「ハードゲイだ」
「うむ。そうだな。ハードゲイだ」 ランサーをよびだした俺と親父の感想はあんまりにもあんまりだった。
しかも、
「フォーゥッ!」
はじめは「誰がゲイだ! 誰が!」と怒ってたランサーも、いざバ○天のビデオ見せたら思いのほか気に入ったらしくてこんな調子だし。
で。
真名で呼ぶのは言語道断。そしてクラス名で呼ぶのもなんだかなぁ、ということでランサーの呼び名とあだ名は「HG」になりました。
「士郎。俺の名前は言峰士郎だ。よろしくな、HG」
「ほぅ、坊主の名前はシロウっていうのか。……中々に良い名前フォーゥッ!」
言って、がっちりと固い握手を交わす。甲に刻まれた令呪が熱を帯びる。
「これより我が運命は貴方と共にある。我が槍は立ちふさがる悉くを突き破り、薙ぎ払うだろう。
――ここに契約は完了した。
マイマスター。俺は貴方を此度の聖杯戦争の勝者にすることを我が愛槍と我が誇りに誓う」
HGの表情が変わる。纏う雰囲気は身の毛がよだつほど荘厳で、雄大。
流石はクー・フーリン。……これで呼び名がHGじゃなかったら最高に格好良いのになぁ……あぁ、今更だけど契約を完了する前に○ク天のビデオ見せたのがとんでもなく馬鹿なことに思えてきた。いや、親父が悪いんだが。
「あぁ。俺もその言葉を信じる。よろしく頼む。期待してる」
だが後悔しても仕方ない。彼はHGだ。もう決まった。
だから短い間だけど宜しくHG。
そのサングラス俺の私物なんだけど宜しくHG。
何故かは分からないけれどつい出来心で「自害しろ」とか令呪で命令するかもしれないけれど宜しくHG。
「おい、マスター。あそこに居る綺麗な姉さんは誰だ? あれか? まさかとは思うがお前のこれか?」
にやにやと笑いながら小指を立てるHG。
「いや、違う。あれは俺の――って、おい」
「フォーゥッ! 言うな。分かってるって。やるじゃねぇか、坊主のくせに」
……完全に勘違いしてやがる。しかも腰カクカクさせながら姉貴に近づいて行ってるし。ってか、腰止めろ。気をつけないと姉貴に……って、あ、
「死ね。下種が」
「ぶべらっ!?」
……一足遅かった。
HGはエアで吹き飛ばされて壁に激突して、そのまま崩れ落ちた。白目を向いてぴくりとも動かない。
そんな壊れたデッサン人形のようになってしまったHGを一目見てから瞑目して十字を切る。
Ashes to ashes.
Dust to dust.
Ame――ん、って
「はっはーっ! 死んだ真似フォーゥッ!」
……生き返った。
しかもどういう体してんのか。殆ど無傷――確かに骨が折れてたはずなんだけど、――だし。……こりゃひょっとすりゃ此度の聖杯戦争、アイツの言うとおりに勝ち抜ける――
「死ね」
「フォーぶべっぽらっ!?」
――かもしれない、よな?
教会の地下室。暗く、かび臭い臭いのする小さな部屋の中で一抹の不安を感じる俺……って、何で爆笑してんだ、親父? え、コラ?
一週間ほどマーボー抜きにするぞこのおフェラ豚野郎。あ? え? 今日の朝の姉貴とのアレこっそりビデオに録画してる? 嘘つけ。
「証拠だ――『俺は大切な姉気に……』――どうした、急に土下座などして」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……
「何だよ。やっぱりそうじゃねぇか。あーぁ、妬けるぜ、ったく」
親父が持っているカメラを見たHGが俺をつっついてくる。
糞。人の気もしらないで。
……って、待て。何時の間に復活したんだ。それより何でお前はあれだけの勢いで吹き飛ばされて無傷なんだ。
「へっ。言えるわけないだろ、そんなこと。フォーゥッ!」
カクカクカクカク。
……あぁ、何かマジで自害させたくなってきた。
第二話「ビタミンHG」
「ねみぃ……」
HGをよびだしたことで元から少ない魔力をがっぽり持っていかれてしまった所為だろう。今朝はとんでもなく体がだるい。ベッドから起き出すのも一苦労だった。そんなワケだから、包丁を握る手にも力が入らず、台所には「ト……ン。ト……ン」と酷くゆっくりしたペースで包丁が豆腐を切り、まな板を叩く景気悪い音が虚しく響くのみ。
「感じわりぃ 具合わりぃ すべて最低 味わりぃ すげえ最悪 お前にファック 俺にサノバビッチ フン・ガー……」
そんな葬列の行進みたいなしけた雰囲気を太き飛ばそうと無理して歌をうたってみるものの、無論、乗れるはハズもねぇ。
気がつけば無意識のうちに歌詞がおかしなことになってやがった。
「こんなときは姉貴の――」
あの我侭な乳が我侭に揺れるところなんかを見れば気分爽快――変な方向にではない。多分――なんだけれど、姉貴は昨日の一件以来どうにも様子がおかしい。
なんつーか俺を意図的に避けてる節があるというか、廊下やらでばったり出くわしたりしても無言で、ぷい、とそっぽを向いてどこかに行ってしまう。
『まぁ、そういうことなら仕方ない……』
姉貴の言葉を思い出す。
普段の姉貴からは想像ができない蚊の泣くような弱弱しいか細い声。柔らかい体に、暖かい体温。控えめに、けれどしっかりとまわされた腕。
あの時は上手く場を納められたと思ったのけれど、もしかたら全然上手くいってなかったのだろうか。
……分からん。
アレが気に入らなかったのなら、何時ものように高圧的っつーか普段どおりの姉貴のスタイルで俺に文句を言うなり殴るなりパシらせるなりすりゃ良いのだし、そうしてきたのが姉貴で、それがかれこれ十年続く俺と姉貴の関係じゃないのか。
それが何で出会っても無視して何処かに行ってしまう、なんてガキのいじめみたいなことになってるんだ。マジでワケが分からない。相談できるようなしっかりした人間も回りに居ないし――親父や遠坂にこんなこと相談するくらいなら死んだ方がマシだ――本当にどうすりゃ良いんだよ、ったく。
「時間が解決してくれることを祈るかな、っと」
ト……ン。と。
漸く味噌汁に使う三人分の豆腐を切り終える。
何故三人分なのかっつうと、魔力を糧に活動する英霊であるHGは食事は必要ない、というのが表向きの理由で、姉貴がHGと同じ食卓に並ぶと血の雨が降る、というのが本当の理由だ。
流石に台所を壊されたらたまらない。ここはこの外見だけは豪華なオンボロ教会で俺が自室と同じくらいに落ち着く場所なんだから。
「それに」
料理が出来ない姉貴に対して俺が唯一イニシアチブをとれる場所でもある――って、
「うなぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげる。
豆腐と予めなっがーい時間をかけて切っておいた水戻しワカメと油揚げとえのきだけを鍋にぶち込んで、煮えるまでの間に用でも足してこようかな、と振り向いたそこ。
丁度俺と対面になる所――何時もの姉貴の指定席に、その姉貴がどっかと座っていた。今しがた起きたばかりなのだろう。苺がプリントされた薄桃色の何故かやたら子供っぽい寝巻きを着ている。いつもは両側でくくっている髪も下ろされていて、化粧もしていないようだ。
「……あ、姉貴。来てたんなら声くらいかけてくれよ。っくりしたぞ、おぃ」
姉貴相手に何を驚くことがあるんだとも思うが、これだけ体が弱ってる所為か気配を感じれなかった。誰も居ないと思っていたところに人が居れば、それが誰だろうと驚くのも仕方ない話だ。
「……うるさい。声をかけるもかけないも余の勝手だ。驚いたのがお前の勝手のようにな」
「え――?」
……これも驚いた。
正直返事を返してくれるとは思っていなかったのだが、どうして姉貴はいつものように返事を返してくれた。
相も変わらず姉貴の声音は不機嫌だけれど、ほぼ一日ぶりに言葉を交わせれたのは、正直嬉しい。
「なんだ。その”え”というのは。余の言葉に何かおかしなところでもあったか」
「いや……ない。うん。おかしなところなんて、ない。
――おはよう、姉貴。飯、直ぐに出来るからもうちょっと待っててくれ」
どうしてどうして。何だ、いつもどおりじゃないか。
それなら何で昨日の朝の件以降俺のことを避けていたんだ? という疑問は残るが、どうでもよくなってきた。いや、どうでもいい。きっと俺の糞馬鹿な勘違いだったんだろう。尿意も吹っ飛んだ。
「紅茶でも淹れるか? それとも今日は和食だから緑茶の方が良いか?」
言いながら、茶やコーヒーやらがしまってある棚に向けて歩き出す。
が。
「チッ」
思わず舌打ちする。糞。やっぱり足が重い。立っているのや座っている分にはなんとも無いが、こうやって体を動かすとなると途端に辛くなりやがる。一歩一歩力と気合を入れて踏みしめて歩かないと倒れこんでしまいそうだ。……あぁ、情けねぇ。カッコわりぃ。たかが魔力不足ごときで何だ、俺のふにゃマラが。
自室から台所まで来るのも一苦労だったが、こんな近い距離で糞垂れるなんて、マスかくしか頭にねぇアカ豚じゃあるまいし……ったく、漸く手が届いた――ん?
「たわけ。茶くらい自分で淹れられる。……それより、今日は一日休んでいろ。そのような面構えで余の前に居るな。目障りだ」
俺が茶筒を取ろうと手を伸ばすと、俺が掴むまえに姉貴がひょいと取り上げてしまった。
そのままぱかっと蓋を開けて急須に茶葉を……ガボンッ、と。
「……いれ過ぎじゃないか、それ」
「っ、うるさい! 黙れ! 是位で丁度良い!」
姉貴はそのまま湯を注ぐと、自分の湯飲みにこぽこぽと茶を注いだ。
――真緑、っつーかグロい。人間の飲み物じゃない。いや、姉貴はサーヴァントだから姉貴の言うとおり大丈夫なのか?
「――」
俺の心配を他所に、姉貴はどっかと椅子に座ると、茶を一息にぐい、とあおる。
「ゔっ――」
で。
顰め面。口元をおさえる。明らかに吐き出しそうなのを我慢してる。
……大丈夫なわけないよなぁ。熱いだろうし。
それでも姉貴は顔を青くしたり赤くしたりしながらも何とか飲み込んだ。
「……美味、い」
搾り出すように、呟く姉貴。
「いや、無理すんな。……はぁ。俺が淹れ直してやるから座ってろよ」
「……えらそうにするな。士郎。貴様こそさっき余が申したとおり今日は休んでいろ」
「何で?」
「たわけ。サーヴァントの召喚で魔力が空になっているのだろうが。普通なら丸一日はまともに動けないのだぞ。それを貴様――」
「――いや、確かに辛いけど現にこうやって動けるし。ほら」
ニカ、と笑って力瘤を作ってみせる。
続いてこっちの方は相変わらず元気だ、と、HGよろしく腰をカクカクさせてみた。
「貴様! 余が心配して申してやっていると言うのに……っ!」
案の定姉貴は俺のカクカクを見るや否やテーブルを両手でドン! と叩いて立ち上がった。
テーブルの上に置いてあった湯飲みがひっくり返って、中にまだ少し残っていた茶が零れた。……片付けるのは俺だぞ、おい。
立ち上がるのと同じくして姉貴の綺麗なストレートの金髪や、寝巻きを突き上げるでかい乳がわがままに揺れて――あぁ、やっぱり良いなぁ。昨日も同じようなことがあったけど、何度みても良い。心の中でジョルジュ長岡が左手をブンブン振り回している。
「士郎! 貴様! 何時から余の好意を無碍にするような人間に――……っ」
そのまま机に手をつき、上半身を乗り出すようにして俺に向って怒鳴る姉貴のたわわに重力と戦う胸を凝視して――案の定直ぐさま気付かれた。
「――」
「……?」
……気付かれたのだが、姉貴は顔を赤くさせるものの、それだけで特に何もしない。怒りもしないし、昨日のように胸を腕で庇ったりもしない。
えーと、どういうこと?
「えーと、お姉さま? いかがいたしました?」
「……何だそのお姉さまというのは。気色の悪い。別にどうもしてはおらぬ。ただ心配してやって損をしたと思っただけのことだ」
姉貴はゆっくりと座りなおすと、そう言ってそっぽを向いてしまった。
「……」
そのまま台所には沈黙が訪れる。
何だか酷くバツが悪い。空気も心なしか重たい。
「茶、ここに置いとくから」
とりあえず茶を淹れなおして朝食の用意に再び取り掛かるが、力も入らないし、今度は心も入らない。
……心配、か。
塩鮭をのろのろとひっくり返しながら、姉貴の言葉を反芻する。
時々優しいところがある姉貴だけれど、茶を自分で淹れようとしたり、休んでいろと言ったり、胸を見られても何もしなかったのは、俺が魔力切れで疲れていると思って気遣ってくれたからなんだろうか。
もしそうだとしたら……いや、そうだよなぁ。そうに決まってる。悪いことしたなぁ。糞。何だよ、俺のオカマ野郎。カッコわりぃ。久しぶりに姉貴と口きいたから調子こいてたのか、クソッタレ。
「……」
昨日俺は姉気になんて言ったんだ。大切だと言ったんだ。嘘だと言えば嘘かもしれない。口先だけだったと言やぁ、そうだったかもしれない。
けれどそれでも、それは俺がそう思ってるだけで、本当は本心だったんじゃないのか。分からない。けれどけれど、それでも今こうして胸が痛くなってるってことは、そういうことなんだ。違いない。だから、早く謝ろう。
「姉貴」
決する。振り向いて、声をかける。
「……なんだ」
不機嫌な声。それでも、返事をしてくれた事に感謝する。
「その……ごめん。それと、ありがとう。少し元気出た。……飯だけ作ったら今日は寝てるな」
「……ふん。勝手にするがいい」
俺がそう言って頭を下げると、姉貴はそっぽを向いたまま唇を尖らせた。
言葉は突き放す感じだったけれど、声音はどことなく優しい。許してくれたのだろう。そう思うと気が楽になって、照れてんのか? と、思うと、今の姉貴のそっぽを向いて唇を尖らせているという姿は、なんつーかとても可愛かった。
「なぁ」
「……今度はなんだ」
「すっぴんでも、美人だよな」
「……っ! き、急になんだ! 機嫌取りのつもりか。気色の悪い、だ、大体、余が綺麗なのはいつものことだろう!」
姉貴は俺の方に向き直ってがぁーっと騒ぎ出す。
可愛いというか微笑ましい。
護らなくちゃいけない。そう思った。だって、大切な人だから。
「……それよりも、士郎」
「何?」
「いや、その、なんだ。やはり茶は貴様が淹れろ。その、お前の淹れる茶は不味くない」
「ははっ。何だよ。俺の淹れた茶が美味いのはいつものことだろう」
「ほざけ、未熟者が」
言い合って、二人して笑う。
台所を満たしていたさっきまでの重たい空気は綺麗に吹き飛んでいた。
変わりに、暖かい空気に包まれる。
「良い臭いフォーゥッ!」
「グッモーニン。迷える子羊たちよ」
……この二人が来るまでは、の話だけれど。
っつーか飯三人分しか無いんだけど……あ、HGがまたふっとばされた。これで三人だな。よしよし。
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