「ママとパパはベッドでごろごろ ママが転がりこう言った
 お願い 欲しいの!
 お願い 欲しいの!
 しごいて!
 しごいて!
 お前によし! 俺によし! フン・ガー!

 日の出とともに起き出して 走れといわれて一日走る
 ゼルリッチはろくでなし
 梅毒 毛じらみ ばらまく浮気

 アンクル・サムが大好きな 俺が誰だか教えてよ
 合衆国の 海兵隊!
 俺の愛する 海兵隊!
 俺の軍隊! 貴様の軍隊! 我らの軍隊! 海兵隊!

 人から聞いた話では エスキモーのプッシー 冷凍マン庫
 うんよし フン・ガー!
 感じよし 具合よし すべてよし 味よし すげえよし お前によし 俺によし フン・ガー!」


 ……なんて上機嫌に歌をうたいながら朝飯の用意をしていると、後ろから「おい」と声を掛けられた。
 何だよ、せっかく人がいい気分な所に水差して。
 と思いつつ――思い切り不機嫌な声で「何だ」と言いながら同じくらいに不機嫌そうな顔で振り向く。

「士郎、その下品な歌は止めろといつも言っているであろう」

 振り向いた俺と視線が合うや否やそう続けたそこに居た声の主……テーブルに片肘をついてこちらを半眼で睨む――明らかに不機嫌な我が姉に対して、俺は臆することなく答える。

「……別にいいだろ。俺んちで俺がどんな歌うたおうが俺の勝手だ」
「な、何だと……!」

 我が姉――親父とともに前回の聖杯戦争の生き残りで、受肉したサーヴァントであるギルガメッシュは、俺の言葉を聞くや否やテーブルを両手でドン! と叩いて立ち上がった。
 テーブルの上に置いてあった食器がひっくり返り、派手な音を立てる。五月蝿い。
 それと同じく姉貴の金髪のロール毛や、寝巻きを突き上げるでかい乳がわがままに揺れて――うん。こっちは非常によろしい。よろしいぞ。

「士郎! 貴様! 余が下手に出てやればつけ―――た、たわけ! どこを見ておるっ!」

 そのまま机に手をつき、上半身を乗り出すようにして俺に向って怒鳴る姉貴のたわわに重力と戦う胸を凝視して――案の定直ぐさま気付かれた。

「胸」
「む――っ! ええいっ! 貴様はいつもいつも……!」

 俺が正直に答えると、姉貴は素早く胸を両腕で抑えると、ばばっ、と凄まじいスピードで後じさる。
 壁に背をつけて、まるで痴漢に襲われた女子高生のように縮こまる。本気で俺を殺そうとか思えば赤子の手を捻る容易さでやってのける力を持つ姉貴が、だ。
 それが可笑しくてつい笑いそうになるが我慢する。そんな姉貴だけど怒ってるのは確かなんだろう。顔が赤いし、剣幕もさすが女王で凄い。けれど短気なのは姉貴の短所だと思う。それと力一杯押さえつけているためだろう、腕の上下から胸がはみ出してる。――グレイト!

「……何をしておる」
「……いや、別に」

 思わずサムズアップしてしまった。美人で乳がでかいのは姉貴の長所だと思う。
 だから減るもんじゃないし、そんなに怒らないでいいだろ、とは言わない。
 そんなことを言えば、バビロンから変な宝具取り出して普通は減らないはずなものを本気で減らしかねないのだ、うちの姉貴は。つい先日も「女の癖にかなり背高いよな」と言ってしまって大変なことになった。……いや、以前の俺より頭一個分背が高い姉貴も今の鼻辺りまでしか背が無い姉貴も、どっちも良いって言えばスゲー良いんだがというか同年代の平均身長よりわずかばかり背が低いことがコンプレックスな俺としては今の方が寧ろ良かったり。
 話がずれた。
 早いとこ朝飯を用意しないと学園に遅れれてしまう。別に遅刻するくらいどうってことは無いのだが、親父が神父なんてやってるもんだから必然的に息子の俺もしっかりしていないといけないみたいな雰囲気が学園や街に流れているのでそうもいかない。その親父もそろそろおきてくる時間だ。

「悪かった。もう歌わないし見ないから」

 尚も胸に視線を向け続けていた俺を睨みつけている姉貴に、両手をあげて降参の意を伝える。
 右手に包丁を持ったままだったのであんまり降参って感じはしなかったが、ともかくそのまま頭を下げ、続けて謝罪の意を伝える。

「―――」

 が、俺がそこまでしたっていうのに姉貴はぶすっとした表情を崩さない。
 胸を押さえていた手はどけたが、なにやら唇をとんがらがしてブツブツと文句を言っているようだ。小さい声なのでよく聞こえないが、余はいつもそういう事で怒っているのではない、とかいう部分だけ何とか聞き取ることが出来た。意味はさっぱり判らなかったけど。

「痴話喧嘩は外でやれと言っているだろう」

 と、その姉貴の横の扉からぬすっと親父が姿を現した。
 朝っぱらから親父のむさくるしい顔を見るのは結構辛いものがあるが、こんなのでも一応俺の義父だし、一流の代行者で俺の師匠だしだから仕方ない。
 おはよう、と適当に挨拶をして朝飯の用意を再開する。姉貴は親父の痴話喧嘩という言葉に反応してまたギャースカ騒ぎ始めたが、まぁいつものことなんで気にしなくて大丈夫だろう。聖杯戦争を共に勝ち抜いたパートナー同士なんだし。相性は基本的に良い……

「言峰、貴様っ……!」
「ま、待てっ! 屋内で乖離剣を使うなどと……!」 

 ……筈だ。たぶん。



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「士郎、今日はお前のサーヴァントを召喚する。体調を整えておけ」

 賑やかな朝食が終わりにさしかかり、三人で緑茶を啜りながらまったりしていると、ふと、忘れ物にでも気がついたかのようなニュアンスで親父がさらりとそんなことをのたもうた。

「何で。俺には姉貴が居るだろう」

 そうだ。何も強化と投影がちょこっとしか使えない自分でも悲しくなるくらい未熟な俺なんかが召喚しなくても、うちには最強の英霊――英雄王もとい英雄女王が居るんだ。聞けば姉貴は前回のセイバー……再優とうたわれる英霊、しかもあのアーサー王にさえ勝ったっていうじゃないか。他のどんな英霊を持ってきても姉貴に勝てるヤツなんて居ないだろう。なのに何故俺が新しく英霊……サーヴァントを呼び出す必要があるんだ。

「―――」

 言って、ちらりと姉貴の方に視線を送ると、姉貴も同じ考えなのか……親父に遠まわしにお前は役立たずだ、と言われたと思ってるらしく、絶対零度の殺気を放ちながら親父を睨みつけている。

「う……」

 ……その様は頼もしくもあり、同時に少し、いやかなり恐い。
 本気の姉貴を見るのは久しぶりだ。おもいっきり圧倒される。そんな筈はない。幻覚だとは判っていても、一歩でも動けば次の瞬間には姉貴に殺されてしまうような感覚。
 ――お、親父の糞馬鹿野郎! アカの手先のおフェラ豚! どん百姓! ザーメン顔!
 と心の中で罵声を浴びせるも、そんなもの届くはずもなく。それどころか親父は姉貴の殺意を真っ向から受け止めてまったく動じていない。
 ずず、とお茶を啜ると、湯飲みをテーブルの上を置く。それから俺の方へと向き直り、説教するときおなじみの見下すような視線で語りだした。

「お前も知っているとおり、ギルガメッシュは前回のサーヴァント。受肉し、現世に留まってはいるが、此度の聖杯戦争に参加資格はない。戦うな、とは言わん。だがギルガメッシュの存在はあくまでイレギュラーだ。
 士郎。聖杯戦争のルールを忘れたわけではないだろう。……そうだな。良い機会だ。貴様にはもう一度聞かせておいてやる。そもそも聖杯戦争とは――」
「――あーはいはい。判った。判ったよ! 召喚すれば良いんだろ。召喚すれば!」

 話がとてつもなーく長くなりそうだったので、姉貴の雰囲気に押されながらも何とかそう声を張り上げた。
 親父は「初めからそういえ」と言って茶を啜るのを再開したが、だが案の定今度は姉貴が俺に向けて殺気を放ってくる。

「……士郎、どういうつもりだ」

 地獄の底から響いてくる怨嗟の声ってたぶんこういうヤツのことを言うんだろうな。なんてくだらないことを考えながらも、声に感情があるうちはまだ大丈夫な筈……と覚悟を決めて姉貴の方へ向き直る。

「いや、ほら。令呪の兆しもあるし、それにほら、やっぱり一人で戦うより二人の方が……」
「余だけでは力不足だと言うのか!?」
「い、いや! そうじゃなくて! なんていうかその……」
「……」
「あれだよ、あれ。あの……、いや、だから……」
「……」
「その、な、あ……だから」
「――男の子ならさっさと、はっきりと言え、士郎」
「は、はいっ――!」
 
 ……ヤバイ。非常にヤバイですよ。親父よりは姉貴の方がまだ何とかできると思った俺は大馬鹿ですよ。
 目が据わってますよ。うちの姉貴目が据わってますよ。
 だんだん声や顔から感情がなくなっていってますよ。ますよ。
 心臓が馬鹿みたいに早く鼓動してますよ。危険危険と頭の中で警鐘が鳴り響いてますよ。親父が俺たちを見てにやついてますよ……って、テメェ! 一週間マーボー抜きだからな糞が!

「―――」

 と、心の中で叫んだのが今度は届いたのか、親父は急に真剣な顔になると

「―――っ!」

 中指をおったてて、それでノドをかき切るジェスチャーをかましやがった。

「士郎、どこを、見ておる、また、性懲りもなく、余のむ」
「ち、違うっ! それは断じて違う!」

 姉貴の喋り方が機械的になってきた。
 ……本格的にヤバイ。親父の所為で本格的にヤバイ。何だ。親父が大切にしてた豆板醤を間違えて棄てたことまだ根にもってんのか。
 いや、それは置いとこう。今は何とか、何とか切り抜けなくては。サーヴァントに殺されるマスターも居るってのが親父の話であったが、まさにその通りになっちまう。しかも聖杯戦争が始まる前に。
 考えろ! 考えろ! 考えろ!
 姉貴を何とか上手く納得させられる理屈を! 言い訳を! この際なんでもいい! とにかく考えろ! 俺!
 姉貴の性格を思い出せ。傲慢で不遜で我侭で……ってダメだ。なら姉貴の弱い部分を思い出せ。姉貴の弱点を。何か、何か無いか。何も無い。納豆とイカの塩辛くらいだ。あとは胸で……ってダメだ! あぁぁ!!! もうこうなりゃヤケだ! くそったれ!

「士郎、申したいことがあるのだろう、ならばはやく――」
「―――の――を、――――たく――から」
「聞こえぬ」
「――子の姉―を、戦――たくな―から」
「ふざけるな。もっと大声出せ。タマ落としたか」

 某軍曹みたいにそう言うと、姉貴は俺の両肩をぐっと掴んで顔を近づけた。
 ふわりと良い匂いが薫る。が、指が食い込んだ肩が痛くてそれに陶酔する暇も無い。
 痛い。恥ずかしい。恐い。だが死ぬよりマシだ。
 俺はちいさく深呼吸して――俺自身も姉貴の両肩をつかみ、こちらからも額と額がぶつかるくらいに顔を近づけて、大声で叫んだ。
 
「――だから! 俺は! 女の子の姉貴を戦わせたくないから!」
「っ!?」

 親父がぶばぁと茶を噴出した。むせながら目を見開いてこっちを見る。が、直ぐにニヤニヤし始める。くそったれ。

「―――」

 姉貴は俺の言葉の意味が理解できなかったのか、目を見開き白黒させて今までの迫力どこへやらでポケっとしている。ここがチャンス! とばかりに俺は立て続けに叫んだ。

「いくら強いって言っても姉貴は女の子なんだ、女の子を戦わせるなんて俺には出来ない。大切な家族を戦わせるなんて出来ない。姉貴は俺の大切な、たった一人の姉貴なんだ。だから――」

 途中から自分でも何を言っているのかよく判らなくなってきていた。たぶん恐怖や焦りでちょっとハイテンションになっていたんだと思う。
 シラフなら絶対言えないような言葉までバンバン出てきやがる。それをネタにあとで散々からかわれるのは目に見えていたが、姉貴にはどういうわけか効いてるみたいなので止めるわけにもいかん。目を見開いたまま口をぱくぱくさせているのが効いている証拠ならばの話だけれど。

「――俺はサーヴァントを召喚して、でもどうしようもなくなったら姉貴の力を借りる。姉貴のことは信頼してる。誰よりも」
「―――」
「誰よりも信頼してるし、そして誰よりも大切だ。だから俺は姉貴にできるなら戦って欲しくないんだ」
「きゃっ――」

 言って、勢いで姉貴を抱きしめた。
 ……何だか安っぽい恋愛ドラマみたいになってるし、親父はアレが笑っているのだとしたらすぐさま病院に行った方が良いような顔をしているし、心臓は口から飛び出しそうになってるし、顔はトマトよりもさらに真っ赤で頭から湯気が出るんじゃないかってくらいに熱い。
 けれど姉貴は思っていたよりずっと柔らかくて、暖かくて――でもびっくりするくらい小さくて。……本気じゃなかったさっきの言葉をやっぱり本気にしよう、とか思ってしまうあたり俺はフニャマラなんだろうか。
 そ、そういうことなら、まぁ、仕方ない……。
 蚊の鳴くような声でそう呟いて、俺の背中にそっと腕を回した姉貴の表情を見れなかったのが凄く残念だった。