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「彼氏が出来たからSOS団辞めるわ」
「おい、勝手な事を言うな!」
「彼氏はサッカー部の先輩なのよ、私サッカー部のマネージャーをやるつもりよ」
「そんな事じゃなくて、お前が作ったSOS団だろ?団長のお前が辞めたらSOS団はどうするんだ?」
「キョンが団長やればいいじゃない、それじゃ今からサッカー部の顧問の先生に入部届渡して来るから」

 ハルヒが団長を辞めて俺が団長になる事になった。
 古泉曰わく、ハルヒは団長を辞めた日から普通の女の子に戻ったらしい。
 その古泉も暫くして転校していき、朝比奈さんもその後転校。
 何故か長門はまだいるが暫くしたらいなくなるだろう。

( ^^ω)ホマホマ

 長門と二人でだらだらと本を読むだけの日々が過ぎた。
 SOS団は解散。適当にでっちあげた廃部届けを提出し、文芸部は正しい姿を取り戻した。のだが、
「……」
「……」
 これは活動しているといえるのだろうか。無言でもくもくとページをめくるだけ。
 たまに図書館に赴いたり、古本屋巡りなどもしているが、……どうもしっくりこない。
 あー、いや、分かってる。
 それは文芸部どうのこうのではなく、居るべき人が居ない所為だ。
 やかましいハルヒも、うさんくさい古泉も、居なくなったらなったで寂しいものだ。
 朝比奈さんは言わずもがな。もう二度と美味しいお茶を飲めないと思うと涙さえ出てきそうだぜ。
「ふぅ」
 目が疲れてきた。自分で淹れた不味い茶を啜り、目頭を揉み解す。
 時計に目をやればもうそろそろ五時といったところで、物語も時間の区切りもちょうどいい。
 今日はこのへんで店じまいとしよう。
「長門、そろそろ帰ろうぜ」
 長門は俺の呼びかけに紙面に落としていた視線をのろのろと上げて、
「待って」
「どうした? 話が良いところだったのか?」
「そうではない。もう直ぐ、約八秒で来る」
「はぁ?」
 八秒? 来る? 何が……いや、誰が?
 などとクエスチョンマークを連続使用して首を捻っていると、
「来た」
 長門の小さな呟きに被さってドアがのっくされた。
 今はどこぞでサッカーに勤しむ誰かとは違う控えめで丁寧な叩き方だ。
「はいはい。開いてますよ」
 長門の予言はこれだったのか。
 来客が来るんなら普通にそう言えば良いのに、おかしなやつだな。
 しかし来客自体珍し――くもないか。今はただの文芸部なのだから。
 コンピ研の部長あたりが長門に用事でもあるのかと気軽にドアを開けて、
「……え?」
 俺は思わず呆けてしまった。絶句したといっていい。
 馬鹿みたいに開いた口から情けない声が漏れて、目を見開いた。
 何しろ、そこにはもう此処に居るはずが無い人間が二人が立っていたときたもんだ。
「ただいま、が相応しいですかね、こういう場合」
「キョンくん、お久しぶりです」
 うさんくさい微笑。思わず抱きしめたくなるような可愛らしい笑顔。
「どうして……二人とも、転校したはずじゃ」
 気が利いてなおかつ俺の心胆が座っていれば、お帰り、と言えたかもしれない。
 だがそんなものは無理だ。無理に決まっている。
 一体どういうことだと、お前は知っていたのかと、長門の方へ振り返る。
「……」
 白皙の無表情と目があった。
 いや、無表情ではない。かすかに口元がほころんでいるような、俺だけか覚える錯覚。
 してやったり――そんな雰囲気を感じた。
 ちくしょう。お前、やっぱり知ってやがったな。
「おかげさまで機関も閑古鳥が鳴くようになりまして。事後処理が予想より長引きましたが……不祥古泉一樹、またSOS団の末席に加えさせて頂きたく舞い戻ってきたわけです。新団長?」
 芝居がかった口調で古泉が言う。
 振り返れば気色悪いウインクがあって、けれど……くそったれ、癪だがちょっと嬉しいじゃねえか。
「あの、とっても長期の任務だったから、沢山休暇が貰えたんです。高校を卒業するまではこの時間平面に居ても良いって……だ、だから、あたしもよろしくお願いしますっ」
 朝比奈さんが必死な様子でぺこりと頭を下げる。
 ようし、認めよう。完全完璧に嬉しいぞ、俺は。小躍りしたい気分だ。だがしかし、
「……なんてこった」
 こんなことなら廃部届けなんて出すんじゃなかった。
 いや、もうハルヒは居ないんだからSO”S”じゃないわけで、そうなると、
「……世界を大いに盛り上げるキョンの団?」
 ずばりSOK団。
 自分で言うのもなんだが、壊滅的にセンスが無い。
 二人のことは大歓迎だが廃部届けを出しちまったんだと頭をかく俺に、
「素晴らしいではありませんか。SOK団。素敵なネーミングセンスです」
 古泉がやはり芝居がかった仕草で両手を広げる。
 ミュージカルの主役が似合うハンサムスマイルの片手を軽く払い、
「アホ。てめえ、からかってやがるだろ」
「ははっ。いえいえ、本心から思っていますよ。団長殿」
「嘘付け。……ようし、分かった。SOKのKは古泉のKということにしてやる」
「そ、それは……簡便して頂けませんか。僕はその、そういう立場には……」
 慣れていないので、と微笑を引きつらせる古泉に「バーカ。嘘だ嘘」と言ってやる。
 機関の仕事から解放されたと言っていたが、なるほど、以前よりフランクだなこいつ。
 これがこいつの本来の性格の一部なのかもしれない。
 古泉と俺のやり取りを見て朝比奈さんは口元に手をあてて上品に笑っていらっしゃる。
 長門も表情にこそ出していないだろうが、きっと俺と同じような心境でいてくれていると思いたい。
「助かりました……」と息を吐く古泉の肩に腕を回し、部屋の隅の長門にも聞こえる声で、俺は言った。
「うっし! SOK団旗揚げパーティだ。どっか遊びに行こうぜ!」
「仰せの通りに!」
「お、おーっ!」
「……」
 元気に手を上げる朝比奈さんと、無言で片手を天に突き上げた長門に目を癒されつつ、部室を後にした。

 …………
 ……

「ったく、本当に異世界人なのかしらあいつ……どう見ても天然地球人としか思えないわ」
 最初の一日二日は楽しかった。
 でもだんだんと、浴槽に水が溜まって行くくらいに明確に確実に、そんな日々は色あせていった。
 今更ながら後悔の念が沸いてくる。
 勢いでSOS団を辞めてしまったけれど、これならキョンや皆と一緒に居たほうがずっとマシだ。
 サッカーをしているときの姿が嘘みたいに、あいつといえば二人きりになるとキスだのそんなことばかりしたがる。
 嫌だと言っているのに無理やりに迫るから頬をぶったたいてやったのがついさっきだ。
 怒るあいつより倍は怒ったあたしは「今度は拳でいくわよ?」と凄んでその場を後にした。
 あてもなくふらふらと町をうろつく。
 なにか不思議なものはないかと目を皿にする元気もなくて、
 そんな不思議探しを皆としていたときは……と、柄にもなく哀切な気分になっていると、
「あれ……? キョンに、みくるちゃんに、有希に、古泉君……?」
 国道沿いのファミレス。
 窓際の席でなにやら大騒ぎしている四人が目に入った。
 な、なんで? みくるちゃんも古泉君も転校したはずなのに?
 ……待って。これは、そうだわ。きっと何か重大な――!
 と、一歩だけ足を踏み出したところで、 
「……」
 あたしの足は止まってしまった。
 まるでアスファルトの地面が溶けて、靴と接着してしまったよう。
 いつかの記憶が蘇ってくる。
 五人で楽しく過ごした日々。野球大会の後だったか、同じファミレスでもっと大勢で騒いだこともあった。
 当然そこにはあたしも居た。
 けれど、今あそこにあたしは居なくて、けれどけれど、それでも四人は、
「凄く、楽しそう……」
 笑い、騒ぎ、ちょっと真面目な顔になったかと思うと一転また笑い、食べて飲んで喋って。
 古泉君が有希の皿にサラダを取り分けてあげてる光景が見える。
 相変わらずもくもくとフォークを動かす有希を見て苦笑するキョンが見える。
 みくるちゃんがキョンの口元についたソースを拭いてあげてる光景が見える。
 恥ずかしそうに、お礼を言ってるだろうキョンのだらしない顔が見える。
 キョンの顔が、キョンの顔が、――こっちを向いた。
「……っ!」
 目があったかもしれない。定かじゃない。
 その瞬間あたしの足は嘘みたいにすばやく動き、踵を返して走り出していた。
「なによ、なによ、なんなのよ」
 あの四人。キョン。あたし。あたしの今の気持ち。よく分からないこの感情。
 雑踏。すり抜ける人ごみ。流れていく景色。全部が灰色に見える。
 世界が灰色に見える。
 息が苦しいとか、誰かと肩があたったとか、もうちょっとで車にはねられるところだったとか、
 そんな全部を無視して、あたしは走った。家について自分の部屋に入っても、まわりは灰色のままだった。

 …………
 ……

「……んん?」
「おや、どうしました?」
「いや、あそこの歩道にハルヒが居たような気がしたんだけどな」

 一瞬だったし、すぐにトラックが車道を駆け抜けて行って視界が遮られて良く分からなかった。
 俺の言葉につられて他の三人も手をとめて視線を窓の外にやる。
 もう一度俺自身も目を凝らしてみるが、
「居ないな」
「いませんねぇ」
 ハルヒどころか女の人さえ居ない。
 定時上がりらしいラッキーなサラリーマンの列と、車しか見えない。
「長門、見えたか?」
「わたしは察知していない」
「長門さんがそう仰るということは、あなたの見間違いだったのでは?」
「だろうな……。すまん。何かしらけさせちまったな」
 頭を下げる。すぐに気にしないで下さいよ、という声がかかってパーティは再開となったが、
 俺には……まるで学校から帰ったら家が全焼していたみたいな、そんな辛そうな顔をしたハルヒがあそこに居たように見えたのだ。
 しかし長門が居ないと言うんだからそれも俺の気のせいに違いない。第一、彼氏が出来てあんなに笑ってたハルヒがそんな顔するわけないしな。 

 ハルヒが辛そうな顔をするわけないが、不機嫌な顔をするのはどうやら癖みたいなもんらしい。
 ファミレスの後ゲーセンやらカラオケやらで散々遊びたおし、生まれて一番楽しかったかもしれなかったその日の翌日。
 俺の上機嫌は後ろの席の物体が発する邪悪な雰囲気にたちまち侵食されてしまった。
「朝っぱらからなんつう顔してるんだよ……」
 溜息を吐きながら声をかける。
 ハルヒは寝不足なのか赤い目で射殺さんばかりに俺をきつく睨みつけて、
「あんたには関係ないでしょ」
 そっけなく吐き捨てると、ぷい、と視線を窓の外にやった。
 取り付く島も無い。
 やれやれ……これじゃ古泉も、じゃないな。もうこいつの機嫌を気にする必要はないのだから。
 そうだ。そうだぜ。本当に俺にはもう関係ない。
「そうだな。関係ないな」
 言い捨てて、黒板の方へと体ごと視線を移す。 
 ちょっと口調がきつかったかもしれないが、どうだっていいだろう別に。
 俺とハルヒの剣呑な雰囲気を感じ取ったクラスメイトが何名か怪訝な視線を向けてくるが、
 チャイムが鳴り岡部教諭が入室してそれも散っていった。

 授業中。
 時節後ろから鼻をするような「ぐす」という音が聞こえたかが、ハルヒのやつ風邪でもひいたんだろうか。
 それも……俺には関係ないか。看病だって彼氏がしてくれるだろう。
 そんなことより、今日は栄えあるSOK団最初の行事があるのであーる。
 港で行われる花火大会。思い思いにそれぞれ浴衣やらを着込み、現地で集合した。
「ええと……」
「お二人とも、よくお似合いですよ」
「てめっ、俺の台詞を取るな」
 それくらいしか思い浮かばんというのに。
 もう少し国語やら音楽の才能があれば違った賞賛の言葉も出てきただろうが、
 そもそも選択科目で音楽を取っていないし、俺の語彙といえば悲しくなるくらいに貧困だ。
 つうかこの二人を目の前にしたら、古の詩作人だってこう言うだろう。つまり「とってもとっても似合ってますよ」と。
 それだけじゃ古泉と被るので、小さな声で「すごく可愛いです」と付け加える。恥ずかしい。
 そんな俺に負けず劣らず照れた様子で、
「うふふ、ありがと、キョンくん。古泉くんも」
 朝比奈さんは光芒五里に及ぶんじゃないかというお顔ではにかみ、長門はかっくんと一つ頷いた。
「じゃ、じゃあ行きましょうか」
 先日と同じく「おーっ!」だとか「畏まりました!」だなんて景気の良い声を引っさげて、俺たちは歩き出した。

 …………
 ……

 これで最後にしよう。
 そう決意して、しつこく誘われた花火大会にやって来た。
 どいつもこいつもアホ面をしてる。カップルが多い。花火がそんなに楽しいのかしら。
 ――楽しかった、ような気もする。
「……」
 止めよう。今は考えないでおこう。
 考えれば考えるほどに、顔を思い出せば思い出すほどに、あたしの顔はこの馬鹿の気を引いて、
 大丈夫かやらどこかで休憩するかやらくだらないことをほざかさせる。
 それでもどうしても――今日の学校のことを思い出して、顔が歪んでしまったらしい。
 心配している割にはどこか卑しい顔をした馬鹿を放っておいて、あたしはトイレに行くといって人ごみに紛れた。
「もう、帰ろう……」
 数十分一緒に居ただけでもう十分だろう。
 決別は電話で済ませれば良い。何故かは分からないけれど凄く疲れた。
 可愛いはずの浴衣も動きにくいし、歩きにくい。
 そんなだから人の流れに逆流するのは骨が折れるけど、さっさと抜けだして昨日みたいにすぐに寝てしまおう。
 歩く。きゃっきゃっと騒ぐアホなカップルがうざい。歩く。家族連れもうざい。歩く。
 歩いて、人ごみの中にあって台風の目みたいに、ぽっかりと空いた空間に出た。
 出店がたくさん並んでる。やきそば。金魚すくい。今時のガキは欲しがらないだろうに、お面屋。
「……あ」
 そんなお面屋の前で、見つけてしまった。今度は対面する形で。

 …………
 ……

「……」
 ウルトラマンのお面を被った長門にどうコメントしたら良いものやらと悩んでいると、
 朝比奈さんにくいくいと袖を引かれた。どうやら所望するブツが決まったらしい。
「あたしはこれが良いです」
「ドラえもん……?」
「あ、これそういう名前なんですね。よく分からないけど、なんだかかわいくって」
「え、えぇ。そうですね。かわいいですね」
 えへへ、と幼子のように無邪気に笑うお姿は正直眩しすぎて直視に耐えないのだが、
 長門はウルトラマン。
 朝比奈さんはドラえもん。
 なんだ。二人とも自分と同じ境遇というか立場のかたやヒーローかたや狸に何か感じるものがあるのだろうか。
 ……あるのだろうね。なにせよくこんなもんまで置いてあるなという、
「どうです? 似合っていると思いませんか?」
「全然これっぽっちも似合ってない」
 ギニュー特戦隊の一番たいしたことないヤツのお面を被ってエスパー少年はほがらかに笑っている。
 名前はグルドだっただろうか。よく覚えてない。何せあっという間にやられちまったサイバイマンよりむなしい存在だ。
「お面三つで……1500円か。はい、おじさん」
「ありがとです、キョンくん」
「いえいえ、昨日は俺が皆に奢ってもらいましたから。これくらい良いですよ」
 しかも古泉はともかくお茶目な二人を見ることも出来たんだからな。
 今度長門に必殺光線のポーズを仕込んでやろうと密かな野望を抱いていたところで、
「……あ」 
 今度は見間違いでもなんでもなく、直にそいつと出会ってしまった。
 そりゃさっきからカップルが多かったし、もしかしたら来てるかもとは思っていたが、
 こんな市の人口の半分が集まっているんじゃないかという人の波の中で対面するとは予想外だった。
 蒼穹と同じ抜けるような青の生地に、向日葵の黄色がよく映えていた。似合っている。
 いつか見た浴衣もそうだったが、相変わらず見栄えだけは良いなこいつ。
 どうしてかそいつが登場するやいなや口をつぐんでしまった三人を不思議に思いつつ、
 こうして面と面向かい合わせたら無視するのも気まずいだろうと俺から声をかけた。
「よう。奇遇だな」
「そうね」
 ハルヒは学校と同じ妙ちくりんな顔で、ぶっきらぼうに返事をする。
 その隣に一度お目にかかりたいと思っていた物好きの苦労好きの姿が……ありゃ?
 何で居ないんだ?
「彼氏さんはどうしたんだよ。まさか一人で来たわけじゃあるまいし」
「あんたには関係ないでしょ、そんなこと……」
「またそれかよ。……別に良いけどさ」
 ま、多分トイレにでも何でも行ってるんだろう。
 はぐれたってことはあるまいて。
 彼氏彼女なんだからそんなときは手を繋ぐのがお決まりだ。……多分。
 と、大気を震わす轟音が空に響いた。ぱっと周囲が輝いて、周り中から歓声があがる。
「お、はじまったな」
 夜空に咲く花火の花。黄色い閃光はまるでハルヒの浴衣の向日葵みたいだ。 
 なんてことを考えている間にも次々に花火は打ち上げられて、空と、そして海面を彩っていく。
 こんな人ごみの中からじゃよく見えないな。
 せっかくこいつを見るためにやって来たんだ。もっと良い場所で見ないと勿体無い。
 視線を地上に降ろす。……どうして俺以外の皆は空を見上げていないんだ?
 まぁ、良いか。空どころか視線を地面に落としているハルヒに、
「じゃ、俺たちは行くわ。お前も楽しめよ」
「……うん」
 声をかけて、さぁ、と三人を促そうとしたところで、
「ん?」
 両手にあたたあくて柔らかい、そしてしなやかな感触が。
 何時の間にかウルトラマンとドラえもんが俺の両サイドに来ていて、
 それぞれの手を握り締めている。……うん。ウルトラだとかドラだとかはワザとなんだ。
「朝比奈さん? 長門?」
 花火の炸裂音に負け時とどんどん騒ぎ出した心臓に活を入れつつ、名前だけで疑問をていしてみる。
「はぐれないように」
「えっと」
「こ、こんなに大勢人が居たらはぐれちゃいます!」
「かもしれませんが……」
 その理屈で行くなら古泉はどうなるんだろうか。
 振り返ってみると、ハンサムスマイルグルドは苦笑を浮かべながら、
「僕は平気ですよ? 鍛えていますから」
「納得しずらいな、それ」
 朝比奈さんか長門のどちらかとお前も繋げば良いだろう、とは言い難い雰囲気だった。
 そりゃお前、せっかく両手に花があるのに態々片方を手放すバカな雄は居ないだろう。
 しかも今までなら……なんかしらんが俯きっぱなしのハルヒに「何やってんのよあんたたち!」だなんて怒鳴られて、
 手を繋ぐなんて夢のまた夢だったからな。俺から積極的に二人と手を繋ぎたいと思ったことは無いけれども。
 ま、そんなことはどうだっていい。大事なことだから言うが両手に花だ。
 そして俺が団長なのだ。これは団長特権だ。古泉には悪いが、はぐれるときは一人ではぐれてもらう。
 気が向いたら迷子センターに赴いてやっても良い。
「じゃ、今度こそ行くか」
「了解した」
「はいっ」
 元気に頷く二人の手を俺からも握り締めて、後ろから古泉が付いて来る気配を感じながら歩き出す。
 すれ違いざまに、
「じゃあな、ハルヒ」
 と声をかけたのだが、ハルヒから返事は返ってこなかった。
 ……まったくおかしなヤツだな、ほんと。
 関係ないけど、さ。

 …………
 ……

「……」
 人がすれ違っていく。迷惑そうな顔。怪訝な顔。あたしなんか道端の石ころくらいにしか認識してないような顔。
 空が明るい所為で、地面に映る自分の影がいっそう深く黒くなっている。
 俺たちは行くから。
 そうキョンが言ったとき、本当は自分も一緒したいって言うつもりだった。
 また前みたいに皆でって言いたかった。
 彼氏とは別れたから! と能天気に笑って、キョンの腕を取って、いつもみたいに先頭に立って、引っ張って。
 でも、どうしてだろう。そんなあたしの真意を見透かしたみたいに、みくるちゃんと有希が計ったみたいなタイミングで、
 キョンの両手を塞いでしまった。二人にそんなつもりはちっとも無いんだろうけれど、
「あなたはSOS団を捨てたじゃないですか」「ここはあたしたちの居場所です」「もう、構わないで」
 そんな風に態度で言われた気がして、それはあたしの酷い被害妄想だって分かっていても、
 キョンは普通に喋ってくれたけど三人は目もあわせてくれなくって、まともに顔さえ見れなくって、
「うっ、……えうっ」
 心が痛い。ぽろぽろと零れていくしずく。頬が生暖かい。
 昨日の夜と同じだ。
 勝手に涙が出てきて、自分の意思じゃ止まらない。
 みっともない。何この子? みたいな不躾な視線が刺さってはすぐに抜かれていく。
「ふ、うっ、うぅ」
 何してるんだろう。何がしたかったんだろう。
 辞めなければ良かった。中学時代のノリで適当にOKしなければ良かった。
 分かんない。分かんない。どうすれば、なんと言えば、あの頃に戻れるんだろう。
 あの頃に戻れるんなら、不思議なんて要らない。宇宙人も未来人も超能力者も要らない。
 あいつが口をすっぱくして言っていた平々凡々な生活でも良い。だから、
「戻りたい……」
 心の一番深い底からかみ締めるように呟いて、あたしは顔を上げた。
 泣いていてもはじまらない。めそめそしてても鬱陶しいだけ。
 いつもみたいに、あの頃みたいに、元気よく、覇気を持って。
 それでも足りないなら、部活を作ったときみたいにちょっとだけ助けて欲しい。
 そう思うって振り返った。もう後姿も見えやしないだろうけど、あいつならきっと今のあたしの言う事でも聞いてくれると――
「なに、これ」


 ――世界は、灰色だった。


 …………
 ……

「えっ?」
 目の錯覚? じゃない。断じて違う。
「ほわぁ」と可愛らしく小さく口を開けて花火に見入る朝比奈さんの横顔を眺めていたはずだ。
 隣には長門が居て、声こそ出さないものの空を見上げていて、古泉だって近くに居たはずで。
「おいおい、簡便しろよ……」
 三人とも居ない。瞬きしている刹那のうちに消えてしまった。
 手に平にのこる緩やかな感触と、淡い香りだけが残滓として残っている。
 そして、三人どころか――周りに居た人間全てが、同じように忽然と消えてしまっていて。
「変な能力はなくなったんじゃなかったのかよ……」
 空は灰色で。海も灰色で。出店も。海岸も。遠くに見えるビルも、港も、全部が灰色。
 こんなもの二度と見たくなかった。見ないで済むようになったはずだった。

 ――閉鎖空間。

 水平線の向こうまで続いていやがる。一体どれほどの範囲なのか検討もつかない。
 こんなもの作り出せるのは世界、いや、宇宙で一人だけ。
 ざっという重い足音。やれやれだなまったくもう、と背後を振り返る。
「キョン……? キョンよね、キョンは居るわよね?」
「俺以外の何に見えるっつうんだ?」
 まるで幽霊でも見たような顔つきだった。
 そりゃそうだな。何せ目の前であれだけの人間がいきなり消えちまって、世界は灰色ときたもんだ。
 いくらこいつが不思議大好きだと言っても、怖気が好奇心をふっとばしちまうだろう。
「キョン、キョン……!」
 らしくない――確かに泣き顔で、ハルヒは俺めがけて突っ込んできた。
 アメフトのタックルじゃねえんだぞ、と若干冷や汗をかきながらも、受け止めてやる。
「ねぇキョン、これどうなってるの? なんで皆居なくなっちゃったの? みくるちゃんは? 有希は? 古泉君は? 何であんただけ居るの?」
 矢継ぎ早にまくし立ててるところ悪いが、質問に答えて欲しいのはこっちのほうだ。
 何でこんなもん作り出したんだ。何で俺なんだ。彼氏さんで良いだろうが。
 ぐしゅぐしゅの顔の鼻水を拭ってやり、「んむっ」と一旦大人しくなったハルヒに、
「俺だって何でこんなことになったのか知りてえよ……」
 溜息を盛大に吐き出す。
「そうよね……分からないわよね」
 分かっているような分からないような微妙なところだ、とは答えずに、
 俺は周囲に目を走らせた。あのけったいな巨人がそろそろ出てくるはずだ。
 はずなのだが……、
「出てこないな……」
「……何が?」
「いんや、何でもねえ。とりあえず座ろうぜ」
 ハルヒはやおらしろらしい様子で、うん、と素直に肯定する。
 どこかおかしいとは感じていたが、こりゃ本気でおかしいな。
 だから消えた筈の力を復活させてこんなもん作り出してしまったんだろうが、
 巻き込まれる方の身にもなってくれよマジで。今回は脱出のヒントをくれそうなヤツも居ないんだぞ。
「……ふぅ」
 適当な段差に腰を下ろして一息つく。
 ハルヒは俺の真横に腰掛けて、しゅうんと縮こまっている。
 さて、お前はここのところ何に不満を感じていたんだととりあえず問いただそうとするのだが、
「キョン」
「なんだ、どうした」
「キョンは消えないわよね。傍に居るわよね?」
「多分な」
「ダメ! 消えないで! 一人にしないで!」
「……努力するよ」
 ハルヒは見たこともない父性本能を爆発させるような悲しい顔つきで、
 ふわふわと不安気に揺れる焦点は俺が基準になっていて、力なく袖をちまっと握ってくる手つきが何ともいえん。
 あーもうちくしょう。そんな風にされたら何とかせねばと思っちまうじゃねえか。
 袖をつまんでいた手を一旦はがし、そいつを握ってやる。
 びくんと肩を震わせるハルヒに、
「こうしてればはぐれないだろ?」
 そう言って、出来るだけ優しそうに見えないこともないような顔で笑う。
 不器用と言わないでくれ。そもそも器用というものが俺を構成しているパーツには含まれていないんだ。
「そう、ね」と柄にもなく照れているのは多分俺も同じで、言葉を次ぐには咳払いが必要だった。
「なぁ、最近彼氏が出来て楽しかったんじゃなかったのか?」
「……最初のうちは楽しかった」
「んじゃ、近頃は楽しくなかったのか」
「俺は異世界からきました、とか言って。でも全然普通のやつで」
 普通じゃなくてちょっと頭の螺子が抜けてるヤツのようだ。
「……なにかあればキスだのなんだの、そんなのばっかり」
「ま、若い男だしな」
 気持ちは十二分に理解できる。が、異世界人だなんてアホな餌で釣ろうとしたのが失敗だったな。
 ……異世界人自体は本当に居てもおかしくはないがね。
 もし居るのならば俺だって会ってみたいところだ。朝比奈さんみたいに可愛らしい女性だったらグッド。
 そんな具合に思考をわき道にそらせた俺を潤んだ瞳でねめつけ、
「馬鹿。やっぱ男ってそんなことばっかり考えてる、この」
「エロキョン、か?」
 苦笑すると、ハルヒは「やっぱり、馬鹿!」と怒ったくせに涙を流しやがった。
 な、なんだ。今のやり取りのどこに感涙する場面があったというのか。
 男は狼なのよ、ということを再認識して絶望――するなんてことあるわけなく、
「……キョンはキョンのまま」
 そんな意味を理解するのに頭を三回半捻っても無理なことを呟くと、
 ハルヒはこてんと俺の肩に頭を乗せた。
「ままもなにも、俺は俺だろうに」
 別段強固な意志を持っているわけじゃないが、割とマイペースな自覚はある。
 つうか話がずれてる。俺のことじゃなくて、今はお前のことだ。
「あー、で? そんなキスばっか迫るような男に辟易してつまんねえと思ってたのか?」
「……」
 世界は灰色でも地球自体は活動しているらしい。
 波が打ち寄せる静かな音が耳に届いてくる。
 心が落ち着く音色だ。こういう音の波長には、胎児のとき胎盤で聞く羊水の流れや母親の心臓の音のそれと同じものが含まれているらしい。
 海は生命の揺りかごとはよく言ったもんだ。それにしちゃ瀬戸内の海は少し汚いけれどな。
 ハルヒは肯定とも否定ともとれる沈黙を続けながら、ふと目をつぶり。
「あんたにだけ言うわ……誰にも言わないでよね」
「分かった。約束する」
 ぎゅうっと俺の手を握り返してきた。
 大事な話なんだと理解して、心構えを作る。
 ハルヒは「すぅ」と一度音をたてて息を吸い込むと、訥々と語りだした。
「あのアホに辟易してたのもあるけど、」

 ――曰く。
 四人でファミレスで楽しそうにしているところを目撃して、
 転校したはずの二人が居たことに驚いて、
 自分抜きでも楽しそうな俺たちに寂しさを覚えて、
 少し前まで自分もその輪の中に居たはずなのにと後悔して、
 辞めなければ良かった、彼氏なんて作らなければ良かったと、その思いは止まらなくて、
 学校で俺とどう喋っていいか分からなくて、そっけなくされて辛くなって、
 今日お面屋の前で出会って、もう俺たちの輪の中に自分の居場所が無いんだと認識して、
 悲しくて泣いていたけど、そんなの嫌だ。やっぱり皆と一緒が良い。不思議も何も要らない。
 そう決意して、いつもの自分らしくもう一度やってみようと顔を上げたら、

「皆消えちゃって、あたりは変な色で、キョンしか居なくって……」

 ――ということらしい。 

「……」
 ハルヒは喋りつかれたのか、俺に体重を預けて、水泳選手の試合直前のように静かに呼吸を整えている。
 ……難儀というか、自業自得といえばそうなるのだろうが、それにしちゃ流石に辛いな、これは。
 楽しいと思ってたことよりももっと楽しいかもしれないものが現れて、
 それに飛びついたは良いけれど結局それは不発弾で、落ち込んで、漸く元の場所が一番だったと気がついた。
 無くしてからそれの大事さが分かるとは良く言うが、そういうことなんだろう。
 正直同情する。いきなりSOS団辞めます宣言されたときは憤りもしたが、
「……ずっと此処に二人きりなのかしら」
「させるものかよ」
 やっぱり男は馬鹿な生物なのだ。馬鹿という核に手足と脳みそとタマ金がくつっているに違いない。
 いつも我侭だの迷惑だの高慢だのと手を焼かされていた相手に、
 ちょっと弱弱しくされるだけで何とかしてやりたくなってしまうんだから。
 それに、だ。元の場所が一番なのは俺も同じだ。確かに昨日は楽しかった。
 けれどやっぱり、それは友達内の楽しさで、心が小躍りするような楽しさじゃない。
 そんな楽しさを俺にまた体験させてくれよ、なぁ、ハルヒよ。だからな、
「宇宙人も、未来人も、超能力者も、居る。最後のなんか掃いて捨てるほど居る」
「何言ってんの……?」
「不思議なんか要らないだと? ふざけんなよ。有ったほうが楽しいに決まってるだろ。居るって言え、楽しいって言え。なあ、ハルヒ」
 平々凡々な普通の生活が良いだなんて寝言、寝てから言ったらどうだ。
 なんてお前らしくない。ダウナー系のドラッグを決めてるんじゃねえのかお前。
 どれだけ嫌なことがあったとしても、お前だけはそれを否定しちゃダメだろうが。
「……馬鹿じゃないの? 子供じゃないんだから、そんなこと言わないでよ」
「馬鹿だともさ。馬鹿で結構。つうか馬鹿が馬鹿言うなこの馬鹿」
「ワケわかんない……。何なのよ、もう」
 俺ってばこんなにも熱い男だったろうかとちょっぴり羞恥心が顔を覗かせるくらいに熱弁する。
 気の無い返事を返すハルヒの両肩を掴み、面と面を真正面に対峙させて、
「また朝比奈さんや長門や古泉たちと遊びたいんだろう? だったら! 居るって言え、楽しいって言え、心の底から願えよ。そうすればまた戻れるから!」
 口角から泡を飛ばす勢いで、非常に真剣にまくし立てる。
 マジで真剣だぞ。こいつが宇宙人その他を望まなければ、あの三人は本当に消えてしまう。
 この閉鎖空間はいつぞや古泉が言っていた世界の作り変えのために生まれたんだろう。
 ハルヒが望む、不思議も何も要らない、ただ仲間と過ごす日常。
 トンチンカンプロフィールを持つ面々は居なくなり、後には俺みたいな凡人が残るだけだ。
 そして時間遡行も情報大決戦も何も起こらない、凡庸で退屈な日々が続く。
 アホ言え。そんなのまっぴらゴメンだ。ハルヒの気持ちも分からんでもない。だが、これはもっと大切なことだ。
 だというのにハルヒは眦の涙を弾けさせながら、
「居るわけないでしょ……そんなの、居るわけないでしょ! 居るわけないんだから楽しいもない! あたしはただあの頃に戻りたいだけよ! もう変なことしない! 普通に、またみんなと遊びたいだけ! あたしが馬鹿みたいに妙なもんに拘ったから壊れちゃった! そんなのもう嫌なのよ!」
 きっと本心。魂を振るわせるような大声で、決定的な言葉を叫んでしまった。
「お前、……」
 息を呑む。
 ビシリ、という金属質な破砕音。音がした方に慌てて視線を向ける。
 水平線の彼方。灰色の空の一角に大きな亀裂が走っていた。
「……なんてこった」
 唖然とする。体から力が抜けていく。
 見る見るうちに亀裂は広がり、耳障りな音を立てて空が崩壊していく。
 断層から降り注ぐのは色がついた陽光だが、清清しいはずのそれが禍々しいものとしか感じられない。
 始まったのだ。いや、終わってしまったのか。世界の作り変えが。
「な、なに……? ねぇキョン! なにあれ!? 怖い、嫌、何、何のよ、嫌っ!」
 ハルヒが恐怖の声をあげてしがみついてくる。
 助けて、とか、怖いよ、とか、一緒に逃げましょう、とか、全部が既に遠くて届かないところにある。
 ……はっ。なぁに、そんなにびびらなくても、多分死にはしねえよ。
 今度こそお前の力も綺麗さっぱり無くなって、宇宙人も、未来人も、超能力者も居ない、普通の世界になるだけだ。
 もしかしたら居たかもしれない異世界人も消えちまうかもな。もうこうなったらどうでもいいことだけど。
「あたしの力……? ねぇ、キョン、ちゃんとしてよ! 何がどうなってんの? ねぇ、キョンってば!」
 ちゃんとしなきゃならないのはお前の方だったんだよ、そう、だった、もう遅い。
 朝比奈さん、長門、古泉。
 お別れなんだろうか。力が無くなって、普通の人間として学校に通うようになるんだろうか。
 そうなら良いな。存在自体が消えてしまうなんて無常すぎる。
「……なぁ、ハルヒよ」
「……キョン?」
 しがみついているハルヒの背中にそっと腕を回す。
 自分の望まない力。その力に良い意味でも悪い意味でも振り回されたハルヒ。
 巻き込まれた変てこ人間たち。そして、多分、進んで関わっていった俺。
 いつだったか長門か古泉か朝比奈さんか、……いや、全員が俺のことを鍵だと言った。
 なら、まだ終わりじゃないかもしれない。ちっぽけだけど、出来ることがあるかもしれない。
 ハルヒを責めることじゃない。己の無力さを嘆くことでもない。それは、
「また、朝比奈さんや長門や古泉と一緒に遊びたいんだよな?」
「うん、うん」
「そうか。……そこに、俺も混ぜてもらっても良いか?」
 そう問うと、ハルヒはすっかりぐしゃぐしゃになってしまった顔で何度も頷いた。
 キョンが居ないと嫌だとか、どう受け止めたら良いか困る言葉まで吐きやがる。
 今回はひとまずパスボールだ。世界のことで頭が一杯でそこまで気が回らん。
「ハルヒ」
 ついに崩壊は俺たちの頭上の空まできている。
 半分は日の光に照らされた世界。半分は灰色の世界。
 そんな曖昧な世界の境目で俺たちは抱き合い、
「その異世界人野郎にポニーテールは見せたのか?」
「こんなときに何言ってんのよ!」
「良いから、教えてくれよ」
「……見せてない」
「そうか」
 そいつは良かったとほっと息を吐く。
 だが何が良かったのかはよく分からないまま、ハルヒの妙ちくりんな顔を見たのを最後に意識は薄れていき――

――ブツン

 と、テレビのスイッチを消したかのように、俺という世界は暗転した。


 …………
 ……


 昔から本を読むのが好きだった。
 本というより、創作された物全般が好きだった。だが生憎と高校には文芸部しかなくて、そこに入部して俺は本の虫になっている。
 紙面。字で紡がれた世界では、宇宙人や未来人や超能力者や異世界人や地底人やその他エトセトラといった、
 この歳でそういった不思議な連中が居たら良いなー、だなんて本音は隠した方が賢いキャラクターたちが冒険活劇やら推理活劇やらを繰り広げていて。
 もし俺がこんな世界に放り込まれたら。それも俺だけは一般人で。
 ……なんてアホな妄想を止められない。そういう性格で嗜好なんだから仕方ない。笑うな。
 と、控えめとは言いがたい勢いで部室の扉がノックされた。珍しいな、こんな場末の寂れた文芸部に来客である。
「部長、お客さんだぞ」
「今良いところ。話かけないで」
「……さいですか」
 俺だって良いところである。何でこんな日に限って古泉の野郎は休部してやがるんだ。
「あ、キョンくん。あたしが出ますね」
「良いです良いです。朝比奈さんのお手を煩わせるわけにはいかないですよ」
 俺が出ますよ断固として。
 最近はめっきり減ったが部長や朝比奈さんや古泉狙いのミーハー入部希望者という線もある。
 そんなふてえ野郎に朝比奈さんのご尊顔を拝謁させるわけにはいかない。自分でも言いすぎだと思うが、気にするな。
「はいはい。開いてますよ」
 言いつつ内開きの扉に手をかけたところで――

――バガン!

「オウッ!」
 星が散った。鼻が熱い。奥の方がツーンとして、鼻血出る出る五秒前といった感じだ。
 感じじゃねえよくそったれ。なんて乱暴な輩だ。大人しく俺が開けるのを待っていやがれってんだ。
「きょ、きょキョンくんっ、大丈夫!?」
 訂正。乱暴にしてくれてありがとう。
「大丈夫ですよ。こらくらいなんとも……」
 と言ったところで鼻血が出そうになる。ずびびびびびびびと吸い上げて、苦笑い。
 そんな俺を見て、やっぱり文句の一つでも言ってやろうかな闖入者は、
「入部しますっ!」
「……涼宮?」
 同じクラスの後ろの席の涼宮は、元気一杯手にもった入部届けを天に翳していた。
 こいつならあの粗暴な登場も納得である。女の癖にバッファローみたいに力強くて無茶なヤツだからな。
 確か運動部からひっぱりだこだったはずだが、何でまた文芸部なんぞに。
「それはね」
「それは?」
 鼻血と異種格闘技戦を絶賛繰り広げながら涼宮の言葉を待つ。
 涼宮は室内を見回した後、何故か俺に視線を固定してにひひときもい笑みを浮かべ、
「よくあるじゃない。ほら、意中の人の部活のマネージャーになる女の子」
「あぁ」
 一瞬で俺を納得させた。
 涼宮と古泉。見た目だけは美男美女でお似合いである。
 だがしかし、部の方針でな、そういうやましい心積もりのやつを入部させるわけにはいかんのだ。
 つーわけで、帰れ。
「しっしっ!」
「ちょ、何よ。犬じゃないわよ」
「うっせえ! いつもいっつも古泉ばかり! あんなうさんくさいスマイル野郎の何処がいいんだか!」
 なんて醜いんだ俺よ。谷口よりは男レベルが上だと信じたいが、今の俺は間違いなく底辺だった。
 涼宮は「なんだろうこの変な人」というあからさまに馬鹿にした目つきで、
「……馬鹿?」
「馬鹿ですともさ。馬鹿で結構。つうか馬鹿が馬鹿いうなこの馬鹿」
「ちょ、だから、さっきからなんか扱い酷くない?」
 気のせいじゃないか?
 いや、お前の心にいやらしいところがあるからそう感じるんだ。
 俺は至極真っ当に正論だけを述べている、と、道端の犬くらいになら誓って言える。
 家では猫を飼っているが犬派なのだ、俺は。
「あ、あたしも犬の方が好き。気があうわねぇ」
「俺を篭絡したところで無駄だ。何せ自慢だが部じゃ一番下っ端だからな」
 長門の図書館めぐりにつきあわされ、朝比奈さんの買い物にお供し、古泉と一緒にラーメンを食う。そんな俺だ。
「あたしが入部したら下っ端開放じゃないの。ねぇ、ていうかあんた部長じゃないんでしょ?」
「部長は長門だけど、さっきも言ったとおり下心のある輩にはお帰り願ってると言っとろーが」
 本当に帰れてめえ、と少しきつめに言うと涼宮は流石に傷ついたらしく端整な顔立ちを顰めた。
 う、ぐっ、負けないぞ。今こそもてない男が立ち上がるときなんだ。
 もう一度びしっと言ってやる。古泉狙いなら帰れ。
「……違うわよ。古泉君を狙ってるわけじゃないわよ」
「……は?」
 いや、そのりくつはおかしい。
 古泉以外の何を狙って女子がやましい理由で入部すると言うんだろうか。
 クエスチョンマークを連続して首をムーンサルト宙返りさせていると、朝比奈さんが「わふう」と息をついた。
 どうされたんだろう。気がつけば部長までもが鼻が長いことを自覚してない象を見るような目で俺を睥睨している。
 そして最後に涼宮。なんでかやたら熱っぽい視線で俺を――え? 俺?
「鈍感ってよく言われない?」
「小学生の妹にさえ言われる」
 でしょうね、と涼宮は溜息を吐き、やれやれと肩をすくめた。
 いや、だって信じられない。なんでこんな美人が俺を?
「美人って思ってくれてるのね。じゃあOK? ね、いいでしょ?」
「あ、いや、しかしのしかしだな……」
 いかんぞ。前代未聞の事態だ。
 俺だけでは対処できん。だというのに、朝比奈さんも長門もしらけた目で見守るばかりで一向に助けてくれやしない。
 せ、世界は俺になんて冷たいんだ。
 分かった。分かったよちくしょう。自分でなんとかすりゃいいんだろ。
「……一つだけ、質問いいか?」
「……ばっちきなさいよ」
 入部テストか告白テストかなにかととったのか、涼宮はやたら気合のはいったまなざしで俺を見つめた。
 ――ポニーテールが反則的なまでに似合っている。正直どがつく真ん中ストライクだ。それも160キロ。
 だが、だがな、待って欲しい。この質問の答え如何によっては、俺はそんなお前を拒否しなければならないのだ。
「涼宮、お前さ」


――宇宙人とか、未来人とか、超能力者とか
――そんなやつら本当に居たら、楽しいって思うか?


「……どうだ?」
 何言ってるのこいつみたいな顔を何度となくされた。
 子供くさいと言われた。夢見るのもほどほどにと馬鹿にされた。
 でも待てよお前ら。お前らだってきっと本当にそんなやつらが居たら、毎日が面白くて楽しくて仕方ないはずだ。
「……」
 涼宮は俺の問いをゆっくりと咀嚼するように答えを探す――かと思ったが、
「あんた馬鹿じゃないの?」みたいな顔で肩にかかったポニーをさっと払うと、
 思わず吸い込まれちまうんじゃねえかというきらきら輝いた瞳で、まるで100ジゴワットみたいな笑顔を浮かべ、
「とーぜんっ! そんなやつらが居たら今すぐあたしの目の前に来て欲しいくらいだわ!」
 きっと本心。
 心の底からの言葉で、百二十点満点の回答をしてくれた。


「はい、長門さん。シーザーサラダおまちどうさまです」
「ありがとう。――デリシャス」
「相変わらず良い食いっぷりだなー、部長は」
「キョンくん、口のとこソースついてますよ」
「あ? どこっすか?」
「もう、動かないで下さい。うふふ、あたしがふいてあげますからね」
「……あー、あはは、ありがとうございます」
「何みくるちゃんにデレデレしてんのよキョン!」
「痛い! 痛い痛い痛い! すまん、すまんすまんすまん!」
「みくるちゃんも! 人の男に手出さないで!」
「ふぇっ? あ、あたしそんなつもりじゃ……」
「そうだぞ、ハルヒ。朝比奈さんが俺なんか、それに、今のはただ親切心からだな」
「みくるちゃんの肩もつななバカキョン!」
 すまーん! と謝って、頭を下げる。
 他の客に迷惑なんじゃねえかと思うくらいのバカ騒ぎ。実際店員にさらっと注意されてしまったが、なんだ。

――すげえ楽しいな。こういうの。

 ハルヒも……笑ってるし。
 何時までも続けば良いな、と半分ちぎれかけた耳をさすりながら、俺は心でも顔でも笑った。

――願わくば、このちょっと手の焼ける彼女が何時までもこんな笑顔で居られる世界でありますように。