それから四人で同盟してみるかだとか、慎の字は本当にセイバーのマスターじゃねーか令呪もあるし、ていうかセイバー悪いけど着いてくるのは不味いって、何故ですかシロウ、私よりそんな野蛮な男が良いというのですか、馬鹿俺はノーマルだ、おい坊主もう一本タバコくれ、貴方に会うために私はここにやって来たのです、ちょ、大胆告白過ぎ、おーおー、この歳でこれだけ女たらしとは将来が楽しみだねぇ、なぁ慎の字サーヴァント交換しようかマジで、名案です、却下却下キャッカァッ!
 ――などなどの小会議をした後、別の用事がある俺とランサーは衛宮邸を後に……と、その前に確認しておかないと。
「なんか有耶無耶になっちまったけど、慎の字、分かってるな?」
「あぁ。同盟は組む。でも、それは一定期間だけ」
「その通り。なんつったって、」
「ファイナルマッチ、聖杯をかけた決勝戦は、」
「――俺とお前との勝負だからな。……それまで死ぬなよ。互いにな」

 言って、拳と拳を軽くあわせあう。二人してにやりと笑いあう。当然だ、と。お前を倒すのは俺だ。短いようで長い腐れ縁、とうとう途切れるときが来たな、と。

「一応確認するけど、ルールやらは理解してるな?」
「あぁ。勿論さ。この日、この戦いのために僕は生きてきたといっても過言ではないんだぜ? 見くびってもらっちゃ困る」
「よし、オーケイ。さすが内弁慶魔術師成り損ない。……つーかマジで死ぬなよ? 次此処に来てみたらアサシンに暗殺されてたとかいう落ちは無しだぞ」
「ハッ! 見くびるなって。アサシンは恐いさ、けどそんな迂闊なことありえないよ――そうだろ? セイバー」

 不適に笑って、慎の字は二歩三歩離れた場所で俺たちの様子を眺めていたセイバーに同意を求める。
 なんだかんだ言ってサーヴァント中最優といわれるセイバーなのだ。そんな彼女が傍に居るのだから尚の事そんなことは在り得ない――と慎の字は言いたいのだろう、が、

「――」
「っ! おい! なんでシカトするんだよ!」

 セイバーはちらりと慎の字に視線を送るが、それだけだ。
 憮然とした表情で、口を真一文字に結んでいる。……なんだか機嫌悪そうだな、おい。ていうか仮にも――ていうかマジで慎の字はマスターなんだから、その態度はいかがなもんなんだ。
 ……まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。はっきり言って知識はあっても実力的には最低だからな、慎の字は。擬似的な回路を身体ん中に生成するとかいう自殺行為な鍛錬してみたり根性はあるんだけど、そんなもんで勝ち抜けるほど甘くないし。そして何より、慎の字馬鹿だし。ヘンタイだし。はっきり言って慎の字組の勝算は同盟無しだとゼロに近いんじゃないだろうか。
 もし勝算があるとすれば……そうだな、この、

「……? 何でしょう、シロウ?」
「……いや、なんでもない。ただ見てただけだ、気にするな」
「って、コラ! 何で喋りかけてもない言峰には返事するんだよ! おい! つうかなんだオマエラ! 僕をそろって馬鹿にしてんのか! 見てただけとか熱々カップルかってのこのバカチンがー!」
「黙れ。切り伏せるぞ、下郎」
「うわーん! 黙る。黙るから助けてー!」

 ――可憐で、可愛い――甲冑など着てなければおよそ剣士には見えないセイバーがどこぞの大英雄であれば、あるいは。
 例えば、かの有名なオーディンから授けられた魔剣グラムを持つシグムントとか。いや、完全に男だから絶対に違うんだが。セイバーの見た目からするにジャンヌ・ダルクかそこらだろうと思うのだけれど……うーん。はっきり言ってジャンヌ本人は剣士としてさほど力を持った英雄じゃねーしなぁ。英雄と呼ぶのもちょっとキツイも気もするし、作家が創り出した虚栄の人物だっていう珍説もあるくらいだし、ちょっとキツイだろうなぁ……。ジャンヌだと決まったわけじゃねーけど。つーか、女性剣士の英雄何か全く知らんけど。
 まぁおいおい宝具やらで真名を知ることになるだろうから、その時を楽しみにしよう。

「ええい喚くな鬱陶しい! 貴様、それでも男か!」
「お、お前こそそれでもサーヴァントなのかよ! もっとマスターのことを敬え、そして従え! いい加減にしないと令呪で恥しいことさせちゃうぞ!」

 ていうかそんなことよりマジで機嫌悪いなセイバー。そして頭悪いな慎の字。相性最悪だな、この二人。
 本当に切り伏せそうかつ馬鹿なことしでかしそうな雰囲気と勢いだぞ、おい。

「おーい……? 召喚したのもされたのも何かの縁だし、仲良くしろよー……」

 小声で仲裁してみるが、勿論届くわけもなく二人はさらにヒートアップしていく。

「な――。正気の沙汰ではない、そのような下らない下種なコトに令呪を使うというのか! 全く、見下げ果てたマスターだ。つくづく私も運がない。……いくらサーヴァントが優秀でも、マスターがこれでは勝ち抜くどころか戦う戦意すら湧いてこないというものだ」
「う、五月蝿い五月蝿い五月蝿い……っ! なんだよ偉そうに! 何が優秀だよ! さっきだって結局あの変なヤツ逃したくせに!」
「アレは近くに別の――そのランサーの気配が近づいていた。あそこであのサーヴァントに追い討ちをかけていれば貴様が無防備になるから留まったのだ。そんなことも分からないのか!」
「分かってるよ、それくらい! ていうか僕が言いたいのは何でお前そんなに生意気なんだよ、ってことだよ! 言う事聞けよ、マジで! この馬鹿!」
「フン。それほど私を服従させたければ令呪を使うが良い。最も、私の意に甚だ離れた命令の効力など無いに均しいだろうが」
「何だよ何だよ……マジで偉そうにしてくれちゃってさ……。本気で恥しい目に遭いたいみたいだな、お前」

 ……二人ともスゴイ形相だ。近所迷惑とか関係なしに怒鳴りあっている。
 セイバーはなまじ顔が綺麗なだけに、こう、ハンパじゃない恐さな上に殺気と魔力ビンビンに発してるのだが、慎の字の方も言ってるコトは中二だけど持ち前のスケールのデカさでそんなセイバーと渡り合っている――と思ったけどよくみたら膝が爆笑してた。ダサいぞ。いや、俺が同じ立場だったら土下座してるだろうから言い合いしてる分お前の方がスゴイんだけどさ。
 と、そんなことは置いておいて、このままじゃ本当に慎の字が切り伏せられるか、セイバーが破廉恥な目に遭わせられそうだ。後者の方はちょっとというかかなり見てみたい気もするが、間違いなく慎の字が叫ぶのよりセイバーが剣を振るう速度の方が早いだろうし、もしセイバーが剣を振るわなくてもそんなアホみたいなコトで令呪を使うなんて命取りも良いところなのでそろそろ本当に止めなきゃイカン……のだけれど、

「ランサー。マスターとして命ずる。何とかしてくれ」

 俺には無理だ。っつーかとばっちりを受けたくない。
 早足で十メートルほど後じさり、何時の間にかちゃっかり距離を取っていたランサーの隣にならぶ。

「無茶言うな。昔から女のヒステリーと腑抜けの逆上は苦手なんだ。追い詰められると人間なにするか判らないからな」

 お手上げだぜ、と両手をあげて肩をすくめるランサー。女のヒステリー、という部分だけ声量を小さくするあたり本当に赤枝の騎士団かお前と疑いたくなるが、気持は多いに理解できるので不問にしよう。うん。

「ま、策が無いというわけでも無いんだがな」

 と、思ったら瞬間にして一転。急にそんなコトをのたもうた。
 何だ。さすがクランの猛犬。頼りになるなぁチクショウ。

「何だ。それだったらそうと言ってくれたら良いのに。っつーか最初からその策とかで止めてくれたら良いのに」
「この場がおさまるだけで根本的な解決にはならんぞ。それにこれは俺じゃ駄目だ。お前がやらねーと意味がない」
「……痛くないよな、それ」
「安心しろ。痛くも痒くもない。なーに、簡単だ。ただ呪文を唱えれば良い」

 呪文? ということは魔術の類だろうか。

「ちょっとタイム。自慢じゃないけど俺だって魔術師としたら三流も良いところなんだ。あんまり難しいのは無理だぞ。それこそルーン魔術とかになったら完璧に」
「そんなに深く考えるな。呪文つっても魔術じゃない。ただ今から俺が伝えることをセイバーに向けて言うだけでいいんだ。それでこの場はおさまるだろうよ。……多分」

 まてこら。最後の多分ってなんだ。もしかしたら火に油を注ぐみたいなコトにならないだろうな――と、悩んでいてもしょうがない。とりあえずここはアイルランドの光の御子の言うとおりにしてみよう。
 成る様になるさ。成らなかったら、その時は慎の字を――

「オーケイ。やってみる」
「おう。やってみろ」

 言いつつ、方耳をランサーの方に向けた。そこに口を寄せると、ランサーはいまだ言い争いを続ける二人に聞こえないように、そっと小声で耳打ちを――

 ――って、待て。

「はァ――!? マジで? マジでそんな事言うだけで大丈夫なのか?」

 身体を離し、言いつつ思わずランサーの顔を見た。
 もしや面白がってセイバーの怒りに油を注いで俺にとばっちりを食らわそうという企みかと思わせるほど、その呪文とやらはオカシナ内容だったからだ。

「ロンモチよ。多分」
「だからどっちだよ」

 カカカッと笑うランサー。怪訝な表情をしているだろう俺とは対象的に、どこか今の状況を楽しんでいるような感じの笑顔。でも目を見る限り、楽しんではいるものの、からかっているとかそういう感じでもない。
 ……どうしよう?
 ちらりと目をやれば、
「どうしてやろうかな! 裸で逆立ちして町内を三周ほどしてもらおうかな!」
「それともアレかな? 聖杯戦争が終わるまで着るものは葉っぱだけにしてもらおうかな!」
「夜の聖杯戦争でもせいぜい頑張ってもらおうかなぁぁぁあああ!」
 とかほざいてるハイテンションなアホ慎の字と
「……キ、サ、マ」
 物凄い形相で慎の字を睨みつけ、今にも宝具を発動させそうなメトロダウン寸前のゴジラみたいなセイバーが――って、うおお!? なんだかセイバーを中心にしてものっそい風の渦が巻き起こってるぞオイ!? これはあれか? 宝具か? マジで宝具なのか……っ!?

「オイオイ。冗談じゃねぇ。マジでやる気だぞセイバーの野郎。おい、早いとこいっちまえって。このままじゃ俺たちどころかこの辺り一帯が巻き添えを食う」
「いっちまえったって……。そんな簡単に――」

 セイバーを見る。竜巻という言葉が頭に浮かぶ。ここに雲が集まれば、それはまるで竜の巣。そしてそんな竜の逆鱗に触れ、食われようとしているのが、

「ひぃやぁぁあああああああああああ!? ちょ、おい、お前いったい何する気だよ!? 髪の毛が! せっかくセットしたのにアーッ!」
「――あぁ、もう! クソが! クソッタレ! 貸しだぞ覚えとけクソ慎二!」

 一応は俺のダチなわけであぁもうクソに迷惑だチクショウ。
 良くないエンドに向うフラグ立ちまくりな気を無視して、吹き飛ばされそうになるのをぐっとこらえ、漏らしそうな小便を膀胱に押しとどめ、意を決し、頭の中でリハーサルを繰り返しながら、とうとう”見えない何か”を上段に構えたセイバーの方へと走り寄る。

「セイバーッ! 止めろ、早まるなって!」
「止めないで下さい、シロウ。このような外道が生きる事を許される道理はこの世には無いのです!」

 口調も表情もキツイし、見えない何かを上段に構えたままだけれど、セイバーの注意が俺の方に向く。
 行け行け行ったれ! 今だ、今しかない。さっきランサーに教えてもらった呪文を、今こそ――

「ちょ、待てって。聞け。少しでいいから聞けって! 聞くんだぞ! いいか!? いいな! 俺は――」





















 ――――清楚でおしとやかで優しくて、控えめで、男の三歩後ろを歩いて、
 そんな、思わず守ってあげたくなるような女の子が大好きなんだ――――













  











 第四話「ドリームライフ・オペレッタ」
























 ――で、結果。
 マジでランサーの言うとおりになりました。スゲー。

「……助かった」

 上段構えだけに冗談に決まっているではないですか、ははは……。私とした事がなんてはしたない。い、いえ、今のは所謂別の人格といいますか、裏の私の黒セイバーがやったことでして、本来の私がマスターに手を挙げるなど在り得ないです、ええ、そうですとも――
 
 セイバーはそんな頓珍漢な言い訳をしつつ、おろおろしながらも「てへっ」みたいな顔で見えない何か――剣士の得物だから剣だろう――をしまってくれ、衛宮慎二は召喚したサーヴァントにその日その晩に殺されてリタイヤ人生になる危機を脱することが出来たのだが……。

 えーと、その、なんと言うか、謎だ。ワケワカラン。

 さっきの言葉で何故セイバーが剣を納めてくれるんだ?
 もしやランサーの言ってたコトはウソで、本当にさっきのは呪文の類だったのだろうか。いやでも、とどのつまり大人しい女の子が好きだと言っただけだしなぁ……いやいや、けっこう本音に近いんだけれどね。
 ニゲロニゲロドアヲアケロ……と小さな声でブツブツ呟きながら腰を抜かしている慎の字を完全にスルーして、剣を納めてからというものの、何故か俺の方をチラチラと見つつもじもじとしているセイバーに目をやる。
 と、目があった。さて、ワカランので本人に理由を聞いてみるか――なんて考えていたら、セイバーの方から喋りかけてきた。

「あの、シロウ?」
「ん? どしたセニョリータ。やっぱり斬り伏せるとか言い出さないでくれよ?」
「っ、そんなことしません。するはずがないです」

 先ほどのはほんの茶目っ気です。心外な!
 と頬を膨らませてぷりぷり怒るセイバー。可愛いけど説得力ねー。

「分かったよ。怒るなって。けどあれだ。斬るのは駄目だけど二、三発なら殴っても良いぞ……じゃなくて、あー、さっきは何で引いてくれたんだ? 傍目から見たらマジな勢いだったのに」
「それは……その、ですから冗談です。マスターと醜い罵りあいをしたあげく、怒りに任せて斬り伏せるなんて愚かな事を私がするはずがないでしょう」
「冗談なぁ。冗談で刃物持ち出すたぁずい分ファンキーな性格なんだな、セイバーって」
「……ふぁんきー? 猿の親戚かなにかですか?」
「とぼけるな、こら」

 ずびし。とセイバーの頭に軽くチョップをかます。

「あぅ?」

 目を瞑り、小さく唸るセイバー。

「ファンキーとモンキーをかけたんだろうが、全然面白く無いぞ。修行が足りぬわコワッパめ」

 ずびしずびし。ぽこんぽこん。あうあう。
 セイバーの反応が面白くてついチョップを連発する。ていうかマジでファンキーな性格だな。洒落をかますとは。

「うぅ……」

 と、痛いわけが無いのに、頭を抑え、口をへの字に曲げ、恨めしそうに上目で睨んでくるセイバー。怒ってるのか、恥しいのか、ほんのり顔が赤い――あって、ぁもう、クソッタレ、やっぱり空前絶後に可愛いなぁ。愛でたいなぁ。
 ……何か上手い事剣をおさめた理由をはぐらかされているような気がするんだけど、ま、いいか。調子に乗ってチョップ連発したの俺だし。

「こ、こらこら。そんな顔するなよ、俺が苛めてるみたいじゃないか」
「うぅー」
「だ、だからそんな顔するなって。ほ、ほら。痛くない痛くない」

 言いながら、今しがたチョップしたところを優しく撫でてやる。
 ごめんな、と謝りつつゆっくりと。正直そこまでしなくても良いと思うが、頭を撫でられているセイバーはへの字に結んでいた口を緩め、気持良さそうな顔をしているのでヨシとしよう。うん。

「……うん。女子に手をあげるとは驚きましたが、やはり貴方はシロウだ」

 撫でられながら、コクコクと頷きつつ、何かよくわからないことを言うセイバー。
 安心したような安堵したような、ともかく安らいだ表情だ。言葉の意味は分からないが、さっきの騒ぎでの不機嫌も完全に何処かに行ったようなので此方も安心する。
 ――ちなみに慎の字はランサーに肩をぽんぽんと叩かれながら、またまた二人でタバコを吹かしている。……なんか以外に相性良いのかもな、あの二人。

「何だよそれ。はじめっから俺は士郎だって」
「そうですね。そうです。コトミネと聞いたときは驚きましたが、シロウはシロウに違いない」
「――?」

 どういう意味だ、それ。と続けようとして、それを飲み込んだ。
 ――何でセイバーが”言峰”という単語に驚くのだろうか。
 首を捻る。もしかして親父か祖父の知り合いか何か――って、そもそも知り合う機会が無いか。セイバーは古の異国の英雄なのだから、運命のわっかをねじりでもしない限り言峰綺麗とも、言峰綺麗の父ともめぐり合うことは無い。
 もしそれでも顔を合わせたというのなら、それは、前々回か前回の聖杯戦争でもサーヴァントとして召喚されたとか――――

『前回のセイバーは、姉貴が――』

 ――――いや。
 そんなことは在り得ない。同じ英霊が二度は召喚されないのが聖杯戦争のルールなのだから。イレギュラーは起こりえない。そう、姉貴のように受肉したサーヴァントが現世に留まることなどはあっても、同じ英霊が複数回聖杯戦争に召喚されるということは、決して在り得ない。

 それになにより。
 前々回のセイバーも、前回のセイバーも。
 親父、そして姉貴の話では前回のアーサー王しかり”男”だったと言うし。

「――――」

 ――――頭痛がする。何故か感じる嫌な予感。
 セイバーの顔を見る。そのサファイアのような碧眼の瞳で、オマエはいったい何を見たんだ? 何を知っているんだ? 何故、俺の事を知っていたんだ? オマエは――エミヤシロウとは――いったい何者なんだ?

「――」
「――」

 セイバーと目が合う。
 僅か数瞬の沈黙。それが酷く重い。何か喋れ。なんでも良い。この気持悪さを誤魔化せればなんでも良い。

「……セイバーってさ」
「はい?」

 舌に唾液を絡ませながら、話題の引き出しを適当に開く。

「……セイバーってさ、その、慎の字とやり合ってるときは毅然としてたのに、何だか俺が相手だと子供っぽいよなぁ。いや、見た目も俺と同年か少し下くらいだからマジで年下なのか?」

 そうして、口を出たのはそんな言葉だった。
 ……今の思考は忘れよう。意味が無い。考えても仕方がないことは、考えなくてもいい。
 手を離す。うぅむ、とすこし考え込んでから、セイバーが神妙な顔で口を開く。

「いいえ。説明すると長いので省きますが、私の年齢は外観とは一致しない。そうですね……詳細な年齢は自分でも判りませんが、シロウくらいの子供が居てもおかしくない年頃でしょうか」

 ――!?
 って、まてまて! 何か適当に口にした話題が爆弾になってるぞオイオイ!?

「ハハハ……冗談はもう勘弁だぞ、セイバー……?」

 顔を引き攣らせながら、冷や汗垂らす。どちらかといえば年上が好きで、ストライクゾーン広めな俺でも流石にそこまで年上となるとアレだ。しかも見た目は自分より完全に幼くて、でも中身は大人も大人で。きっと色んな事も熟知しててアレだ。完全にアレだ。アレって何だ。

「ええ。今のも先ほどの事と同じで勿論冗談ですよ?」

 たじろぐ俺を見て「フフフ」なんて妖しい笑みを浮かべていらっしゃるセイバーさん。

「そうだよな。冗談だよな。うん」
「ええ。冗談です。何ですか? もしかして本気にしたのですか? まだまだ未熟ですね、シロウは」
「まだまだって……今日会ったばかりじゃねーか。いや、少し本気にしたのは事実ですけれどもね、ハイ」
「いけませんよ? 簡単に他者の言葉にたぶらかされては。こんな突飛な事は冗談に決まっているでしょう。ですから先ほどのことも含めてこれ以上の詮索はしないように。宜しいですか?」
「サー! イエッサー!」

 何だか先生っぽセイバーに、思わず直立してビシリと敬礼を決める。
 そんな俺を見てセイバーは目を細めてくすりと笑う。なんつーか、可愛いより綺麗な笑顔だ。……口では冗談って言ってるけど、マジで年上なのじゃないかと思わせるほどに。
 だから、てこてこと近づいてきたセイバーに、

「――まぁ、母上と同じは言いすぎですし、先ほども言いましたとおり詳しい年齢は判りませんが……それでも、少なくともシロウよりは年上なのには間違いありません。ですから――」

 ――たまにでしたら甘えさせてあげても良いですよ? シロウ……く、ん?

 なんて妖艶に微笑みながら言われた俺はもう両方の頭がフニャフニャというか硬マラになってしまって、惚れそうになるのも仕方の無い話というかマジ惚れかけ二歩手前だったというかあぁもう駄目だ何が惚れただ惚れっぽ過ぎるぞ俺の節操無しのオナニー覚えたてのエテモンキー。
 分からない事や気になる事、嫌な予感もあるけれど、もうこうなったらあれだ。着いてくるのは不味いって言ったけど、共闘するわけだし――

「おい、慎の字。いつまでもダンゴ蟲してないでちょっとコッチに来い」
「イ、イヤだ! 三枚おろしは勘弁し……って、言峰か。驚かすなよ」

 離れたところで俺とセイバーが喋っている間、ランサーと何かニン○ンドーDSとかやってた慎の字を呼び寄せる。
 慎の字は死にかけの子犬みたいにビクビクしつつ、セイバーに警戒というかビビリ丸出しでのっそり近づいてきた。どうやらさっきのが完全にトラウマンになってしまったらしい。

「私の半径五メートル以内に近づくな」
「ヒャアアアアアアッ!? タスケテケスターッ!」

 近づいてきた慎の字をキッと睨みつけるセイバー。ワカメヘアーを逆立たせてポンチ絵のような生き物になってビビリまくる慎の字。
 オモロ! じゃなくて、これじゃキリが無い。

「こらこら。慎の字をあんまり苛めるなよ、セイバー。さっきのは冗談だったんだろ?」
「ええ。マコトに遺憾ですが」

 はぁ、と大きな溜息を吐き出すセイバー。
 仕方ありませんね、と呟くと、慎の字に歩み寄って「マスター。先ほどは愚行を働き大変失礼いたしました」などなどと慎の字に対して謝るのだが、完璧棒読みなのはどうよオイ。慎の字は慎の字で「そ、そんな! 滅相もござーません! ヘヘー!」謝られてるのに何故か土下座してるし。ポンチ絵のまんまだし。

「おーい、ランサーもちょっと来てくれ」

 とりあえず二人は大丈夫そうだ――と判断したのがあとあと命取りにならなきゃいいなぁ。主に慎の字の。なんて事を考えつつ、ランサーを呼んで全員集合する。

「終わったか? ったく、緊張感の無い奴等だな。勘弁してくれよ」

 言いつつ、首をコキコキ鳴らしながら耳糞をほじるランサー。いや、お前も十分緊張感無いぞ。本当に大丈夫なのか俺たち、と心配しても始まらない。「ハイハイ!」パンパンと手を叩く。「三人ともリッスンアップ! ちょっと俺の言うことを聞いてくれ」

「分かりました。シロウ」
「何だよ。言峰」
「どうした、坊主」

 真剣で可愛い顔。ポンチな見飽きた顔。だるそうだけど鋭い顔。三者三様の顔が俺に注目する。それを確認してから口を開く。

「えー。マジで有耶無耶になりそうなところだったけど、もう一回確認します。俺とランサー。慎の字とセイバー。この二組は同盟を結び共闘することになりました。勝つために手段を選ばない狡猾なヤツは好きですが、裏切りとかそんなのは後味悪いんでなるべく無しの方向で頼みます。
 共闘となれば文字通り共に闘うワケですから、必然的に最後に残るのは俺たち二組ということになるので、その時が同盟解除の時です。ファイナルマッチはそれまでの共闘で情が湧いててもお互い恨みっこなしで全力で戦いましょう。オーケイ?」

 不服な、納得いかないところが各々あるのだろうが、とりあえず頷く三人。

「ま、難しく考えずに基本は仲良くやろう。ずっと緊張の糸張り詰めっぱなしじゃすぐにまいっちまう。やらねーと駄目な時、やる時にやれば良いんだ。ずっとサビの歌なんか聞いても面白くないだろ?」
「仲良しごっこは勘弁だぞ、僕は」

 ぽんち絵から人間に戻った慎の字が横槍を入れてくる。何だかんだと言って、慎の字の聖杯戦争にかける情熱はモノホンだ。だから、俺が言うようなヌルイ感じはゴメンだと言いたいのだろう。が。

「仲良くってのはな、だらけるとかそういう意味じゃなくてな、さっきみたいな事はもう二度と無いようにって意味なんだけどな、おう慎の字よ? ユーコピー?」
「……アイコピー」

 うぐぐと唸りつつも渋々と頷く慎の字。そして横目でセイバーを睨む。僕だけの所為じゃないだろ、さっきのは、と言いたいのだろうが、言い出せないらしい。
 睨まれたセイバーは「そうです。先ほどのような事は二度とゴメンだ」などと呟きながら、そうですともそうですともとコクコクと頷いていらっしゃる。いや、お前にも言ってるんだぞ、セイバー?

「で、だ。本題に入るけど、やっぱり戦力は一箇所に集中させた方が良いと思うわけだ。そーいう訳で、俺の家か慎の字の家かどっちかを拠点にしたいと思うわけなんだけど……」 
「……僕の家はムリだぞ。部屋はあまってるけど、なんか変な刺青だらけのヤツに結界と一緒に色々と壊されちゃったし」

 クソ。いつかひっ捕まえて弁償させてやるからな! と苛立たしい口調で小石を蹴っ飛ばす慎の字。
 変な刺青のヤツとは、慎の字を襲ったサーヴァントのことだ。ソイツにやられそうになって、もう駄目だ死ぬでも死にたくないよく考えたら何で僕が死ななくちゃ行けないんだふざけるな……! っていうところでセイバーを召喚した――というよりは、出来ちゃった――らしい。
 ちなみにその刺青のサーヴァントのクラスはてんでさっぱり分からなかったそうだ。歪な刃物で襲ってきたらしいが、何か”乗物”に乗っていたわけでもなく、弓を射ってきたわけでもなく、魔術を使ってきたわけでもなく。
 大方バーサーカーじゃないの? 頭オカシそうな顔してたし、とは慎の字の弁。

「毀された上にソイツには慎の字の拠地がバレてるってことか。最低だな」
「うっさい! 僕の所為じゃないだろ!」

 割と本気で怒る慎の字。確かに、由緒ありそうな武家屋敷だから修繕費も馬鹿にならないだろう。死んだ義理の親父さんの財産が鱈腹あるとはいえ、無限ではないのだし。それに意味の無い散財が趣味だし。
「それじゃ俺の家で決まりか」
「そうだよ。ボロイけどお前ん家も広いんだし」
 監督役の所ってのがあれだけど、隠蔽やら後始末やらで殆ど家を空けてるだろうからその辺は気にしないで大丈夫だろう。
 唯一気になることといえば、姉貴の事なんだけど……ランサーと何度か泊まりに来たことがある慎の字は良いとして、セイバーはどうだろう? 気が合うだろうか。いや、合わないな。直感だけど、全く合わない気がする。こう、いきなり互いに斬りかかりそうな予感。もとい悪寒。
 だとしても……まぁ、普段はセイバーは霊体化してるだろうから大丈夫か。サーヴァントは人間に必要な食事排泄睡眠などの心配をしないで良いんだし、上手くやれば顔を合わす事は無いだろう。
 前回からの生き残りだとか、あくまでイレギュラーな存在で、敵ではなく俺の味方だとか、その辺りを説明はしておいた方が良いだろうけれど。
 
 ――そんなヤヤコシイことを抜きにしても、セイバーと少しでも一緒に居られたらなぁ、なんて考えてこういう話をしている俺はもうザーメン顔のスキン小僧でも何でもいいです。だって可愛いんだもん。文句あるか。こら。
 
「なんか勝手に話進めちまったけど、ランサーとセイバーはこれで良いか?」
 内心断られたらどうしよう? とビクビク生まれたての子馬の心境で二人に尋ねる。
 セイバーは「コトミネという事は教会で、あの神父が……」などとまたまた酷くワケノワカラナイ事を小さく呟きはしたが、特に反論異論なく了承してくれた。ッシャ!
 ランサーはと言うと、
「――ま、いいんじゃね」
 適当にOKしつつ、何故かニヤニヤ笑っている。
 ……って、オイ。何で笑ってるんだお前。今何か可笑しな所があっただろうか……? ……いや、無い。全く無い。これで良いかと聞いただけだ。何か妄想でもしてるんだろうか。
「そうか。それなら良いんだけど」
 ――ったく、時々何考えてるか分からないよな、コイツ。さっきの耳打ちとか。
 そんなことを考えながら「俺とランサーは別の用事を済ませてくるから、二人は家を空ける準備をしておいてくれ。帰りがけにまた寄るから」と言い残して、エミヤシキを後にした。
 
 
 
 用事とは24時間営業のスーパーに赴くことだ。
 ――そう、今日の夕飯分とそれ以降の食材を買っておくのを忘れていたのだった。なんだそら。いや、大事な事ですよ?

 
 
 で。
 買い物を終えて戻ってきてみれば、黄色いレインコートを被ったセイバーの不機嫌面に遭遇して、爆笑したランサーが殴り飛ばされたのはどうでもいい話。マジどーでもいい。
 ……って、あれ? 霊体化は? 出来ない!? 何ソレ聞いてねぇ!?