「ハードゲイだ」 「うむ。そうだな。ハードゲイだ」 ランサーをよびだした俺と親父の感想はあんまりにもあんまりだった。 「フォーゥッ!」 はじめは「誰がゲイだ! 誰が!」と怒ってたランサーも、いざバ○天のビデオ見せたら思いのほか気に入ったらしくてこんな調子だし。 「士郎。俺の名前は言峰士郎だ。よろしくな、HG」 言って、がっちりと固い握手を交わす。甲に刻まれた令呪が熱を帯びる。 「これより我が運命は貴方と共にある。我が槍は立ちふさがる悉くを突き破り、薙ぎ払うだろう。 HGの表情が変わる。纏う雰囲気は身の毛がよだつほど荘厳で、雄大。 「あぁ。俺もその言葉を信じる。よろしく頼む。期待してる」 だが後悔しても仕方ない。彼はHGだ。もう決まった。 「おい、マスター。あそこに居る綺麗な姉さんは誰だ? あれか? まさかとは思うがお前のこれか?」 にやにやと笑いながら小指を立てるHG。 「いや、違う。あれは俺の――って、おい」 ……完全に勘違いしてやがる。しかも腰カクカクさせながら姉貴に近づいて行ってるし。ってか、腰止めろ。気をつけないと姉貴に……って、あ、 「死ね。下種が」 ……一足遅かった。 HGはエアで吹き飛ばされて壁に激突して、そのまま崩れ落ちた。白目を向いてぴくりとも動かない。 Ashes to ashes. Ame――ん、って 「はっはーっ! 死んだ真似フォーゥッ!」 ……生き返った。 しかもどういう体してんのか。殆ど無傷――確かに骨が折れてたはずなんだけど、――だし。……こりゃひょっとすりゃ此度の聖杯戦争、アイツの言うとおりに勝ち抜ける―― 「死ね」 ――かもしれない、よな? 教会の地下室。暗く、かび臭い臭いのする小さな部屋の中で一抹の不安を感じる俺……って、何で爆笑してんだ、親父? え、コラ? 「証拠だ――『俺は大切な姉気に……』――どうした、急に土下座などして」 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…… 「何だよ。やっぱりそうじゃねぇか。あーぁ、妬けるぜ、ったく」 親父が持っているカメラを見たHGが俺をつっついてくる。 「へっ。言えるわけないだろ、そんなこと。フォーゥッ!」 カクカクカクカク。
「ねみぃ……」 HGをよびだしたことで元から少ない魔力をがっぽり持っていかれてしまった所為だろう。今朝はとんでもなく体がだるい。ベッドから起き出すのも一苦労だった。そんなワケだから、包丁を握る手にも力が入らず、台所には「ト……ン。ト……ン」と酷くゆっくりしたペースで包丁が豆腐を切り、まな板を叩く景気悪い音が虚しく響くのみ。 「感じわりぃ 具合わりぃ すべて最低 味わりぃ すげえ最悪 お前にファック 俺にサノバビッチ フン・ガー……」 そんな葬列の行進みたいなしけた雰囲気を太き飛ばそうと無理して歌をうたってみるものの、無論、乗れるはハズもねぇ。 「こんなときは姉貴の――」 あの我侭な乳が我侭に揺れるところなんかを見れば気分爽快――変な方向にではない。多分――なんだけれど、姉貴は昨日の一件以来どうにも様子がおかしい。 『まぁ、そういうことなら仕方ない……』 姉貴の言葉を思い出す。 ……分からん。 アレが気に入らなかったのなら、何時ものように高圧的っつーか普段どおりの姉貴のスタイルで俺に文句を言うなり殴るなりパシらせるなりすりゃ良いのだし、そうしてきたのが姉貴で、それがかれこれ十年続く俺と姉貴の関係じゃないのか。 「時間が解決してくれることを祈るかな、っと」 ト……ン。と。 「それに」 料理が出来ない姉貴に対して俺が唯一イニシアチブをとれる場所でもある――って、 「うなぁっ!?」 思わず素っ頓狂な声をあげる。 「……あ、姉貴。来てたんなら声くらいかけてくれよ。っくりしたぞ、おぃ」 姉貴相手に何を驚くことがあるんだとも思うが、これだけ体が弱ってる所為か気配を感じれなかった。誰も居ないと思っていたところに人が居れば、それが誰だろうと驚くのも仕方ない話だ。 「……うるさい。声をかけるもかけないも余の勝手だ。驚いたのがお前の勝手のようにな」 ……これも驚いた。 「なんだ。その”え”というのは。余の言葉に何かおかしなところでもあったか」 どうしてどうして。何だ、いつもどおりじゃないか。 「紅茶でも淹れるか? それとも今日は和食だから緑茶の方が良いか?」 言いながら、茶やコーヒーやらがしまってある棚に向けて歩き出す。 「チッ」 思わず舌打ちする。糞。やっぱり足が重い。立っているのや座っている分にはなんとも無いが、こうやって体を動かすとなると途端に辛くなりやがる。一歩一歩力と気合を入れて踏みしめて歩かないと倒れこんでしまいそうだ。……あぁ、情けねぇ。カッコわりぃ。たかが魔力不足ごときで何だ、俺のふにゃマラが。 「たわけ。茶くらい自分で淹れられる。……それより、今日は一日休んでいろ。そのような面構えで余の前に居るな。目障りだ」 俺が茶筒を取ろうと手を伸ばすと、俺が掴むまえに姉貴がひょいと取り上げてしまった。 「……いれ過ぎじゃないか、それ」 姉貴はそのまま湯を注ぐと、自分の湯飲みにこぽこぽと茶を注いだ。 「――」 俺の心配を他所に、姉貴はどっかと椅子に座ると、茶を一息にぐい、とあおる。 「ゔっ――」 で。 「……美味、い」 搾り出すように、呟く姉貴。 「いや、無理すんな。……はぁ。俺が淹れ直してやるから座ってろよ」 ニカ、と笑って力瘤を作ってみせる。 「貴様! 余が心配して申してやっていると言うのに……っ!」 案の定姉貴は俺のカクカクを見るや否やテーブルを両手でドン! と叩いて立ち上がった。 「士郎! 貴様! 何時から余の好意を無碍にするような人間に――……っ」 そのまま机に手をつき、上半身を乗り出すようにして俺に向って怒鳴る姉貴のたわわに重力と戦う胸を凝視して――案の定直ぐさま気付かれた。 「――」 ……気付かれたのだが、姉貴は顔を赤くさせるものの、それだけで特に何もしない。怒りもしないし、昨日のように胸を腕で庇ったりもしない。 「えーと、お姉さま? いかがいたしました?」 姉貴はゆっくりと座りなおすと、そう言ってそっぽを向いてしまった。 「……」 そのまま台所には沈黙が訪れる。 「茶、ここに置いとくから」 とりあえず茶を淹れなおして朝食の用意に再び取り掛かるが、力も入らないし、今度は心も入らない。 「……」 昨日俺は姉気になんて言ったんだ。大切だと言ったんだ。嘘だと言えば嘘かもしれない。口先だけだったと言やぁ、そうだったかもしれない。 「姉貴」 決する。振り向いて、声をかける。 「……なんだ」 不機嫌な声。それでも、返事をしてくれた事に感謝する。 「その……ごめん。それと、ありがとう。少し元気出た。……飯だけ作ったら今日は寝てるな」 俺がそう言って頭を下げると、姉貴はそっぽを向いたまま唇を尖らせた。 「なぁ」 姉貴は俺の方に向き直ってがぁーっと騒ぎ出す。 「……それよりも、士郎」 言い合って、二人して笑う。 「良い臭いフォーゥッ!」 ……この二人が来るまでは、の話だけれど。 |