Dinosaurs Will Die,
/ ゼロ
第五回の聖杯戦争が起きて、そして終わっても、別に私の生活に大きな変化は無かった。ううん。無いはずだった。 兄さんとライダーは死んだ。聖杯は毀された。おじいさまはそのことに酷く腹をたてて、同時に嘆いていたけれど、私は別にそんなことはどうでも良かった。先輩がセイバーさんと一緒に勝ち抜いて、先輩だけ生き残ったから。先輩が死ななかったから。先輩が無事だったから。 だから、私の生活には大きな変化は無い――――はずなのに。 朝早く起きて、おじいさまは普通の食事は食べないから――戦争が終わってからは耄碌してしまったのか、ただぼーっとしているだけで、生きているのか死んでいるのかも分からなかったから、ただ時たま大聖杯がどうのこうのワケの分からないことをブツブツと呟くだけだったから、私は綺麗に身支度をして、先輩の家に向う。 あれ? 「おはようございます。藤村先生。間桐さんも」 あれ? あれ? 「うん。おはよう、遠坂さん…………って、何で遠坂さんが家に居るのよーぅっ!?」 どうして? 「ちょ、落ち着け藤ねえ。そんなに強く叩いたらテーブルが壊れる」 どうして? どうして? 私の生活は、私の幸せな生活は、私の楽しい生活は、変わらないはずなのに。 どうして姉さんがここに。居るんですか? ここは、私の場所なのに。ここは、先輩とわたしの場所なのに。わたしだけの場所なのに。遠坂から間桐に遣られて、全部失くしてしまった私が手に入れた唯一の居所なのに。どうして姉さんが居るんですか? 姉さんには何でもあるのに、どうしてこんなところに居るんですか。 「いえ、実は衛宮君が私が一人暮らしということもあっていつも朝は食べていないということで、それなら家に来て一緒に食べればいいと誘ってくれたんです。家はいつも大人数だから、一人くらい増えても大丈夫だって。……はずかしながらその言葉に甘えて――――」 なに? 何をワケの分からないことを言っているの? もう戦争は終わった。だから先輩と姉さんが協力する必要なんかない。ここに来る必要なんか無いじゃないですか。 「――――そういう訳でして、これから暫くは朝食と夕食の時はお世話になります。宜しくお願いしますね、衛宮君。藤村先生。あと、間桐さんも」 ―――――あぁ、そっか。 簡単なことじゃないか。姉さんの表情や、化粧の仕方とか、仕草を見れば、すぐに分かるじゃないか。 だから、わたしの大切な大切な大切な居場所に、平気な顔で入って来れる。
先輩の家でいつも日向にいた私は、また日陰に逆戻り。 買い物に出かけたり、遊びにいくとき、中心にはいつもあの人と先輩が居た。本当は、今までは私と先輩が居たそこに、あの人が居る。その光景を見るたびに、思うたびに、心がぎちぎちと痛む。がさがさがさがさと頭のおくでいやな音が鳴る。 先輩とあの人が二人だけで出かけているとき、私は先輩のお家の用事をすることが多い。洗濯をする。洗濯機なんかじゃ綺麗にならないから、先輩のものは手で丁寧に洗う。洗濯が終わると、シンクに溜めてある食器を洗う。特に先輩の食器は丁寧に洗う。スポンジなんかじゃ綺麗にならないから、自分の舌をつかって、丁寧に、綺麗に洗う。その食器で先輩がご飯を食べるところを想像すると、胸の真ん中あたりと、おなかが暖かくなる。本当はそのまま拭いてしまいたいのだけれど、臭いが残ってしまうと先輩に迷惑がかかってしまうから、水でゆすぐ。食器を洗い終えると、掃除をする。先輩のお家は大きいから大変だけれど、頑張って箒をかけ、掃除機をかけ、窓を拭く。二人で暮らすならもう少し小さい方が良いかな、と私はいつも考える。 良いでしょう? それくらい。考えるくらい。思うくらい。想うくらい。 ――良いに決まってる。 「ふあ……ぁ……あん」 誰もいない家の中。先輩の部屋。掃除が終わると、私はそこに足を運ぶ。 「ふぅあ……あ、あぁ、あはぁ……ふぅあ……あ、あ、あぁ、あぁん……」 自分の手じゃなくて、これが先輩の手だったら。そんなことを考えるだけで、指の動きは激しく、直接的になる。 「くふ、ふぅ、ふ、ふあ、あぁ……あ、あぁ……」 顔を布団に押し付ける。暖かい。後ろからされている自分を想像する。ぴちゃぴちゃと濡れた音が零れる。 「あ、あ、あぁ……こ、こんな、あぅ、ふ……う、あ、あぁ」 こんなこといけないのに。本当はいけないのに。分かっているのに。 「あ、あは、あ、あぁ……」 先輩。 「あ、あぁ……せ、せんぱ、あぃ……」 先輩のことを考えると、とまらない。 「あ、は、あはぁ、あ、あふ、ふあ、あ、あぁ……あふ、ふあ、あ、あ、あぁん、んあ……ああう、う……う、ん、はぁ……あん、あ、あ、あぁ、あぁ――――」 思考が飛ぶ。意識が真っ白に塗りつぶされる瞬間、 ――――先輩の笑顔が脳裏を過ぎる。 「あ、ふ、あぁ……っ、あっ、あぁっ、あぁぁぁぁぁっ……」 震える。先輩の布団の上にぴゅっと液体が飛び散った。 「……せんぱい、ごめん、なさぃ……」 布団を汚してしまったことを後悔して。けれど、この布団でいつも先輩が寝て、今日もまた寝るのだろうということを考えると、嬉しくなって。……そのまま私は脱力して、布団のうえにくずれおちた。 ――――優しい笑顔が頭に焼きついてる。 それが悲しくて、私は荒い息を整えることもせずに、暫く布団の上で声を殺して泣いた。
「あぁ、ただいま。ごめんな、家の用事まかせちゃって」 「良いんです。わたし、好きでやってるんですから。なんだか主婦みたいで楽しいんですよ、けっこう」 夕方。二人を出迎える私の顔は、何事もなかったかのように笑っている。 毎度のことだけれど……それが酷く気に入らなくて、また、頭のおくでぎちぎちがさがさと音が鳴る。
春が来た。 夕食後の団欒の折に、クラス替えの話になった。先輩と姉さんは別々のクラスになったらしい。藤村先生も二人のどちらの担任にもならなかったらしく、そのことを先輩はやっと藤ねぇから解放されるなぁ、なんて冗談まじりに笑って、藤村先生は今からでも先輩のクラスの担任にしてもらえるように総務の人に頼んでみるーっ! なんて騒ぎだして、そんな二人を姉さんは苦笑で見守って、その姉さんに私は――内心でほくそ笑んだ。 ――そのときの私は、珍しく機嫌が良かったのだろう。 二人が同じクラスにならなかった。たったそれだけの些細なことが、まるで運命を司る神様が二人の仲を引き裂いた……そんな感じがして、とても気分が良かった。 「一成や後藤君も違うクラスになったんだけどさ、一年ぶりに美綴と同じクラスになってさ――」 ――毎日弓道場に来いって五月蝿いだろうなぁ。ははは……。 私は機嫌が良くて、そう――不安どころか、歓びすら感じていたんだ。 美綴先輩、美綴綾子という人間が、 部活やら何やらで世話になり、可愛がっていてくれたから、完全に私の味方――だと、武芸百般でさばさばとした性格の彼女が、男まさりの女傑、ともっぱらの評判の彼女が、姉さんのように先輩にそういった感情を抱くなんて、ありえないと、そう思っていた。 それがとんでもない思い違いだということに、そのときの私は気が付きようもない。 一学期。特に日記に特筆したりするような出来事は起きなかった。 先輩と一緒に外に出た事や、家事をした事はとても鮮明に覚えている。 一学期も終わりに近づいたとき、部活の世代交代があった。 ――そうして、美綴綾子は私に主将を任せて弓道部を引退した。 学園は夏休みに入ろうとしていた。 終業式が終わって、夏休みに入る。
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