、居間のテーブルに座って二人か、藤村先生と三人でいつものように手を合わせていただきま――――

 あれ?

「おはようございます。藤村先生。間桐さんも」

 あれ? あれ?

「うん。おはよう、遠坂さん…………って、何で遠坂さんが家に居るのよーぅっ!?」

 どうして?

「ちょ、落ち着け藤ねえ。そんなに強く叩いたらテーブルが壊れる」

 どうして? どうして?

 私の生活は、私の幸せな生活は、私の楽しい生活は、変わらないはずなのに。

 どうして姉さんがここに。居るんですか?
 どうして私の一番幸せな場所に、居るんですか? 
 どうして私が笑顔で入れる場所に、居るんですか?

 ここは、私の場所なのに。ここは、先輩とわたしの場所なのに。わたしだけの場所なのに。遠坂から間桐に遣られて、全部失くしてしまった私が手に入れた唯一の居所なのに。どうして姉さんが居るんですか? 姉さんには何でもあるのに、どうしてこんなところに居るんですか。

「いえ、実は衛宮君が私が一人暮らしということもあっていつも朝は食べていないということで、それなら家に来て一緒に食べればいいと誘ってくれたんです。家はいつも大人数だから、一人くらい増えても大丈夫だって。……はずかしながらその言葉に甘えて――――」

 なに? 何をワケの分からないことを言っているの? もう戦争は終わった。だから先輩と姉さんが協力する必要なんかない。ここに来る必要なんか無いじゃないですか。
 なのにどうして? どうして? どうして? 
 どうしてどうしてどうして――――――――

「――――そういう訳でして、これから暫くは朝食と夕食の時はお世話になります。宜しくお願いしますね、衛宮君。藤村先生。あと、間桐さんも」

 ―――――あぁ、そっか。

 簡単なことじゃないか。姉さんの表情や、化粧の仕方とか、仕草を見れば、すぐに分かるじゃないか。
 好きなんだ。
 この人も、先輩が。

 だから、わたしの大切な大切な大切な居場所に、平気な顔で入って来れる。
 頭のおくでがさがさぎちぎち音がする。
 キモチワルイ。
 本当に。


 / イチ

 

 先輩の家でいつも日向にいた私は、また日陰に逆戻り。

 買い物に出かけたり、遊びにいくとき、中心にはいつもあの人と先輩が居た。本当は、今までは私と先輩が居たそこに、あの人が居る。その光景を見るたびに、思うたびに、心がぎちぎちと痛む。がさがさがさがさと頭のおくでいやな音が鳴る。

 先輩とあの人が二人だけで出かけているとき、私は先輩のお家の用事をすることが多い。洗濯をする。洗濯機なんかじゃ綺麗にならないから、先輩のものは手で丁寧に洗う。洗濯が終わると、シンクに溜めてある食器を洗う。特に先輩の食器は丁寧に洗う。スポンジなんかじゃ綺麗にならないから、自分の舌をつかって、丁寧に、綺麗に洗う。その食器で先輩がご飯を食べるところを想像すると、胸の真ん中あたりと、おなかが暖かくなる。本当はそのまま拭いてしまいたいのだけれど、臭いが残ってしまうと先輩に迷惑がかかってしまうから、水でゆすぐ。食器を洗い終えると、掃除をする。先輩のお家は大きいから大変だけれど、頑張って箒をかけ、掃除機をかけ、窓を拭く。二人で暮らすならもう少し小さい方が良いかな、と私はいつも考える。

 良いでしょう?

 それくらい。考えるくらい。思うくらい。想うくらい。

 ――良いに決まってる。

「ふあ……ぁ……あん」

 誰もいない家の中。先輩の部屋。掃除が終わると、私はそこに足を運ぶ。
 先輩の部屋着を胸に抱きながら、ときには制服に鼻を押し付けながら、ときには先輩の布団の中、ときには枕にまたがって――何でも良い、先輩を感じれたら、何でも良い。先輩の暖かさや臭いが濃く残っているものや場所だったら大丈夫。ときには土蔵にだって篭る。篭って、私は悲しさや寂しさや色んなものを忘れたくて、自慰行為に耽る。これぐらいなら許してもらえるだろうって、良いに決まってる、って。

「ふぅあ……あ、あぁ、あはぁ……ふぅあ……あ、あ、あぁ、あぁん……」

 自分の手じゃなくて、これが先輩の手だったら。そんなことを考えるだけで、指の動きは激しく、直接的になる。
 声が漏れる。頭がぼんやりとする。このときだけは行為が終わったあとにやってくる罪悪感や嫌悪感は、忘却の彼方。先輩の布団の上。うつ伏せになってお尻を突き出して、スカートを捲り上げて、ショーツをずらし、スリットの上部の小さな突起を弄りながら、時々奥に指をやる。

「くふ、ふぅ、ふ、ふあ、あぁ……あ、あぁ……」

 顔を布団に押し付ける。暖かい。後ろからされている自分を想像する。ぴちゃぴちゃと濡れた音が零れる。

「あ、あ、あぁ……こ、こんな、あぅ、ふ……う、あ、あぁ」

 こんなこといけないのに。本当はいけないのに。分かっているのに。

「あ、あは、あ、あぁ……」

 先輩。

「あ、あぁ……せ、せんぱ、あぃ……」

 先輩のことを考えると、とまらない。
 それどころか、指の動きは早くなる。早くしないと先輩と姉さんが帰ってきてしまう。そんなことを言い訳にして、焦ったように、もう、どうしようもならない。
 ぎちぎちとどこからか音が聞こえる。ううん、聞こえない。

「あ、は、あはぁ、あ、あふ、ふあ、あ、あぁ……あふ、ふあ、あ、あ、あぁん、んあ……ああう、う……う、ん、はぁ……あん、あ、あ、あぁ、あぁ――――」

 思考が飛ぶ。意識が真っ白に塗りつぶされる瞬間、

 ――――先輩の笑顔が脳裏を過ぎる。

「あ、ふ、あぁ……っ、あっ、あぁっ、あぁぁぁぁぁっ……」

 震える。先輩の布団の上にぴゅっと液体が飛び散った。

「……せんぱい、ごめん、なさぃ……」 

 布団を汚してしまったことを後悔して。けれど、この布団でいつも先輩が寝て、今日もまた寝るのだろうということを考えると、嬉しくなって。……そのまま私は脱力して、布団のうえにくずれおちた。
 だけど、

 ――――優しい笑顔が頭に焼きついてる。

  それが悲しくて、私は荒い息を整えることもせずに、暫く布団の上で声を殺して泣いた。




「おかえりなさい、先輩。遠坂先輩も」

「あぁ、ただいま。ごめんな、家の用事まかせちゃって」

「良いんです。わたし、好きでやってるんですから。なんだか主婦みたいで楽しいんですよ、けっこう」

 夕方。二人を出迎える私の顔は、何事もなかったかのように笑っている。
 けれど、主婦という言葉を聞いて「え、え、……」と赤くなってる先輩のよこに居る姉さんの顔も、私と同じように――まるで何事もなかったかのように笑っている。

 毎度のことだけれど……それが酷く気に入らなくて、また、頭のおくでぎちぎちがさがさと音が鳴る。
 本当に、キモチワルイ。
 私と姉さんの視線は、決して交わらない。


/ ニ

 春が来た。
 春が終わった。
 春休みは皆で色々なところに出かけた気がするけれど、よく覚えてない。楽しかったような、楽しくなかったような。曖昧模糊な記憶。それが鮮明になるのは、四月になって先輩達が三年生に、私が二年生に進級してからだ。

 夕食後の団欒の折に、クラス替えの話になった。先輩と姉さんは別々のクラスになったらしい。藤村先生も二人のどちらの担任にもならなかったらしく、そのことを先輩はやっと藤ねぇから解放されるなぁ、なんて冗談まじりに笑って、藤村先生は今からでも先輩のクラスの担任にしてもらえるように総務の人に頼んでみるーっ! なんて騒ぎだして、そんな二人を姉さんは苦笑で見守って、その姉さんに私は――内心でほくそ笑んだ。
 だって当たり前だ。
 私の一番幸せな居場所を奪っておいて、土足で踏み込んできて、めちゃめちゃに荒らして、その上学校でまで先輩とずっと一緒に居ようなんてムシの良すぎる傲慢な話なんだ。

 ――そのときの私は、珍しく機嫌が良かったのだろう。

 二人が同じクラスにならなかった。たったそれだけの些細なことが、まるで運命を司る神様が二人の仲を引き裂いた……そんな感じがして、とても気分が良かった。
 だから、だ。
 団欒も終わり。そろそろ順にお風呂を頂こうか――そんなときに、先輩が何気なく発したその一言に、なんの疑問も、不安も、微塵も感じなかったのは。

「一成や後藤君も違うクラスになったんだけどさ、一年ぶりに美綴と同じクラスになってさ――」

 ――毎日弓道場に来いって五月蝿いだろうなぁ。ははは……。

 私は機嫌が良くて、そう――不安どころか、歓びすら感じていたんだ。
 美綴先輩が頑張ってくれれば、先輩が毎日、とはいかなくても、ちらほらと弓道場に顔を出してくれるかもしれない。いつも「部外者なんだからあまり近づいたらダメだろう」って苦笑しながら、けれどしっかりと断る先輩の性格を考えたら、そんなに都合よく事は進まないのだろうけれど、……とにかく、私は、そのとき、

 美綴先輩、美綴綾子という人間が、

 部活やら何やらで世話になり、可愛がっていてくれたから、完全に私の味方――だと、武芸百般でさばさばとした性格の彼女が、男まさりの女傑、ともっぱらの評判の彼女が、姉さんのように先輩にそういった感情を抱くなんて、ありえないと、そう思っていた。

 それがとんでもない思い違いだということに、そのときの私は気が付きようもない。


/ サン

 一学期。特に日記に特筆したりするような出来事は起きなかった。
 姉さんは週に三回ほどのペースで先輩の家にやって来ていたが、どうでもよかった。藤村先生が居る手前、土日に泊まりに来るような事はなかったし、出来なかっただろうし、けれど”家族”の私は毎日お邪魔していたから。姉さんが先輩に約束をつけるより先に何処かに遊びに行ったり、買い物に行ったりする約束をして、一緒に外に出たりもした。どうしても姉さんが着いてきたり、強引に先輩を連れて行ってしまう――酷く憎たらしい事は何度かあったけれど、そういう日は何だか頭がぼんやりとして、あまり記憶に留めていないから。

 先輩と一緒に外に出た事や、家事をした事はとても鮮明に覚えている。
 土蔵に先輩を起こしに行く。夕飯の材料を買いに行く。以前にはさして気に止めていなかった、本当に日常の一部分な出来事が、今まで以上に大切で大事な時間に感じれるようになって、事実その通り素敵な時間を、私はほんの僅かも無駄にしては駄目だと、一分一秒を噛み締めるようにして過ごした。
 たまに先輩と二人きりになると、私はいつもこのまま時間が止まれば良いのにとか、そんな馬鹿げたことを本気で考えたりした。
 月に一センチ近くも伸びていく先輩の背丈。広くなる肩幅に、精悍になっていく顔つき。初めて出会ったときはまだどこか幼さが残っていた先輩が目に見えて成長していく様は、感動とも感嘆ともつかぬ悦びを私に覚えさせた。あの戦争が終わって、先輩は少し性格が変わった。大人になったと、そう思う。どっしりとした落ち着きがある。命を賭した戦いで得たそれにあわせるように、身体も変わっていく。青年から大人の男へと変わっていく先輩の身体に、時折息を呑む。道場での鍛錬終わりや、お風呂上りの姿に見惚れる事も少なくなかった。
 ――私の身体も、もっともっと女らしくなったら良いのに。
 そんな事を悩む。自信が無いわけではないけれど、もっと、もっとと願う。藤村先生や誰かが聞いたら、とても面白い顔をするだろうなぁ、なんて事を考えて、笑いながら、先輩を想って、真剣に。

 一学期も終わりに近づいたとき、部活の世代交代があった。
 夏の大会が終わると、上の大会に進めなかった三年生は引退する。その折、私は弓道部の主将になった。主将になれば色々としなければならない事も、練習も増えてしまって、先輩の家に居る時間が減ってしまうので、どうしても嫌だと私には無理ですと何度も何度も断ったのだけれど――その前に副主将なんてモノになってしまっていたから、最終的には藤村先生に押し切られる形で引き受けてしまった。
 何てふざけた事になったんだろうと思う。どうしてこういう時にキッパリ断れないのだろうと自分を蔑む。いっその事退部してしまおうかと考えて……けれど、先輩の「おめでとう。凄いじゃないか。桜なら腕前もバツグンだし、人望もあるし、心配ないな――」そんな言葉と、本当に私の事を想ってくれての笑顔を見てしまったら、辞めれる筈がなかった。

 ――そうして、美綴綾子は私に主将を任せて弓道部を引退した。

 学園は夏休みに入ろうとしていた。
 既に早々と進路が決まっている一部の三年生にとっては、ただ遊んでいれば良いだけの、本当に楽しくて自由な時間。

 終業式が終わって、夏休みに入る。
 ――運命の歯車が歪に回転する、夏だ。




continues.