あんたいとるど・ひも5

ミスター・ファッキン・ジャップ






「ワタクシの名前は、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。好きな物は珈琲。嫌いな者は日本。日本人。そして卑怯者。――お手柔らかにお願い申し上げますわ。辺境の学生さん方?」






 言い終えて、そして不機嫌な顔が一転。にこりとこれでもかという笑みを浮かべる……えーと、エーデルフェルト先生。

「――――」

 クラス全員。一人も余すことなく絶句する。

 目が笑っていないのが恐い。ていうかいきなり何を言うんだこの人は……これでも教師なんだろうか。いや、日本語は流暢とはいかずとも上手だったのだけれど、そんなに日本と日本人が嫌いなのなら何故日本に来たのだろうか。

 後藤君が不味そうな顔をしていた理由も分かる。瞭然。おそらく新任の挨拶でも同じような事を言って――それこそ全校生徒を絶句のドン引きさせたのだろう。冷や汗を垂らす偉い先生方たちの顔が浮かぶ。……御疲れ様です。うん。

 ――と。

「……ん?」

 あれ。なんだろう。何かが頭に引っ掛かる。

 ――ワタクシの名前はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。

 ……ルヴィアゼリッタ。ルヴィア……。

 どこかで聞いたような気がするなぁ。いや、完全に初対面だし、とても珍しい名前なのだけれど、確かにどこかで一度聞いた気がする――って、あ!

 

 

『これでも業界じゃちょっとした有名人なのよ、私。百年に二人の逸材ってね』

『二人?』

『そ。所謂ライバルってやつ。何かと私に突っかかってくる嫌な女が居るのよ。ルヴィアって言うんだけど、何の因果か腐れ縁でね。うっとうしいったらありゃしないわ』

 言葉とは裏腹に女の人――遠坂凛さんは楽しそうな顔だ。嫌な女って言ってるけど、きっとそのルヴィアさんとは良い友達なんだろう。

 

 

 思い出した! ぽんと手を打つ。古いな。いや、それは置いておいて。

 確か、そう。遠坂先生に初めて会ったその日、先生のマンションに入るときに先生が口にしていたんだ。

 曰くライバルだとか嫌な女だとか。それを俺を口ではそう言っても本当は気の置けない良い友人なんだろうな、と思ったんだ。

 ……と、いうことはあれなんだろうか。以前務めていた学校で同僚だったとかそういうことなのだろうか。遠坂先生の言うとおり、言っていることはあれだけれど、実力の方はとんでもないのだろうか。凄く分かりやすい授業をして下さるのだろうか。……まぁ、それもこれからの授業で分かることなんだけれど。

 しかし、何と言うか。

「――」

 ライバルだとか、良い友人だとか。妙に納得してしまう。

 エーデルフェルト先生には今会ったばかり、それも授業を受けている大勢の生徒の一人としてだけれど――それでも思う。感じる。どことなく似ているよな、二人は。なんていうか、持っている雰囲気が。あとたぶん性格。

「さて。それではそちらから順に英語で簡単に自己紹介してくださるかしら」

 何て事を考えてるうちに授業がはじまった。

 三学期のこの時期に自己紹介というのもなんだけれど、エーデルフェルト先生は新任だから仕方がないな。挨拶とは裏腹に普通に授業をはじめだした姿に引いていた皆も落ち着きを取り戻していく。廊下側の黒板に近い生徒から順に立ち上がり、流暢とは程遠い英語で自分の名前を言ったり、趣味を言ったり、所属している部活名を述べたりしている。

 英語が苦手な生徒はおどおどと自分の名前を言うだけで座ってしまったりしているが、

「上手く喋れないで当たり前ですわよ。ほら、はずかしがらずに。もっと元気よく」

 エーデルフェルト先生がフォローする。フォローされた生徒は勇気を出してマイベストフレンド――と、親友の名前を挙げて、その子とはにかんで笑い合ったりしている。

「ナイス! そうですわよ。良く出来ました」

 手を叩いて自分のことのとうに喜ぶエーデルフェルト先生。

 ……いや、驚いた。回りを見ればクラスの皆も驚いている。なんていうか、本当に先生らしい。いや、先生なんだから当たり前なんだけれど。落ち着きを取り戻していた生徒たちが今度は、盛り上がっていく。

 おいおい、良い先生じゃん。美人だし。シロータ先生なんかよりずっと良いよ!

 そんな声がどこからともなく聞こえてくる。

 それに同感。心配は杞憂。隣の席の後藤君も顔を輝かせて自己紹介をしている。

「マイホビーイズジダイ・ゲキ!」

 ……イマイチ意味不明だけれど。

 それはされおいて、とても良い感じの雰囲気で自己紹介は進んでいき、ついに俺の番となった。

 名前と趣味で良いかな。部活には入ってないし。料理はクッキング――と、頭の中で喋ることを整理しながら立ち上がる。

「マイネームイズ、シロウ、エミヤ――」

 そして、マイホビーイズ……と続けようとしたところで、エーデルフェルト先生に声を挟まれた。

「――シェロ?」

「あ――いいえ、じゃない。イズントシェロ。アイムシロウ。シ、ロ、ウ」

 思わず日本語が出てしまった。どうやら異国のエーデルフェルト先生にはシロウという音は聞きにくいし発音しずらいらしい。ディファレントと言った方が良かったかな、なんてことを考えつつ言い直す。

 一音ずつ区切ってシロウ、と発音する。のだが、

「シェロ。シェロ、シェロ……」

 先生は口元に手を当て、なにやら難しい顔をしてシェロと何度も呟く。

 ……うーむ。俺には理由が良く分からないが、どうやらシロウという音はとんでもなく聞き取りずらい上に発音しずらいらしい。俺が正しくシロウと発音できれば違うのだろうけれど、それほど英語の成績が良くない俺では今のが精一杯だ。

 こんなことでせっかくの良い流れを止めるのも申し訳がないし、まぁ別にシェロでも良いか――いや、よくは無いんだけど、後々覚えてもらえば良いし、特別困ることでもないし。

「オーケィ。アイム、シェロ。シェロ、エミヤ」

 と。俺が開き直って「シェロだ」と言ったのが面白かったのか、クラスに軽い笑いが起きる。……ちくしょう。人事だと思ってからに、まったく。

「ソーリー。ミスタエミヤ。ごめんなさい。けれどそのまま続けてくださると嬉しいですわ」

 そしてすかさずフォローを入れてくれるエーデルフェルト先生。

 いや、本当に良い先生だ。一瞬すまなそうな顔をしている先生と目が合ってどきりとする。いや、本当に遠坂先生に負けず劣らず美人だなぁ。遠坂先生は可愛い感じの美人だけれど、エーデルフェルト先生は本当に美人ていう美人。しかもさっきは似てると思った性格も――じゃなくて。

 ゴホン、と咳払いを一つして気を取り直す。

 イカンイカン。不味い不味い。思わず見惚れるところだった。いや、少し見惚れたけど良いじゃないか、別に。凝視してる陸上部のM田君やらに比べたらマシだ。何がマシなんだ。

 ふたたびゴホン。

「マイホビーイズ、クッキング。フェイバリットメニューイズ、ジャパニーズスタイル、フード」

 日本人も日本も嫌いと豪語していた先生に面と向かって和食が得意です、と言うのはなんだかなぁとは思うけれども事実なんだからしょうがない。

 洋食も得意といえば得意だけれど、もっと上手な――人が居るし、言うのは気が引けたのだ。流石に先生も少し嫌な顔を――と思ったら、またもや心配は杞憂で、

「エクセレント! ホームパーティを開くときは是非招待してくださいね。シェロ」

 先生は両手を顔の前であわせると、目を輝かさんばかりの笑顔を浮かべてくれた。

 自己紹介が始まってからは終始にこやかな先生だったが、その笑顔がそれまででも一番のもので――今度こそ本当に暫し見惚れてしまった。クラスのほかの男子、一部の女子も同じで、クラスが一瞬静寂に包まれる。

「シェロ。それでは貴方はお茶を淹れるのも上手ではなくて?」

 その静寂を破って、先生が俺に尋ねる。

 えーと……どうしてそんな事を聞くのだろうか。先生も料理が趣味なのかな。そういえば遠坂先生も料理が上手だったな。そんな事を考えつつ、日本語で尋ねられたので、こちらも日本語で返す。

「……あ――はい。そうですね。そうだと思います」

 日本茶も紅茶も割りと上手な方だと思う。少なくとも自分が知る周囲の人間の中ではで、先生が好きだという珈琲に関してはあまり自信が無いけれど。

「パーフェクト! 家の執事に欲しいくらいですわ。シェロ」   

 執事って。褒められた……んだよな? 良く分からないが、パーフェクトということは褒められたのだと思う。執事としてパーフェクトだという意味だったら何か嫌だけれども。

「あ、ありがとうございます……」

 何とかそれだけ言い、いつまでも俺で時間を消費するのも悪いのでイスに腰を下ろす。

「こちらこそありがとう、シェロ。それでは次の方」

 ――って。

 今気がついたけど何時の間にか呼び名がシェロになってる!?

 いや、自分で俺はシェロですと言ったけれど、それにしても下の名前で呼ばれるというのはなんだか気恥ずかしいぞ。外国じゃファーストネームで呼び合うのは当たり前だという事が知っているけれど、それは、所謂親しい関係の人間同士での事じゃないのかおいおい。

「……衛宮殿。まったく貴殿は隅に置けない男でござるな」

「何がさ……」

 後藤君に肘でつんつんとつつかれる。その後藤君含めた周りの男子の眼がが恨めしいのは俺の気のせいだと思いたい。

 

 ――とまぁ、当初の心配とは裏腹に授業はつづがなく終始良い雰囲気で進み、終わった。

 チャイムが鳴り、号令にあわせて起立、礼をする。

 シーユーみなさん。シーユー先生!

 歓声と悲鳴にあふれる教室。わずか五十分足らずの授業で、クラスのみんなのハートを完全にキャッチしているエーデルフェルト先生。オーラルコミュニケーションの授業は週に二回しかないのが悔やまれる。うん。俺も心をキャッチされたその一人なのだ。

「――どうなることかと思ったけど」

 ふぅ、と息を吐く。首を左右に倒し、骨をほぐす。

 日本と日本人が嫌いだとか、いったいどうなることかと思ったけれど、心配は杞憂だった。

 少なくとも生徒たちから先生に対してはで、先生の方は――ただ仕事だと割り切っているだけかもしれないけれれど。

「やっぱり、嫌いなのかな」

 小さく一人ごちる。

 もし本当に嫌いなのなら、どうにか好きになって欲しいと思う。仕事で仕方なくじゃなく、本当に心から気に入ってもらいたい。だって俺たちは先生のことが好きになっているんだから。

 遠坂先生に機会があれば聞いてみようかな。どうしてエーデルフェルト先生は日本嫌いなんですか、って。そんなことを考えつつ席を立つ。早いうちに別のクラスの知り合いのところにも顔を出しておこう。そんなに交友範囲が広いわけではないので、十分の休み時間で充分に回りきれるだろう――と、廊下に出て、思わず顔が綻んだ。

 エーデルフェルト先生が何人かの生徒に囲まれて、楽しそうに談笑している。談笑というよりは質問攻めにあっているような感じけれど。声が聞こえてくる。好きな食べ物は何だの、何歳なんですかだの、付き合っている人は居るんですかなど。

 傍目から見てとても良い雰囲気なのが分かる。その輪の中に加わる――なんて性格の俺ではない。早いところ用事を済ませてしまおう。昼休みはゆっくりしたいし、放課後はまた職員室に行かないといけないし、早く家に帰って藤ねぇに話もしないといけないし。

 輪の横を通り過ぎる。いや、通り過ぎようとして、声をかけられた。

「シェロ。少し宜しいかしら?」

「――え? あ、はい。何ですか、先生」

 聞きなれない呼ばれ方だった上に、声をかけられるとは思っていなかったので一瞬戸惑ってしまった。周りにいた生徒達も同じ心境なようで、都合十個以上の瞳が俺に集まった。

 すこしドキドキしながら足を止めつつ問い返す。はてさて何だろう。まさか本当にホームパーティに招待してくださる?

 ――なんて、馬鹿なことはあるわけもなく。

「教材を次のクラスまで運ぶのを手伝ってくださらないかしら? 量が多くて一人では骨なの」

「あ、はい。良いですよ。お安い御用です、それくらい」

 ここで用事があるんで、と言えない自分の性格を変えようとは思わない。

 誰かの役にたてるのならそれに越したことは無いだろう。どうして俺なんだろう? という疑問は少しあるだろうけれど、そこはさっきの授業で一番俺が印象に残ったというところだろう。荷物運びを女生徒に頼むわけにもいかないだろうし。

 周りに居た生徒も衛宮は便利屋だからなぁ、なんて言って苦笑いだ。その言葉に俺が少し不満を覚えることを彼らは知っているだろうか。

「ありがとう、シェロ」

 にこりと微笑む先生。感謝をされるような大そうな事じゃないと思うが、お礼を言われるとやっぱり嬉しい。荷物はこれから運ぶのだけれど。

「……えぇと、それでは資料室に――」

 と、なにやらもじもじしだす先生。

 ? どうしたんだろう。言いたいことがあるけれど、はっきりと言えないという感じだ。

 周りの生徒も不思議そうな顔をしている。先生は俯いて、右を見て、左を見て、最後にすぅ、と息を吸い込むと、

「――案内してくださるかしら……?」

 はにかみながら、小さくそう言った。なんて――反則。