姉貴との約束どおり朝食の後からベッドに入ってぐっすり眠ること十時間と少し。俺ごときが寝るだけで生成できる魔力なんて雀の涙が乾いたあとに残るカスくらいしかないけど、それでも朝の時に比べたら大分マシにはなった。体も軽いし、気分も良い。もっとも、気分が良いのはそれだけが原因じゃないし、目覚ましがけったくそ悪い電話の呼び出し音じゃなければの話だが。

「はい。もしもし、言峰教会ですけれど」

 受話器をとって、耳に当てる。
 普通電話を取るのは親父なんだが、親父、そして姉貴も外出しているのだろう。電話は長いこと鳴りっぱなしだった。つまり教会には俺とHGしか居らず、そのHGは俺が電話をしている姿をソファーにどっかと座ってぼへーっと眺めている。マスターである俺がずっと寝っぱなしだったから暇なんだろう。

「やっと出た! おい、言峰! いったいどれだけ待たせるんだよ!」
「ん。あぁ、慎の字か。どうしたよ、こんな時間に」

 電話をしてきた相手は俺とは十年来の親友っつーか悪友である衛宮慎二だった。二人でバイク盗んだり授業サボって屋上でタバコ吹かしたりとコイツとはことあるごとにつるんでいる。
 大声で叫んでいるが、何かあったのだろうか。

「なに呑気にしてるんだ、こっちは大変なことになってるっていうのに……! あぁ、もう! いいからお前早く僕の家に来い! 急用がある!」
「お前こそなに慌ててんだ。淫乱家庭教師Uならこの前ちゃんと返しただろ」
「馬鹿! まだ返してもらってないぞ! ……じゃなくて! いいからさっさと来いよ、もう!」
「そういわれてもなぁ、正直メンどくせーし……って、切れてるじゃねーか」

 果たして何かあった。
 急用があるから早く家に来い!
 と、大声で叫ぶだけ叫んで慎二は電話を切った。ガチャン、と大きな音がしたから受話器を叩きつけたらしい。乱暴なヤツだ。

「何だ、知り合いか?」
「あぁ、知り合いっつたら知り合いだ。で、その知り合いが俺に何か用があるらしいからちょっと出かけてくる」

 本当にメンドくさいが、慎二の慌てっぷりやらからマジで急用があるらしい。エロDVDを貸してもらってる借りもあるし、無碍にするのも可哀そうだし、行ってやることにしよう。今思い出したがちょうど別の、それも大事な用事もあったし。
 気だるそうに声をあげたHGに返事をして、米軍放出品のジャケットを羽織る。ユーズドじゃなくて新品のヤツだから綺麗だし、丈夫でデザインも中々なんでお気に入りの一着だ。
 免停喰らってるんでバイクでいけないのがメンドくせーが、サブイし、まぁいいか。チャリンコで行こう。
 なんてことを考えながら部屋を出ようとすると、後ろからHGに声をかけられた。

「ちょっと待て、俺も行くぞ」

 振り向くと、そこには妙にウキウキしているというか、玩具を与えられた子供のような顔をしたHGが居た。立ち上がって、腕をブンブン振り回している。

「いや、何でさ」

 疑問を素直に口にする。
 すると、HGはあからさまに呆れたような顔をした……っつーか、マジで呆れてる。肩をすくめて溜息吐きやがった。
 あ? 何かおかしなこと言ったか、俺?

「あのな、坊主。お前はもうマスターなんだよ。殺るか殺られるかの立場に居るんだ。直に日暮れ。そんな時間に一人で出歩くなんて、はっきり言っておめでたいぜ」

 HGの口調は俺を小ばかにしたような感じだったので正直ちょっとムカついたが、なるほど、言ってることはもっともっつーか正論このうえなしだった。
 親父の話では、俺は六番目にサーヴァントを呼び出したらしい。つまり街には既に五体のサーヴァントと五人のマスターが居る。その五組は既に活動を開始しているだろうから、街に出れば敵に遭遇する可能性はかなり高い。そして、HG……ランサー抜きの俺が敵に出会えば、撃退したり生きて逃げ切るなんてのは夢のまた夢の話だ。令呪を使えば直ぐに呼びだせるが、そんなしょうもない理由で令呪を使うなんて馬鹿も馬鹿もオカマのいいところだ。

「あぁ……そうか。そうだな。よし、一緒に行こう。いや、一緒に来てくれ」

 寝ぼけてたのかどうか。俺が軽率だった。頼む。と頭を下げる。
 そんな俺を見てH……いや、ランサーは呆れたように笑った。

「ばーか。お前はこのクー・フーリンを呼び出したんだぜ。もっと大きく構えてろ。来い、ランサー。ぐらい言え。サーヴァントに頭を下げるマスターなんて初めて見たぜ」
「馬鹿。そんな偉そうに出来るか。俺たちは仲間だろ? 俺がやばいときはお前に助けてもらう。けどお前がやばいときは俺が助けるんだ。マスターとかサーヴァントとか、そんなことにいちいち構ってるほうがちっさいと思うぞ」

 今度も素直に思ったことを口にする。先ほどのランサーの言葉は正しかったが、今のは間違ってる。そう思った。
 ランサーは俺の言葉を聞いて一瞬驚いたが、すぐに表情を元に戻すと今度は男くさく笑った。

「へっ。なるほど。サーヴァントはマスターに似た者が呼び出されるって言うが……へへっ、気に入ったぜ、坊主。今の言葉、忘れるな」

 言って、ランサーはどこからともなく赤い槍を取り出して突きのポーズを取ってから、姿を霞に包まれるように消した。なるほど、霊体化してついて来るらしい。
 っつーか、それよりも、だ。
 ――ゲイ・ボルグ。それを見た瞬間、俺は身震いした。凄い、凄すぎる。雛形は姉貴の宝物庫にしまわれているのを見たことがあるが、正当な担い手が持つとこれほどにまで変わるものなか。

「あぁ。絶対忘れねーよ」

 機会があればじっくり見せてもらおう。
 解析できる自信は無いが、それでも直に触りたい。

 逸る気持ちを抑えながら、俺は教会を出てチャリンコに跨った。


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 愛機エクセルシオーで爆走すること約三十分。常に傍に在るランサーの気配や念話にも慣れてきたころに、目的地に到着した。幸いというかランサーにすりゃ残念な話で、途中敵と出くわすことは無かった。

 言峰教会のある新都とは街の反対。深山町の奥にある住宅街のそのまた奥にそびえる馬鹿でかい武家屋敷。俺のダチである衛宮慎二の家――通称エキヤシキの門の前に立つ。
 立って、中から感じる濃密な魔力の気配に俺は屋敷に入ることを戸惑っていた。

「いったいどういうことだ、こいつは」

 ヤケにうずうずしながらランサーが呟いた。
 ここに来るまでの話で分かったが、何と何と糞驚いたことにランサーには聖杯に願う望みが無いらしい。
 ならなんでお前は召喚に応じたんだ? と聞くと「命をかけた全力の戦いをしたいから」なんてのたまいやがった。つまり、この濃密な魔力の気配イコール中にはサーヴァントが居て、そのサーヴァントと十中八九戦闘になるだろうからして、ランサーはこんなにウキウキしている、というワケである。

「分からん。慎の字は回路が無いから魔術師じゃねーし……もしかして誰か他のマスターが慎の字を利用して俺たちを誘き出したのかもしれない」
「ならとっとと突っ込んでお前の友達を救ってやろうぜ。それが仲間ってもんだろ、おい」

 よっぽど戦いたいんだろう。ランサーは俺の方などちっとも見ずにそう言って、槍を取り出した。

「待てって。仮に俺の仮説が正解だとしてもだ。罠に真正面から飛び込むのは幾らなんでもかしこくないだろ。向こうも俺たちがここに居るのを感じ取ってるんだから」
「言いたいことは分かるがな、相手がキャスターでもない限り俺が罠如きに引っ掛かるなんて万に一つもありえねぇ。下手に搦め手考えるよりもな、こういうときは馬鹿正直に正面から行った方が上手く行くもんなんだよ」
「それでもなぁ……お前単独だったらそれでも良いかもしれないけどさ、あんなこと言っといてなんだけど、正直な話戦いになったら俺はお荷物だし、一応ダチが人質かなんかにされてるかもしれないし、下手すりゃ殺されちまう……って、あれ?」

 今にも飛び出しそうなランサーを制しながら何か良い手は無いものかと考えを巡らしていると、屋敷の中からなにやら叫び声が聞こえてきた。

「シロウ!? 今の声は、シロウですか!?」
「こらっ! 待てよ、おい! だからお前のマスターは僕だって言ってるだろ、いう事聞けよ! 馬鹿!」
「だまりなさい、下郎。先ほども言ったように、私は貴方のことをマスターだと認めていない。私のマスターはシロウだ。邪魔をすると言うのなら、いかに呼び出し主とはいえ容赦はしません。いえ、貴方が私を召喚したというのも疑わしい」
「あぁぁっ! もう! お前こそ何度言わせたら理解るんだよ! 衛宮士郎なんてヤツは居ないんだよ! 士郎は言峰、言峰士郎! 衛宮は僕、衛宮慎二! それにお前を呼び出したのも、お前のマスターも僕だ! 間違いない! だからおとなしく言う事きけよ!」
「ええい、減らず口を! とにかく! 私がシロウの声を聞き間違える筈がありません。――シロウ! そこに居るのでしょう!? 待っていてください、直ぐに行きますから!」

 ……えーと、

「「どういうことだ?」」

 俺とランサーの声がはもる。顔を見合わせて、首を捻った。

 何で慎の字の家から少女の声が聞こえてきたのか、その少女がどうして俺の名前を叫んでいるのか、慎の字がその少女にたいして「僕がマスター」だと言っているということは、少女はサーヴァントで慎の字がマスターだということなのか、ならば魔術師でない慎の字が何故マスターになれたのか、

 ――衛宮士郎とは、いったい誰なのか、

 エミヤシロウ。
 衛宮士郎。

 ……どうして。その響きに、違和感を感じない。むしろ言峰士郎という今の名前は偽りの名前で、衛宮士郎という名前の方が本来の自分の名前であるような感じすらした。

 ――いったい、どうして……

 頭が痛い。思考がこんがらがる。マジで本格的にわけが分からなくなってきた。
 だが、状況は呑気に悩んでいる暇など与えてくれない。
 俺が頭を抑えていると、ランサーが表情を引き締めて呟いた。

「おい。来るぞ」
「来るって、何が」
「馬鹿、サーヴァントに決まっているだろう。この魔力、只者じゃねぇ。三騎士……アーチャー、いやもしかすればセイバーか。断定は出来ないが……まさかしょっぱなからこれほどのヤツに出会えるとはな」

 ランサーは口元を歪めて、槍を構えた。腰を深く沈めて、闘気を全身に纏う。それだけで当たりの空気は緊張にピリピリと張り詰めて、近くに居る俺は腰を抜かしそうになった。
 ちょっと待て!
 そんなランサーに対して、俺はそう言おうとした。けれど遅かった。
 直ぐに行きますから。
 言葉のとおり、ソイツは直ぐにやって来た。屋敷の大きな門を破り、視認も出来ないようなスピードでこちらに――あろうことか、俺に向って飛び掛ってきた……!

「っ!? マジかよ……!」

 咄嗟に身構える――ことすら出来なかった。

「チィッ!」

 ランサーの舌打ちが聞こえる。だが、それも遠い。

「あ――」

 まるでスローモーション再生のようだった。時間の流れが速いのに遅い。
 このままでは危ない。筈なのに。
 俺は……あろうことか、その飛び掛ってきた相手に目を奪われていた。見惚れていたと言ってもいい。

 シ ロ ウ

 小さな口が動いた。ソイツは声のとおり、少女の姿をしていた。金色の髪に、碧色の眼、白亜のような肌。すぅっと通った鼻筋に、小さな唇は見るからに柔らかそうだった。
 ――綺麗だ。
 目が離せなかった。何故か、懐かしかった。嬉しかった。姉貴も綺麗だけれど、少女の美しさはどこか違った。
 何が違うのか、何故懐かしいのか、全然分からないし、分かりようもないのだけれど。
 俺は、それを疑問に思うこともなく、そして体を動かすどころか、呼吸すら出来なかった。
 命の危険さえも微塵も感じなかった。
 青と銀の鎧を纏った少女は、籠手をつけた両の腕を俺にむかって伸ばしている。少女の目尻には、涙が浮かんでいた。それが零れて、はじけて、輝いた。

「テメェ! 俺を無視するんじゃねぇ……!」

 ランサーが獣じみた速度で動く。先ほどの少女よりも速く、動く。
 けれど遅かった。
 ランサーの槍が少女を貫くよりも早く、少女は抱きつくようにして俺を地面に押し倒した。

「――っつ、ってぇ……!?」

 ガキの頃車にはねられたことがあったが、それに勝るとも劣らない衝撃だった。鎧の所為か、柔らかいのに固いなんて変な感触の後、背中を道路に強打した。この体勢でよく頭を打たなかったもんだ、と自我自賛――なんてしてる場合じゃない!
 アホか! 俺は! 何敵……いや、まだ敵と決まったわけじゃないけれど、とにかく、糞馬鹿野郎だ! あの状況で相手に見惚れるなんて、脳がどうかしてるとしか思えない。実際頭はふらふらしてるんだが、んなこと関係ねぇ。

「……!」

 ランサーが凄まじい形相で少女を睨みつけている。
 下手に手を出せないからだ。糞。いきなり足手まといかよ、チクショウが! っつーか、このまま殺されるのか、俺……!?
 ヤバイ。ヤバ過ぎる。けど、こんなところで殺されてたまるかよ、糞やるおぉがぁ!

「おい! テメェ、いきなり――」

 衝撃でぼんやりとしていた目を見開いて、眼前にある少女を睨みつける。腰の上に乗られて、少女の両手が俺の顔の両側にあるから下手に身動きが取れない。
 だからせめてこうやって大声で凄んでみせて、何とかランサーが仕掛けられるだけの隙を作ろうと、したの、だけど……

「――ちょ、……え? おい、いったい、どうし……」

 ……言葉に詰まる。
 少女はあろうことか、

「漸く……漸く、出会えた。シロゥ。うぐっ、長かった、です。千年以上も、うぅ……辛かった。寂しかった。え、ぐ、うぅ……それでも、シロぅ、きっと……きっと、絶対に貴方に再び出会えると信じていました。ぐぅ、来る日も、来る日も、ずっと一人でした。でも、それでも、貴方のことを、お、想って……あぁ、ひっく、あ……うぅ、す、すいません。見っとも無いところを、見せて……うぐっ、ぅ、でも……お願いです、シロゥ、シロウ。今、いまだけ、今だけで良いですから、あぅ、う……」

 頬にぽたぽたと暖かい雫が幾的も降りかかる。
 ……少女は、泣いていた。
 まるで迷子になった子供が再び親御に出会えたように、人目や何かもを憚らずに、泣いていた。頬と目を真っ赤にして、嗚咽を漏らしながら、泪していた。
 今だけで良いですから、こうさせてください、と、懇願するように、泣いている。

「ひっ、うっ、うぅ、わ、分かっているんです……うっ、あ、貴方が”あの”シロウではないと。そっ、それでも、私は、シロウにあいたかった。あっ、あぁ、……だから、お願いです……えぐっ、ひっ、うぅ、シロウと、シロウと呼ばせて欲しい。か、勝手な、ぁ、お願いで申し訳ありません……ひくっ」
「あ……いや、良いよ。それくらい。好きなように呼べよ。その、だから、泣くな。ほ、ほら、大丈夫だ」

 言って、おそるおそる手を伸ばして――かっこわりぃなぁ――そっと泪を拭ってやる。
 この娘が誰だかも何を言っているのかも何で泣いてるのかも分からないけれど、女の子が泣いているのに変わりないんだ。
 間桐ちゃんや柳洞ちゃんもそうだけれど、こうして女の子に泣かれるってのには、どうにもこうにも敵わない。
 心が痛む。優しくしてやらないと、と、体や口が勝手に動く。親父や姉貴に言わせればキザなヤツだとか何とかだけど、知った事か、そんなこと。

「……」

 ふと気になって横を見遣ると、ランサーは槍をしまって俺たちの様子を眺めていた。相手に完全に戦う気がないことを悟ったらしい。
 それどころかランサーも女の子が泣いている、ってな状況には弱いらしくて、眉を顰めて「何とかしてやれよ、おい。女子供はな、絶対に泣かせちゃいけないんだ」と念話でメッセージを送ってきている。
 いや、何とかしろってもなぁ、何で泣いているのかも分からないし……いや、関係ない。とにかく、落ち着かせよう。理由やらは後で聞いたらいいだろう。

「ほら、鼻水まで垂れてるぞ。みっともねぇ」
「あ――」

 ジャケットの袖で拭ってやる。
 少女は泪を拭ってやったあたりから呆、としていてが、流石に今のは恥ずかしかったらしくて「あ、あぁ、すい、すす、すいません……!」と慌ててずびびびびーっ、と鼻水を啜った。体によくない気がするが、まぁいいか。

「あ、ああ、あの、あの……」
「うるせぇ。黙って暫く静かにしてろ」

 それから少女を引き寄せそっと抱きしめて、頭の後ろのほうを撫でてやる。
 正直人前でやるのは恥ずかし過ぎる行為……実際俺の顔も赤いし少女ももじもじと慌ててるんだが、俺が小さいとき喧嘩やらで負けて泣きながら帰ってくるとよく姉貴がこうしてくれたのを覚えてる。すると、アレだけ痛かったり悲しかったりしたのに、だんだんと気持ちが楽になって、直ぐに落ち着いて泣き止んで、終いには安心して眠ってしまうのだ。もっとも、寝てしまうってのは俺が小さくて、しかも疲れてたからだなんだろうけど……とにかく、泣いている子や娘やらを落ち着かせる方法はこれが一番なんだ。たぶん。





 第三話「ライチ&グレープフルーツ」




 そうして三分か五分かくらいしただろうか。
 少女の嗚咽やら震えやらは完全に収まったようだ。

「……落ち着いたか?」

 背中がいい加減痛かったのもあって、ゆっくりと少女ごと体を起こす。うぉ、軽い。
 体を離して問いかけると、少女――先ほどやって来た慎の字の話ではなんとセイバーらしい、はこくこくと頷いた。

「……はい。おかげさまで。それより、申し訳ありませんでした。その、取り乱してしまいまして……今後は二度とこのようなことは無いようにしますので、あの、ですから、先ほどのお願いなんですが……」
「あー。だから良いって、それは。何で俺の名前を知ってるのかとか色々気になるけど、名前ぐらい好きなように呼んでくれよ」
「は、はいっ! ありがとうございます! そ、それではさっそく……し、シロウ?」
「おう」
「シロウ」
「おうよ」
「シロウ!」
「ほいさ」

 少女は満面の笑みでシロウシロウと飽きることなく俺の名前を呼び続ける。で、俺はそれに応える。
 傍からみればあほらしい光景だけれど、少女は本当に嬉しそうだ。ランサーと慎の字はうんざりした顔で二人してタバコ吹かしてるが、気にしないでおこう。うん。っつーか良かったな、慎の字。回路無くてもマスターになれたんだ。うんうん。努力だけは人一倍してたからなぁ。
 っつーかだ、それにしても、

「シロウ、シロウ、シロウ……あぁ、やはりこの響きはとても好ましい」

 そう言って胸に手を当てて目を閉じるセイバー滅茶苦茶可愛い。

「あ、あのぅ、今度は……」

 そして、目を開いてもじもじしながら上目で「セイバー、と呼んでいただけませんか?」とお願いしてくるセイバーは可愛過ぎる。

「えーと、せ、セイバー?」
「はい」
「セイバー」
「はいっ」
「セイバー!」
「はいっ!」

 だから、俺は、

「セイバー、か。何か変な名前だけど、格好良いな。似合ってる。うん、俺も気に入った」

 願わくば、セイバーと、慎の字。
 この二人と敵同士になる、なんてことは絶対に嫌だと、そんな甘ったれたことを考えてしまうのだった。


「ところで言峰、淫乱家庭教師Uはちゃんと持ってきたんだろうな」
「……」

 ……別に慎の字は敵でも良いかもしれない。
 なんて思ってしまう俺はフニャ……あぁ、分かったよ。返せばいいんだろ、返せば。お気に入りなのによ、クソッタレが。